ワンたちがいなくなっちゃった!?

文字数 2,098文字

メルボルンの紅葉も終わりに近づいて、我が家を彩る白樺の木々も黄金色の葉を落とし、前庭はすっかり枯葉で埋まった。

土曜日の朝、ダディンは積もった枯葉の掃除を始めた。おともには愛犬ポーちゃんとチャー君。2匹は門のところで道行く人やワンちゃんたちに吠えては元気に飛び跳ねていた。

娘は土曜日のジャパニーズスクールに行っていたので、退屈した息子が「自分も外に出たい!」と言い出した。
「じゃあ、あったかくして、ダディンを手伝ってね」とコートを着せて、前庭に。

ポーポーとチャールスがしっぽを振り振り駆け寄ってきた。ダディンはムゥの靴のことで何か言い始め、私は仕事に戻ろうと2階に戻りかけた、そのとき。

「犬がいない!」と、ダディンの叫ぶ声が。

えっ!?

慌ててまた外に飛び出せば、ほんとうだ、さっきまで確かに前庭を駆け回っていたはずの2匹が消えている!? 嘘でしょ、なんで!?

「ポーポー!!! チャールス~~~!!!」

私たちは慌てて2匹の名を呼びながら通りに出たけれど、いない! 前庭、脇庭に裏庭と探し回ったけれど、姿が見えない! もしかして、さっき私たちが立ち話をしている間に家の中に戻ったのかもしれないと、家の中まで探し回るけれど、どこにもいないのだ!?

なぜ? どうして? いったいどこに行ったんだろう!? どうやって出たんだろうかっ!?

うちのフェンスはレンガと鉄の柵でできている。昔モモちんが前庭のフェンスをすり抜けて迷子になってしまったことがあったので、フェンスの安全対策はしてあった。実際、柵の間隔は小型犬でもすり抜けるのは無理だと思われるほど狭いのだけれど、ちびモモが実績を作ってくれたので、ダディンは柵に金網を張り巡らせて、絶対に出られないようにしてあったのだ。

なのに、なぜっ!?

ほんの1、2分の間の出来事だった。ほんのちょっと目を離した隙に忽然と消えてしまったって感じだった。

ダディンは犬たちを探しに行くと手綱を手に出て行った。私はこれで4歳の息子まで通りに出てしまっては大変と、ムゥを家の中に入れてから鍵をかけ、改めて庭や家の中を探し始めた。

でも、どこにもいないのだ。

もうパニックだった。あの子たちはドッグ・シェルターから引き取って来た保護犬である。引き取ってから4カ月、いや、その間日本に帰ったりもしたので、一緒に暮らして3カ月と経っていない。もともと捨てられたか、家を飛び出したかして迷子になっていた犬たちである。とても自分たちで戻って来てくれるとは思い難かった。

そのうえポーポーもチャールスもマルチーズ系で、小さいんだ。あの子たちが通りに飛び出したら運転手は気付くだろうか? 運転席からは見えないかもしれない。見えても、止まれないかもしれない。こうしている間にも、もしかして…、もう事故に遭ってしまったかも…しれない。車に轢かれてしまったかも…。

そう思うと気が狂いそうだった。とにかく天に祈って、まず落ち着くため自分の書斎の瞑想スポットに行こうと2階へ。ふっと窓の外を見遣れば、通りに白いものが!

ポーポー!!!
ポーちゃんがフェンスの隙間から家の中を覗いているではないかっ!!!

ポーポーがまたどこかに行ってしまうことを案じつつ私は一目散に階段を駆け降り、飛び出した。ポーポーを抱き上げ、中に入れ―
良かった!
ほんとうに嬉しかった。

でも喜んでいる場合ではない、まだチャールスが…。

息子とポーちゃんを家の中に入れ、自分は玄関先でチャールスが戻ってくるのを待った。いたずらっ子ですばしっこく、子犬みたいにいつもそこらを駆け回っているチャールスが自分から戻ってくるとは、とても思えなかったけれども。

だけどチャールスは戻って来たのだった!

通りの向こうから駆けてくるチャールスの姿に、息が止まるかと思った。喜びより先に、恐怖から。チャールスは車も確認せず、そのままこっち、通りへと飛び出したのだった!?

車が来なかったのは幸運としか言いようがなかった。私はチャー君を抱き上げ、家の中に入れた。チャーは、どこを駆け回っていたんだか、泥だらけになっていた。汚れた足やお腹を拭きながら、涙が止まらなかった。

2匹とも無事に帰ってきてくれた!のだった。

安堵と、喜び。とにかく嬉しくて堪らなかった。こうしてまたチャーとポーを抱けることが。2匹が自分から戻って来てくれたことが。ここが自分たちの家だと、チャールスもポーポーもそう思ってくれているような気がして。絆がもうしっかりと繋がれているんだ、そう思えて。

それから暫くしてガックリと肩を落とし、疲れ果てたダディンが戻って来た。

サプラ~~~イズ!
だけど彼はチャーとポーの吠え声、ムゥの甲高い幼児声に迎えられるや途端にパワーアップした。にこにこ元気に犬たちを叱っていた。2匹が理解したとは思い難いけど…。

後で調べたら、前庭のフェンスの柵に張った金網の隅が外れていた。どうやらいつの間にか犬が外していたらしい。もちろん金網は張り直されて以来、前庭は犬禁制となったのでした。

残念だったね、チャー君とポーちゃん。もう道行くワンたちに吠えられなくなっちゃって。


 2010/5/29
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