2004年7月18日(19日未明) フレッドのEメール

文字数 2,208文字

Dear friend, 調子はどうだ? 前回のメールから随分と時間が過ぎてしまったけど、俺は変わらず元気にやってるよ。メールを書かなかったのは忙しかった訳ではなくて、何も書くことが無かった? とでもしておこう…… 人生に何も無いなんてことはないのにな…… 
 じゃあ、なぜ俺がメールを書いているかって? 面白いことがあって、久しぶりに書きたくなったんだ。
 今日、珍しくクリサリスに一人の客がやって来た。しかも、女性だ。若い日本人の旅行者で…… まあ、何というか、とても魅力的なんだな…… とにかくだ、彼女はクリサリスに泊まることになった。それだけでも奇跡だが、なんと一週間もだ! しかも、大した荷物も持たずに近所へ出掛けるような格好でふらりとやって来た!
 夜になって「近所にヴィーガン料理が食べられる店はないか?」って彼女が聞いてきたから「それはココだ! 俺もヴィーガンだ!」って言って、ディナーにペペロンチーノを作ったら喜んでくれたよ。俺と彼女は気が合うのかもしれない? いや、そう決め付けるのは早いな。次回メールでのグッドニュースを待つように!

 まあ今晩、彼女と二人きりなら良かったんだが…… そういう訳にもいかず、クリサリスには狂った奴らが住んでいて毎晩のように騒がしくなる。以前のメールに、今度彼らについて紹介するって約束していたっけな? 誰一人としてまともな奴はいないし、もしかしたら、誰もがまともなのかもしれない……
 まずはスチュワートだ。普段ITかなんかの仕事をしているらしいが自称哲学者。とくにフランス哲学が好きらしくて、いつも小難しい話題を眉間に皴を寄せて語っている。俺が着ている白衣に訳の分からない言葉を勝手に書くのも彼だ。
 お次はポーン。あだ名がポーンで本名は忘れた。チェスのポーン(PAWN)のタトゥーを左肩から上腕にデカデカと入れている質屋(PAWN)でポルノ(PORN)好き。イライラしてばっかりだが悪い奴ではない。
 そしてコーディ―。ミュージシャンになりたくてサンフランシスコへやって来た若者だ。オルタナ好きのギターリストで詩も書く。オルタナといえば、シアトルを思い出さないか? あの頃は俺達の時間だったな!
 さらにショーンもいる。こいつはいつもスナックを手放さないし、ダイエット・コークを水のように飲んでいる。もちろん体形は想像通りだ。お固い仕事をしていて収入のほとんどをSF、サンフランシスコじゃなくて、サイエンスフィクションの方にぶっ込んでやがる。NASAに友達がたくさんいるって言ってるが本当だろうかね。
 そうマイクとピーターも忘れちゃいけない。坂の多いこの街でメッセンジャーなんてしながら「The interpretive 24」って映像制作チームを組んで活動している。ちなみに、四六時中カメラを回しているが作品は一つも完成していない。
 それともう一人NYCから来たってギリーってのがいるけど、こいつはほとんど部屋から出てこないからな…… それよりも、クリサリスの住人ではないがジョージを紹介しない訳にはいかない! みんな老いぼれジョージが好きだし、彼が居るだけで穏やかな気持ちになれる。彼の居ないクリサリスなんて想像出来ないぐらいだ! しかし、いつも飲み掛けの赤ワインが入ったワイングラスを持ち帰ってしまうのは困りものだけどな。おかげで年がら年中、俺はワイングラスばっかり仕入れてこないといけない! サンフランシスコ中の安いワイングラスを俺が買い占めてしまう勢いだ!

 そうだ、面白いことについて書かなくてはならない。その日本人の女性ミチヨという名前なんだが、彼女の旅の目的が……


「ミチヨさんは、その観光か何かで? なぜ、こんなホテルへ、いや奇妙な所へ来なすった?」
「観光じゃないわ。人に会いに。このホテルは…… そうね、名前が気に入ったの」
「ホウ! クリサリス、蛹がね。で、会いたい人は恋人か?」
「恋人じゃないわ」
「うん、そうか、そうか、この街にはたくさんの人がおる。会えると良いな。さて、老体には、ちと堪える時間なので、失礼するよ」

「ホウ、ニンニクという奴は食欲を刺激するもんだから、俺も腹が減ったので二人分。一緒に食べるとしよう。ホウ、コーヒー、カフェインは大丈夫か?」
「大丈夫、珈琲は大好きなの」
「ホウ、それなら良かった。ところで、その尋ね人はこの辺りに住んでいるのかい?」
「分からない。住所は知っているけど、日本からだと連絡が付かなくて。だから、ここへ来た、という訳」
「ホウ! ミチヨは、探偵か? こりゃあイイ。何か俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ。ホウ! フレッド探偵か。イイ、こりゃあ、イイ!」

「ありがとう、おいしかった。珈琲までいただいて、お腹も満たされたわ。宿泊費と合わせて、おいくらかしら?」
「ホウ、値段か。考えていなかった…… ホウ、ディナーが5ドルぐらい、か? 宿泊費は…… ホウ、最終日に払ってくれたらイイよ!」
「はい、探偵さんの前金込で10ドル。成功報酬は、また別で。よろしくね」
「ホウ、任しときな! ミチヨは良い探偵を雇ったよ」

 なんと俺は探偵になった! お探しのものは? クリサリス来れば何でも見つかる! ここは本当にイイところなんだ…… いつか、お前が来てくれるのを俺は待っている。じゃあ、またメールを書くよ。

愛を込めて、フレッドより
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