第055話:ブラウンとマツカゼ師範!シルドラの果てしない1日!!(後編)
文字数 6,197文字
マツカゼの屋敷――。
長い廊下を歩き、指示された通りに
一番手前の障子を開けて中に入ると
そこには囲炉裏や水屋箪笥と言った家具で装飾されている
客人用の部屋に通され、敷かれてある
座布団の上に腰を下ろす。
ふう。何か落ち着くなあ。
時計や照明まで全て和で統一されてますね。
風情があって、この独特な匂いが
溜まらないですっ!
マツカゼから「客人が来た」と言い渡され
自分が淹れたお茶を持って、真向いの襖を
思い切り開けてシルドラの元に来たのは
衣装が和服になったブロス。
客が来たからお茶を出すように
マツカゼに言われて持って来たのに
まさか、お前とはな……。
知らねぇよ!!!
シノヴァシアに着いた早々に
この道場着に着替え直せって言われたんだ。
着慣れない上に落ち着かねぇしな。
そう怒るな。
生憎説教をしない
性分でね。
その代わりと言って何だ。ブロスには
身の回りの事をやらせていてな。
成し遂げた達成感は人の感情を
更に幸せな物にしてくれる。シルドラに
お茶を渡してくれたら彼から感謝を貰える。
一石二鳥だと思わないか?
くっ!!!せっかく持って来たんだ。
冷めてしまう前に飲んだらどうだ?
ブロスさん、ありがとうございます!
お茶、有難く頂きますねっ。
昨晩、シルドラが持つ
ネックレスを標的にヴァンウッドに訪れたけれど
忍者の里からの訪問者、マツカゼ率いる3人の師範に
喰い止めて貰い、ブロスはそのまま
彼等に連れて行かれてしまった。
しかし、決して目の色も変える事無く説教をしない。
その人を見て判断する事が出来る為
長の次に偉いマツカゼの独断により
身の回りの事をやって貰う事で
色んな景色が見えるだろう、と一瞬で閃き、彼に提案する事に。
うむ。これはブロスが
其方の為に淹れた粗茶なんだ。濃い味を好む
拙者からしたら少し物足りなかったけど
見事な手付きだった。
まだ分からんぞ。
今朝、朝食を作ってくれたのは彼でな。
屋敷の炊事場で今朝から仕込みをしている
物音を聞いて起床した次第だ。本当に敵なら
そんな無粋な行為は出来ない。
そうは思わないか?
もしかしたら、
ご高齢のマツカゼさんにゆっくりして
貰いたいから、自分から作ったと思います!
もしかしたら、ブロスさんって
本当は良い人なのかもしれませんね……
馬鹿言ってるんじゃねぇ!
何故僕がアイツの為に茶なんて……
ブロス、本当はシルドラと
同じティブルエイドを旅してた冒険者だろ?
――
あぁ、そうだよ!!!本当は一緒に冒険してくれる友達が
欲しかったさ。死に物狂いで探したよ。
だけど誰も僕を必要としなかったんだ!!!
成程。と言う事は彼を目の
敵にしていたのは
ただ単純に羨ましかったんだな。
う、うん。
しかし今はマツカゼの所で
お世話になってるから、せめて今は
お前に尽くしたい。用済みになったなら
牢獄島だろうが何処でも行ってやる。
レブロンを崖から突き落とした罰からは
逃れられないからな……
後は何も言うな。
其方の気持ちは全て拙者が汲み取ってやる。
安心して1日を堪能してくれると嬉しい。
おーい、マツカゼさーん!
ミルフさん達が到着したよー。
シルドラ君のいる部屋に通して良いかい?
ブラウンが速すぎるんだよ!!
逃げ足で鍛え上げられたに違いないな。
確か、この里で
放し飼いしているニワトリが大脱走した時
めっちゃ活躍してくれたもんね!
だって、愛くるしくて可愛いじゃんかー。
全部ボクの家族なんだもん!!
だから、頭の上に
子供のヒヨコが乗っかってるんだろ?
ブラウンらしくて俺は似合ってると思うぞ。
なにー!!!!
今の帽子業界はどんなセンスをしてるんだ!
頭に乗せるタイプもあるって事だろ?
確かに。ビューウェーブで
シルヴェスの服を買いに人気ナンバー1の
店舗にお邪魔したけど、その時も店長から
一押しの帽子アイテムを紹介されたな。
あっ、もしかして
クレアさんとユエリアちゃんの
お店じゃありませんか?
ほら、見ての通り
身体が厚いからさ、ジャストフィットする
服装が置かれて無かったんだ。そしたら
クレアさんが要らなくなった素材で
作ってあげる!って言われたから
お願いした、って言う訳さ。
僕もティブルエイドに来て
初めて入店した場所が服屋だったんです。
そこでこれから色んな場所を旅する
冒険者として似合う服を彼女に
紹介して貰ったんです。
襖の向こう側でシルドラ達の楽しい会話のせいで
踏み入る勇気が出来ずにいるブロス。
お茶が冷める前に渡してあげたい。けど
彼も冒険者だった時期がある。
本当だったら自分もそっち側に居たのかもしれない。
楽しい仲間と色々な大陸を楽しく冒険して
色んな景色を見たかったかもしれない。
道を誤ってしまった事に少しずつ
気付かされていく。
僕だってちゃんとした人間だ。
このように笑顔だってきちんと出来る。
今ぐらいアレドシア様の事は忘れて
皆と楽しめば良いんだ。よし!
その時、奥の部屋で
独り言のように呟いてたブロスの存在に気付き
シルドラが襖をそっと開ける。
ブロスさん、待ってましたよ!
皆さんにお茶を用意してくれたんですよね?
何もこんな暗い部屋でタイミング
図らなくても良いんですよ?
遅くなって済まなかった。
僕が淹れたお茶、もしよかったら飲んでくれ。
(何だろう? ブラウン君が
味の確認をすると妙な緊張感が走る……)
えっ!?茶葉の香ばしさを十分に活かせていて
蒸せば蒸すほど水色が変わるんだけど
黄金色になってるじゃん! それって
浅蒸しって言うんだけど、ボク達
若者が好むすっきりとした味が出てる!!
あっ、味が薄いって言ったのは
茶葉が原因だったんですね。せっかく
振舞ってくれたのに、さっきは文句を
言ってしまい申し訳ないです……。
別に良いんだ。
嗜んでくれただけでも嬉しいからな。
おっ、何か良いムードだな。
フランバージュなんかより、本来のお前が
居るべき場所はそっちの方が良いと思うぞ。
あ、あれ?
ブロスさんの肩……
何か刺された痕があります。
も、もしかして!!
過去に虫か何かに刺された事が
あったりしますか?
お、おう。僕は元々お前と同じ
冒険者だったんだ。森付近を歩いてた際に
何かに刺され、そのまま気絶した事がある。
それを運良く助けてくれた人こそ
アレドシア様なんだ……。
おいおい。その境遇
シルドラとまるっきり一緒じゃないか!
と言う事は、ブロスも
スチュキートに刺され、アングリアンの菌が
体内に注ぎ込まれた結果、シルドラと
同じように突然怒りの感情が増したんだ。
まさか此処にも被害者がいたとは……
うむ。ブロスが
スチュキートに刺されたと聞き付けてな。
この里でも問題視されている事態だ。数人が
被害を受けている。最近は音沙汰無いけど
また何時襲われるか分からない。
それにシモンが調べてくれた事を話そう。
その虫の持つ独特な生態があってな
怒りの感情を増強させる度合が
体格によって左右される事が分かった!
と言う事は、シルドラを刺したのは
まだ子供級で、ブロスを襲ったのは大人級の
スチュキートと言う事か!
何だよ! シルドラへの
嫉妬の他にそんな原因があったなんて。
何か手は無いのか? たまに
苦しい時があるんだ。
あっ、でしたら僕
シャノンさんから塗り薬の予備を
貰ってるので、肩を出してくれたら
塗ってあげますよー。
あっ、そうだ!
ボクの部屋散らかってるんだった。
このままじゃシルドラ君に汚いって
言われちゃうから、ちょっと先に失礼するね
家の場所はマツカゼさんに聞けば分かるから
一段落着いたら遊びにおいでー!
シルドラの他にも
スチュキートに刺された被害者がフランバージュの
メンバーの1人、ブロスである事が判明。
2人共ヴァンウッド周辺で襲撃されてしまい
尚且つ気絶。身体の中に菌を注ぎ込まれて以来
怒りの感情が増強されてしまった。
と、言う事は
本来のブロスには違う別の顔があるかもしれない。
しかし不運にも
気絶してた所を助けてくれたのはアレドシア。
恩を返す為にそのまま彼はフランバージュへと
加入する事を決意。逆を言えば救出してくれていた人が
違っていれば、悪の道にも踏み込む事無く
たとえ1人でも彼なりの冒険が出来ていた、に違いない。
その時、玄関の戸をガラガラと開け
シモンが中へと入って来る。
それを話しに来たんだ。
聞いてくれ。スチュキートの大群が
此処から目と鼻の先にあるグレイブ洞穴を
巣窟にしている事が分かった。これ以上
里を襲撃させない為にもコレッタ、オリアナ
2人を先頭に精鋭部隊を組んで
退治して貰う事にした。
ただ、シルドラ達
客人を巻き込む事などあってはならない。
これ以上被害者を出す訳にはいかない!里を襲う虫だろうが指一本でも
触れたら絶対に許さん。万が一にも備えて
其方達も用心してくれ。
ここからは自由時間――。
一段落着いたシルドラ達は
有意義な時間を過ごす為、マツカゼの家にある
縁側で綺麗に整えられている庭園を見たり
外で元気良く遊んでいる子供の世話をしたりと
思い思いの1日を堪能していた。
マツカゼからブラウンの
自宅を教えて貰い、まずはシノヴァシアで彼の屋敷の次に
一際目立っているイムラが師範を務める
道場の元に向かい始める。
張り切ってる声が聞こえますね。
ちょっと稽古場見せて貰おうかなっと!
扉を左に引き、
道場の中へお邪魔すると
誠拳道の独特な構えを解いた教え子が
シルドラの前から居なくなり、思いっきりジャンプをした
イムラの右足が彼の急所に見事にクリーンヒット。
無情にも先程ピヨコ帽で喰らったばかり。
更に裏返った声が響き渡ってしまう。
す!?う、ううう。イムラさん……
足が股間に当たりましたよ。ぐすん。
済まん済まん。別に
シルドラを狙ってた訳じゃないんだ。
こ、これは強烈ですね。
まさにチンだけに珍事件です……トホホ。
すみません、お願いがあるんですけど
誠拳道の練習風景見せて貰っても
良いですかね?
済まん。それは出来ないんだ。
生徒の集中を途切れさせない為にも
稽古中は誰も踏み入っちゃいけない掟でな。
あっ、そうなんですね。
無理にお邪魔してすみませんでした。
指導が終われば俺も自由時間になる。
その時で良ければ一緒に話そう。
マツカゼの屋敷に行けば良いんだな?
あっ、ちょっと待って!!
あれ? あの被り物何処に置いたっけ!?
あああああああああ!!!
思いっきり引っ張ったら崩れたじゃん!!
あっ! やっと見つけたあー。シルドラ君、今行くね。
いや、僕の見間違いですよね。
いつの間にかブラウン君が見慣れない姿に
変貌していて。それに嘴がヤバい位
前に突き出してますよ。なんか
本物みたいです。
ちっ、違うからね!
これはビューウェーブの帽子専門店から
取り寄せた代物だから、全然怖く無いよ。
それにこのクチバシも可愛いでしょ?
マツカゼの屋敷で
頭に乗せていたピヨコ帽もそうだけど
このニワトリ帽もブラウンのお気に入りの1つ。
しかし、何故か嘴だけ
前にかなり突き出している。その為
その箇所だけ本物だとシルドラは疑ってしまう事に。
安心させようと、思い切り振りかぶって
彼の頭上目掛けて振り落とす。
そこで、問題が発生してしまう。
え、えっ!?
そんな事無いよ。冗談だよね?
後何回か試せば分かる筈。せーのっ!
結果、シルドラの旋毛付近にニワトリ帽の嘴部分の痕が残ってしまう。
2回、いや3回位突いただろう。
しかし彼は不幸にも脳に響く程の痛みを味わっただけだ。
ひっ! ボクも知らなかったんだって!
ごめんね。頭大丈夫かい?
脳天を衝くってこういう事だったんだね。初めて思い知らされたよ、あはは。
ブラウンのせいで、頭が引き裂かれそうに痛いんですよねえ。
慰謝料100万ジャラ払って貰おうかなあ。
それか一生償っても良いんだよ。
どっちにしようかな。
ああああああああああ!!!
もうダメだ。ここは逃げるしか無い。
ストックリバティーって言う場所かな。
確か他所の作品の牧場なんだけど
牛のお姉さんがいるんだ。ボクにもたっぷり
乳を分けて貰おうかなっと。ニワトリも
沢山いると思うから挨拶しに
行かなくちゃダメだよね!
誰から乳を分けて貰うんですか?
もちろん雌牛や雄牛ですよね?
いや、違うよ。
シロナさんから分けて貰うんだ。
早く飲んでみたいなあ。
成程。
女性の方から……。
ブラウン君、1つ良いかな?
他所様のキャラクターに迷惑を掛けちゃダメだからな。分かったか?
誤解を招くといけないので
ここでちゃんとした説明をさせて頂きます。
シロナって言うのは
ストックリバティーと言った牧場から
ミルクを売りに来た牛の獣人。その為
胸からミルクは出ない。性格はかなり特徴的で
刺激的な妄想癖を持っている。そして豊胸。
作者である自分は大好物です←
今のは忘れて下さい。
多分、獣人だとしても
胸から乳が出ると天然過ぎるブラウンは思っているようで
彼だから許される行為、と思って頂けたら幸いです。
次回、ブロスとシルドラを襲撃した
スチュキートがシノヴァシアに再び襲い掛かり
3人の師範を筆頭にオリアナとコレッタが大活躍を見せる。
そして、マツカゼの口から
本筋が動く程とんでもない事が明らかに――。
第056話へ続く。
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