観音さまのイニシエーション 

文字数 2,234文字

4日間の講義も終り、早くも最終日になってしまった。5日目の今日はイニシエーション。ダライラマ法王から千手観音さまの灌頂を受けられるんだ!

浮き足立ちたいところだけれど、なにぶん夫婦二人で参加している。故に、参加できるのはどちらか一人だけ…ということになるわけで。もう一人ははあいかわらず里の行の方にいそしまなければならないわけで…。むむむ…。どうしよう、オディンに譲るべきか…。

などと思っていたら、オディンの方が譲ってくれた。セミナー前日に、
「僕が2日目と4日目に、君は1日目と3日目とイニシエーションに出ていいよ」
と言ってくれたのだった!

オ…ディンってば…。なんていい人なんだろう! 優しい人なんだろかっ!

このときばかりはほろりと感動してしまいました。まあ本人、それほど興味なかったのかもしれないが…。それにしてもこの恩を胸に、私は今後彼のことを「オージー・ダディ」で略して「オディン」なんて呼ぶことは止めにします。これからはちゃあんと「ダディン」と記しますわっ。

そんなわけで私がイニシエーションを受けることになったのでした。

法王から言われたように、前日から肉類は一切食べず菜食に徹した。うどんも鰹だしが入っているかもしれないと断念して、パンやごはん、リンゴやバナナなど絶対に安全そうな食べ物に徹する。ネガティヴな行為や言動も一切、避けるべく努めた。

明日はいつもより1時間早く始まって、かつその1時間前から法王や僧侶たちが準備に入るという。気合いを入れて4時起きすることにした。モーテルの部屋はワンルームなので、アラーム時計をセットして早朝4時に家族を起こしてしまうわけにはいかない。代わりに体内時計のアラームをかける。4時きっかりにセットして、ついでに潜在意識にハイヤーセルフや守護霊さま、ともかく睡眠中にパワーを発揮してくれそうな存在に起こしてくれるようにと頼んでから眠りにつく。それでほぉら、実際4時きっかりに起きることができた! 

私は日常生活でも子どもと一緒に寝ているためにアラームが鳴らせないので、目覚し時計代わりに体内時計を使う。デジタルではなくアナログの時計をイメージして、まず現在の時間を視覚化し、次に起きたい時間を視覚化してから、その時間に必ず起きると意識する。たいていはこれで起きられます。よろしければ一度試してみてください。なんでもそうですが慣れるほどできるようになりますよ。

そうして当日、無事に千手観音さまの灌頂を授かったのでした! なんてありがたいんだろう。法皇やオーストラリアの法王事務所の方々、ボランティアの方々、この講義とイニシエーションが実現するために尽力してくださった全ての方々に感謝しつつ心に決めた。

これからは日々千手観音さまを胸に暮らそう、と。観音さまの視点を目指し、仏法を実践すべく努めよう。

そうだ、たとえ食事中にムゥがシチューの皿におもちゃをぶちこみ、嫌いな人参を床に放り投げ始めた正にそのときに、食べるよりお喋りに夢中なメェがコップを倒してオレンジジュースをテーブルにぶちまけてしまったとしても、同時にムゥの皿の上のハムを盗み食いしようとして愛犬ムムが椅子に飛び乗ったとしても、そのうえおしっこしたいから外に出せと愛犬モモちんから吠えられたとしても。決してキレることなく、今日の日を思い出すのだ。

苛立ちとストレスは呼吸とともに吐き出して、千手観音さまを観想しマントラを唱えよう。するとほぉら、我が手は二手ながら心の手は千本にも。これもタントラ行と肝に銘じて、小さき者たち(今世この時点では)に優しく応じよう。さすれば日々是行也―ですよね。合掌。

ちなみに左隣の爆睡おじさんはその朝、いつも以上に熱心に長々と何やらチベット語で読経して、瞑想してらした。それから壇上のチベット僧たちとともに声を張り上げ祈祷を捧げていた。だけど儀式が始まるや5分と経たずに鼾が聞こえてきた。たぶん意識がトランスに入りすぎてしまって、もはや潜在意識レベルで灌頂を授かっていたのだろう。

なんでも彼は20年ほどインドのダラムサラに滞在して、チベット仏教とチベット医学を学んだのだそうだ。現在はシドニーでチベット医療の医者をしているとのことで、メルボルンの仏教センターや自然療法センターなんかにもときどき講義に来るという。請われてノートを数枚差し上げたのだが、「来世で返すよ」と笑ってらした。おちゃめなおじさんである。

そういえば、初日にバッグをベンチに置き忘れて慌てて取りに戻ったところ、隣に座っていた女性が「ごめんね、気づいていたんだけど、隣の彼が連れだと思っていたから声をかけなかったのよ」と話してきた。その「隣の彼」の方は「連れじゃないんだよ、今世では」と笑っていた。ここ以外で交わされたら、たぶん大しておかしくもない輪廻転生ジョークで大いに盛り上がったのだった。

イニシエーションの後は「Stage of Meditation」の講義に戻った。

そうしてダライラマ法王との5日間は終わってしまった。法王は来年もきっとオーストラリアに来ると約束して、去っていかれた。

拍手で見送り、隣の爆睡おじさんと来年また会おうねと握手を交わし、隣人たちに挨拶して、私も会場を後にした。なんだか無性に淋しかった。

だけどモーテルの一室ではムゥとメェ、そうしてダディンが待っていてくれる。3人の笑顔を思い、駅からの家路(モーテル路?)を急いだのだった。

2008年6月15日



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