ダライラマ法王と、ラッテへの執着 

文字数 1,873文字

そうして迎えたレクチャー初日。6歳児の娘メェと2歳児の息子ムゥをオディンに押し付け(失言デス)託し、張り切って会場となるシドニー・オリンピックパークへと向かった。

電車の中からすでに臙脂色の袈裟を纏ったチベット僧たちの姿がちらほらと。ダライラマ法王の講義へ向かっているのであろう群れの後に私も続いた。余裕を持って30分早く出たので、心も足取りも軽い感じである。法王や僧侶たちと過ごせる一日をスピリチュアルに生きるようと心に刻み会場へ向かう。

と、そのとき、前方にカフェスタンドを発見してしまった。カフェラッテを手に会場に入って、ゆったりできたら、どれほど素敵だろうって思いがふいに脳裏を過った。今朝はモーテルのインスタントコーヒーだったので、より良いスタートを切るためにも、本格的なラッテを一杯欲しいところである。見遣れば列もそう長くはない。しかも後35分もあるではないか。

などと列に並んだのがいけなかった。前列には十人ちょっとしかいないのに、なぜだか全然前に進まないの。しかも向こうではちょっとしたデモ隊がアンチ・ダライラマを叫んでいる。

「Dalai Lama, Go Away! Dalai Lama, Go Away!」

ネガティヴな波動が、ああ、押し寄せてくる。

政治的問題からか今年は例年以上にセキュリティが厳しくて、見れば門のところにも長ぁぁぁい列ができていた。警備員たちによるシビアなチェックがされているらしい。あっ、そうだ、始まる前にトイレにも行っときたいし…。

既に時刻は十分前を切っていた。諦めようかと思ったとき私の番が来た。ラッテを頼み、テイクアゥエイ用に蓋をしようとしたら、でも、なぜなの、蓋がないじゃあないの! 焦って熱いラッテをあたふたと持ち歩いたら早速手に零れ、あまりの暑さに落としてしまった!?

結局コーヒーへの執着心にうつつを抜かし、わざわざシドニーくんだりまで来たにもかかわらず、遅れそうになっている自分の愚かさを呪いつつ、会場入りしたのは3分前だった。ああ、英知は遠い。

ラッテか、ラマか―。既に初日の朝から自分の「しょぼいカルマ」を見せつけられた感がある。そうだ、香ばしい温かさに執着している場合じゃないゾ、自分!

会場は人と熱気で溢れていた。ステージには美しいタンカ(仏教画の掛け軸)が掛けられ、花が活けられ、3~40人の僧侶たちが既に蓮華座を組んでいる。舞台の下にも大勢の僧侶たち。

後で知った話では280人ほどの僧侶が参加したそうだ。こ~んなに大勢の袈裟に囲まれていれば、自ずと仏門気分も盛り上がってくるんだ。ああ、なんて美しいんだろう。

ダライラマ法王の登場で、一気に会場のボルテージが上がった。法王は早朝6時にシドニー空港に着き、ほとんど眠っていないので睡眠不足で頭がぼけていると笑ったものの、とても溌剌とエナジェチックに、疲れているようには微塵も見えなかった。

けれどその後「心の明瞭さには睡眠が必要だ」と言うのを聞いて、ハッとした。

そうか、法王でさえ寝不足は大敵なのか。思えばムゥ誕生以来、いいや、思い返せば第1子メェの誕生以来、ここ6年半、満足に眠った記憶がない。慢性的睡眠不足が続いている。6時間以上寝た試しなどないし、そのうえムゥが夜中にしょっちゅう起きるため、睡眠の質たるや最悪である。

オディンなど、たぶん4時間以上寝たことなどここ2年間で、延べ日数にして2週間もないに違いない。そう考えれば私たちの記憶力が夫婦そろって末期的に衰えてきたのもあながち老化のサインだけとはいえないな。

もっと、寝よう。

講義のテーマは『STAGE OF MEDITATION』。9世紀に書かれた経典について教えを授けてくれることになっている。事前にDalai Lama in Australia事務所から指示されたように、この虎の巻となる法王の本も読んできたから、たぶん前回2007年の講義のときよりは実のある受講ができるだろう。少なくとも、爆睡してしまわないようにペンとノートも用意したし。

とはいえ、私に講義の内容を要約するような度量などないので、興味のおありになる方には『THE DALAI LAMA, STAGE OF MEDITATION』って本をお勧めします。

結局この日、心に残ったのは睡眠の話と、大変なときこそInner Peace-心の平安が必要だって話かな。困難にあるときこそ祈る。そうしてその後、心に浮かぶ想念やメッセージに注意を払うようにと、おっしゃっていた。祈りから希望が生まれる、と。

2008年6月11日



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