2004年7月20日 [ 1 ]

文字数 1,814文字

「ホウ、グッド・モーニング、ミチヨ! 今日は何をするんだい? また、お尋ね者探しの続きかい?」
 珍しく朝から起きていたフレッドとクリサリスのロビーで珈琲を飲みながら談笑といきたいところだったが、尋ね人の手掛かりが全く無い私は本当に何をすればよいのか分からなかった。日本人がほとんど居ない街であれば探すのは簡単だろうが、このサンフランシスコの街には日系アメリカ人も含めると相当な数の日本人もしくは関係者が住んでいる。片っ端から訪ねていけばいつかは知り合いぐらいに辿り着けるかもしれないが、その前に私の観光ビザの期限は過ぎてしまうだろう。昨晩はシャワーも浴び、服も着替え、身体はスッキリしたというのに、どうも先行きはスッキリしそうにもなかった。
「ホウ、そうだな、何かヒントがあればな…… ホウ、ところで、今から買い物へ行くけど一緒に行かないか? ヴィーガン、ベジタリアン向けの食品から雑貨まで取り揃えたマーケットだ」
「面白そうなお店ね。行ってみたいわ」
「ホウ、道すがら、何かヒントになるようなことを聞かせてくれないか? 何かアイディアが浮かぶかもしれない」

 爽やかな夏の朝の街をフレッドと並んで歩く。いつも以上に饒舌なフレッドは、身の上話を交えながらクリサリス周辺の案内を面白おかしく話してくれた。
「――ホウ、その尋ね人ってのは、歳はいくつぐらいで、男、女、それともどちらでもないのか、ホウ、サンフランシスコは彼らからすれば聖地みたいなもんだが、ホウ、それらのどれでもないとすると、地球外生命体の可能性も出てきて、そうなると、それはFBIの仕事で…… ホウ! まさかミチヨ! FBIってことはないだろうな?」
 私がFBIだったら…… そんなこと考えるまでもなく、もしそうであれば、よっぽど落ちこぼれの捜査員だっただろう。
「日本人、男、二十代前半、旅行者、音楽とか芸術が好きな若者よ」
「ホウ! そうか、それなら行動パターンは絞られるな……」
「でも、多分お金はそんなに持っていないだろうから、あまり出歩いていないかもしれないし、内気で恥ずかしがりみたいだから、目立つこともないかも」
「ホウ、シャイ・ボーイか! 俺みたいな奴だ! 仲良くなれそうだ!」
 めぼしい様々な地名や店の名を挙げ、フレッドは楽しそうに推理を働かせていた。私に手掛かりが何もない以上、探偵助手のフレッドのこの推理だけが唯一の突破口だった。
「――ホウ、ホームズ様、着きましたぜ!」
 ワトソン君の案内により辿り着いたのは、素敵なマーケットだった。

 マーケットの中は広く、菜食主義に限らず様々な物で溢れかえっていた。量り売りの多種多様な惣菜、不揃いの新鮮な野菜や果物、肉、魚の生鮮食品、乳製品、豆腐まで扱い、新しいアイディア、デザインの日用雑貨、衣服、書籍……
「こんなお店が近所にあると最高ね」
「ホウ、日本にはないのかい?」
「あっても、ここまでスペシャルなわけでもないし、何よりもイイ趣味とは言えないかな……」
「ホウ、そうだ! テイスト、スタイルは重要だ!」
 フレッドは白衣の襟を正しながら、自分にはそのセンスがあるとばかりに自慢げな口調で誇らしげな顔をこちらへと向けた。
「ホウ、それにしても、お尋ね者が見つからないとミチヨは日本へ帰れない訳だろ? それこそ、ホウ、何日掛かるか分からないし、毎日、惣菜やレストラン、ホウ、俺のペペロンチーノばかりってのもな。ホウ、もし、必要なら三階のキッチンを使うかい?」
「キッチンがあるの? ぜひ使わせて、お願い!」

 大量の食材と適当な衣服や下着を買い込みホテルへ戻ると、フレッドは三階の洗面所横の扉の鍵を渡してくれた。そこは、私が借りている部屋と同じで天井が斜めになった狭い屋根裏のようになっていて、小さな流しとオーブン付きガスコンロ、大きな冷蔵庫、棚の中には必要最低限の食器やカトラリーが揃い、壁際に寄せられた小さくて古そうなダイニングテーブルと小さくてカワイイ木製の丸椅子が三脚置いてあった。少し窮屈ではあるが、部屋唯一の小窓にはめられた模様入り擦りガラスから射す淡く柔らかい光が好みのキッチンの雰囲気を醸し出していた。
「素晴らしいキッチンね」
「ホウ、こんな狭いキッチンがイイのか? ミチヨは変わってるよ」
 ひとまず、これで長期戦にも耐えられる準備は整った訳だが、しかし、どこから手を付ければよいか…… それは、まだ分からなかった。
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