子どもの振り見て、我が振り―
文字数 1,708文字
「今日ね、メェ、学校で泣いちゃったんだよ」と、娘が珍しく自分から学校での出来事を話し出した。
親友が転校して以来、娘の小学校生活が気になっていたので私は耳を欹てた。
「お昼休みのときにね、泣いちゃったの」と、メェ。
昼休みってことは…。遊んでいて友達と喧嘩でもしたんだろうか? まさか実は誰かに苛められていた、なんてことは?
動揺を悟られないよう極力自然に、何気なく尋ねた。
「そうだったんだ。どうして?」
「オリバーがね、わたしのこと、いじめたの」
「オリバーが…」
オリバーとは、クラスで娘と仲のいい男の子だった。相手が朗らかで穏やかなあの子であれば深刻な問題ではないハズだと緊張が一気に解れる。
「オリバーが何をしたの?」
「オリバーがね、わたしのこと、いじわるだって言ったの」
答える娘の方は、そのときのことを思い出したのか瞳を潤ませている。
「そうなんだ。でもどうして?」
「わかんない」
「わからないって…。オリバーがそう言ったのには、何か理由があったんじゃないのかな? 彼がメェのことを意地悪だって言う前は、何をしていたの?」
メェは、考えるように瞳を泳がせていたが、「オリバーが駆けっこしようって、言った」
「そう、駆けっこ。それで?」
「ノーって、言った」
「ノーって…」
「そしたら、You’re mean…意地悪だねって言われたの」
「え? オリバーから駆けっこしようって言われて、メェは嫌だって言ったのね? どうして嫌だったの?」
「駆けっこはしたくなかったから」
「じゃあ、それをオリバーに説明した?」
「ううん。それなのに、イジワルだって言われたの」
そう呟いた娘の瞳から今や大粒の涙が零れ落ちた。
そう、この子は…傷ついたのだった。友達から遊びに誘ってもらって、それを理由も言わずに断わっておいて、意地悪だと言われたと傷ついて、涙しているのだ。可哀そうだけど、このままただ慰めるわけにはいかなかった。
「でもね、メェ。それなのに、じゃあないんじゃないのかな? それだから、イジワルだって言われたんじゃないのかな?」
キョトンとする娘。
「きっとオリバーは、せっかく誘ったのに、ノーって言われて悲しかったんだよ。今日は駆けっこはしたくないから、他の遊びをしようって言えば、オリバーだってそんなことは言わなかったと思うよ」
やっと事の次第を理解したらしき娘に、今度は立場を逆にして考えてもらった。
それにしてもこの子は6歳にもなってそんなことも…。そう思いかけて、ハタと思い当たった。もしかして私も…、実は娘と似たようなことをやっているんじゃあなかろうか?
誰かから傷つけられると、その時のことが頭から離れられなくなるものだ。相手から言われた酷い言葉なんかが脳裏をよぎり、数日経った後でさえシャワーを浴びているときなんかにふっと蘇ってきてはまた腹が立ったりして。そういうときはたいてい相手に対して腹を立てる「べき」理由となる記憶ばかりが次々と浮かんでしまって、憤怒の思考がぐるぐると廻ってゆくんだ。
そんなとき、どうして相手がそういう態度に出たのかとか、それまでの経過なんかに関しては、かなり忘れ去られている。相手がそういう態度に出るには、往々にして何か理由があるはずで、実際その不和の種は一月前、半年、もしくは数年前に蒔かれていたのかもしれない。その芽を私は怒りや悲しみなんてネガティヴな感情で、ますます鍛錬に育て上げてしまったのかもしれないのだ。
けれど相手を傷つけていたのかもしれない、自分のとった言動はきれいさっぱり忘れて、相手から「された」酷いことだけを執拗に覚えていたりして…。
いったん止まった娘の涙が、いつのまにかまた溢れていた。どうやらオリバーの気持ちがわかったらしい。
「もうやらなければいいんだよ、メェ。これから断るときには、きちんとその理由を説明しようね」と娘のまだまだ小さな背を撫でながら、自分に向けても付け足した。
「そうして誰かから嫌なことをされたと感じたときには必ず、自分もその子に嫌なことをしなかったかを考えてみようねぇ」と。
子どもの振り見て我が振り直せ―
やはり子どもから学ばされることは多いものデス。
2008/8/29
親友が転校して以来、娘の小学校生活が気になっていたので私は耳を欹てた。
「お昼休みのときにね、泣いちゃったの」と、メェ。
昼休みってことは…。遊んでいて友達と喧嘩でもしたんだろうか? まさか実は誰かに苛められていた、なんてことは?
動揺を悟られないよう極力自然に、何気なく尋ねた。
「そうだったんだ。どうして?」
「オリバーがね、わたしのこと、いじめたの」
「オリバーが…」
オリバーとは、クラスで娘と仲のいい男の子だった。相手が朗らかで穏やかなあの子であれば深刻な問題ではないハズだと緊張が一気に解れる。
「オリバーが何をしたの?」
「オリバーがね、わたしのこと、いじわるだって言ったの」
答える娘の方は、そのときのことを思い出したのか瞳を潤ませている。
「そうなんだ。でもどうして?」
「わかんない」
「わからないって…。オリバーがそう言ったのには、何か理由があったんじゃないのかな? 彼がメェのことを意地悪だって言う前は、何をしていたの?」
メェは、考えるように瞳を泳がせていたが、「オリバーが駆けっこしようって、言った」
「そう、駆けっこ。それで?」
「ノーって、言った」
「ノーって…」
「そしたら、You’re mean…意地悪だねって言われたの」
「え? オリバーから駆けっこしようって言われて、メェは嫌だって言ったのね? どうして嫌だったの?」
「駆けっこはしたくなかったから」
「じゃあ、それをオリバーに説明した?」
「ううん。それなのに、イジワルだって言われたの」
そう呟いた娘の瞳から今や大粒の涙が零れ落ちた。
そう、この子は…傷ついたのだった。友達から遊びに誘ってもらって、それを理由も言わずに断わっておいて、意地悪だと言われたと傷ついて、涙しているのだ。可哀そうだけど、このままただ慰めるわけにはいかなかった。
「でもね、メェ。それなのに、じゃあないんじゃないのかな? それだから、イジワルだって言われたんじゃないのかな?」
キョトンとする娘。
「きっとオリバーは、せっかく誘ったのに、ノーって言われて悲しかったんだよ。今日は駆けっこはしたくないから、他の遊びをしようって言えば、オリバーだってそんなことは言わなかったと思うよ」
やっと事の次第を理解したらしき娘に、今度は立場を逆にして考えてもらった。
それにしてもこの子は6歳にもなってそんなことも…。そう思いかけて、ハタと思い当たった。もしかして私も…、実は娘と似たようなことをやっているんじゃあなかろうか?
誰かから傷つけられると、その時のことが頭から離れられなくなるものだ。相手から言われた酷い言葉なんかが脳裏をよぎり、数日経った後でさえシャワーを浴びているときなんかにふっと蘇ってきてはまた腹が立ったりして。そういうときはたいてい相手に対して腹を立てる「べき」理由となる記憶ばかりが次々と浮かんでしまって、憤怒の思考がぐるぐると廻ってゆくんだ。
そんなとき、どうして相手がそういう態度に出たのかとか、それまでの経過なんかに関しては、かなり忘れ去られている。相手がそういう態度に出るには、往々にして何か理由があるはずで、実際その不和の種は一月前、半年、もしくは数年前に蒔かれていたのかもしれない。その芽を私は怒りや悲しみなんてネガティヴな感情で、ますます鍛錬に育て上げてしまったのかもしれないのだ。
けれど相手を傷つけていたのかもしれない、自分のとった言動はきれいさっぱり忘れて、相手から「された」酷いことだけを執拗に覚えていたりして…。
いったん止まった娘の涙が、いつのまにかまた溢れていた。どうやらオリバーの気持ちがわかったらしい。
「もうやらなければいいんだよ、メェ。これから断るときには、きちんとその理由を説明しようね」と娘のまだまだ小さな背を撫でながら、自分に向けても付け足した。
「そうして誰かから嫌なことをされたと感じたときには必ず、自分もその子に嫌なことをしなかったかを考えてみようねぇ」と。
子どもの振り見て我が振り直せ―
やはり子どもから学ばされることは多いものデス。
2008/8/29