『武士の娘』

文字数 1,368文字

『武士の娘』/ 杉本 鉞子  (著),‎ 大岩 美代 (訳)

美しく清く気高かったあの時代の日本と、日本語の真髄が詰まってます!!

ほんとこれすばらしいです。読めば読むほどじんわりしんみりとあの時代が伝わってきます。


戊辰戦争を経て明治時代となり、大きく近代化へ舵を取り始めた日本。

ちょうどその頃、新潟県長岡の古い武家の娘として生を受けた筆者は、由緒ある長岡藩武士の娘ということでたいへん厳しく躾けられたのち、ふしぎな運命の導きで、なんとアメリカへ嫁ぐことになります。

その「武士の娘」杉本鉞子自身の生涯をつづったエッセイなのですが、本人の筆により英語で書かれアメリカで出版され、のちに和訳されたという、これまたすごい本。なんとも壮大で運命的なものを感じます。


素晴らしいのは、日本古来の風習や自然、ご先祖様から伝えられた古い考え感じ方をとても大切にし、本当にまっすぐ武士の娘として生きていたこと。

古い日本を捨て、新しい欧米のものはみな素晴らしいと錯覚して、なにかと卑屈にとらえていた(であろう)当時の日本人の多くとは一線を画するピュアな感性がすごく良いのです。

「住むところは何処であろうとも、女も男も、武士の生涯には何の変わりもありますまい。御主に対する忠義と御主を守る勇気だけです。 ―― これだけで、さすればお前はいつでも幸せになれましょうぞ。」と、遠く異国へ嫁ぐ孫娘に言葉をかけるお祖母様がかっこいい!(※御主とは旦那様のことです)

そして、その言葉を生涯胸に抱き、異国で誇り高く生きた「武士の娘」の気高さ。


さまざまな物事が近代化の波とともに大きく変化していった時代の日本を、内側と外側からしっかりとブレない意思の聡明な女性の視点で切り取った記録であり、時代絵巻です。


ところで、今では日本も当時とは完全に違う姿に変貌してしまっているので、当時の情景がまるでファンタジーの一部のようにも思えてきます。(雪に埋もれた冬の長岡では家から家へ雪のトンネルで結ばれていた、とか……)

きっと、最初にこれを読んだアメリカの人たちは日本をそんなファンタジーの国としてみたのでしょうね。そもそも「武士の娘」の考えなんて、彼らにはとても異質に思えたことでしょう。

それでも、欧米とはまるでちがっても、精神や文化が遅れているわけではない、違うだけなのだということを、リアルな視点で当時のアメリカへ直接伝えられた本書は、それだけでもすごい功績だとおもいます。(もちろん、逆にアメリカにわたって、武士の娘が二つの国に感じたこともしっかりと描かれています)


そしてそして、最初にもどりますが、そんな功績だとか文化的にどうとかより、なにしろとにかく言葉と感性が素晴らしい。読んでいてドキドキして、ほわーってなって、一人の娘の気持ちに沿って時代に入りこめ、今は失われてしまったかもしれない日本の精神と感性を味わえる、すばらしい本です。

これは是非日本の女性全員に、いや男性も、日本人とアメリカ人すべてにおすすめしたい本です。

(おまけのひとこと)

実は『美しい日本語の辞典』はこの本を読むために用意した副読本だったりします。

でも、わざわざ辞典を紐解かなくても、十分読みやすくわかりやすく、ついつい引き込まれてしまう素敵な本なのでした。

Original Post:2015/06/01


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登場人物紹介

神楽坂らせん

読書の合間に本を読み、たまにご飯してお茶して、気が付けば寝ている人です。一度おやすみしてしまうと、たいていお昼ぐらいまで起きてきません。

愛読書は『バーナード嬢曰く。』

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