2004年7月23日 [ 3 ]

文字数 1,443文字

 アツカネと年齢の近いコーディ―が一緒にお酒を買いに行くのを見届けると、フレッドと私は食料を買いに出かけた。先日行ったマーケットは休みだったので、チェーン店のスーパーマーケットへ向かって歩いていると美味しそうな香りと陽気な音楽が漂ってくる。道の先に眼をやると歩道には白いプラスチックの椅子が並んでいて、褐色の肌をしたスパニッシュ系の若者が三人座っていた。そこはメキシコ料理の小さなお店のようで、香や音楽もそこからやって来たようだった。
「ねえ、フレッド、まだディナーのアイディアが決まっていなければ、メキシコ料理にするのはどうかしら?」
「ホウ、そうだな…… それがイイかもしれない。ホウ、腹が減って、正直、作らないで済む方法を考えていたところだ。ホウ、しかし、俺とミチヨが食べられるものはあるだろうか?」
「分からないけど、尋ねてみたら? もし無ければ、別に考えればいいことだから」
 黒々とした髪をぴったりと撫で付けた若者達が怪訝な面持ちで私達を見つめる中、店内へと足を向けると、可愛らしい花柄のエプロンを身に纏った恰幅のよいスパニッシュのおばさんが椅子に腰掛け居眠りをしていた。その姿は、どことなく日焼けをした日本人のおばさん、とくに大阪辺りに居そうないわゆる派手なおばちゃんのようで、とにかく、その気持ち良さそうな寝顔を見ているとフレッドも私も声を掛けられず、そっと、そのまま黙って店を後にしようとしたその時だった。
「ママ! お客さんだよ!」
 外から聞こえた声に慌てて飛び起きたおばさんは私達を見て、一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに優しそうな笑顔で迎えてくれた。おばさんの挙動すら愛くるしい。
「いらっしゃいね、ちょっとウトウトしてただけなのよ。もう、あんた達! そんなとこで座ってるなら、お客さんが来る前にちゃんと起こしなさいよ! ほんと、気が利かない息子達でね……」
「いえいえ、私達はかまいませんので…… それより、持ち帰り出来るかしら? それも、たくさん欲しいのだけど……」
「ええ、もちろん! 何でも出来るわよ! その前に、ちょっと失礼…… あんた達! 忙しくなるわよ! そんなとこで座ってないで、とっとと中へ入りな!」
 そこからが見物だった。おばさんの掛け声と共になだれ込むように店へ入ってきた若者達は厨房でエプロンを纏うと、私達がオーダーした料理を手際よく調理し始めた。一人が包丁を巧みに扱いながら野菜や肉を次々に捌き下ごしらえをしてゆくと、待ちかねたように次の一人がそれらを受取りコンロの前で同時に幾つかの料理を焼いたり煮たりと調理する。そして、最後の一人が完成した料理を並べて置いた持ち帰り用の容器へと手際よく詰め込み、出来上がったものをビニール袋の中へと放り込む。その一方で、入口横のかまどに据えられた大きな円形の鉄板の上ではたくさんのトルティーヤがおばさんの手によって焼かれていた。出来上がりどんどん積み上げられてゆくトルティーヤの山、八十枚のオーダーをおばさんは瞬く間に完成させてしまう。この一連の全ての動きは、店のBGMと相まって、まるでサルサのステップを眺めているようだった。
「皆さんの動きはサルサのダンスようね」
「そうよ! 毎日サルサを踊り、サルサソースは欠かさないわね。はい! これで完成よ! こっちが肉入りの料理で、こっちが野菜さん達の分ね。容器にヴェジタブルの『V』と書いてあるわ。ウチのサルサソースは絶品だから、きっと病み付きよ! またいらっしゃいね!」
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