第12話 第六節 見出された少女 ー孤独ー
文字数 2,421文字
シーナが、森から出て初めて目にしたものは、これまで想像すらできない世界だった。
森から出て歩く道すがらたくさんの人々を目にした。
清潔そうな身なり、それぞれに合った美しい彩の服、様々な髪形、誰もが自分たちとは大きく違っていたことに、小さな自分がさらに縮んでしまうようだった。
とうとうシ―ナは、ひとりになり不安でいっぱいだった。
物心ついてから聞かされていた別れ、それはずっと先のことのように思っていたし、ときが経てば大人になるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。
他の五人は皆しっかりと育ったので、彼らなら必ずこの世界でうまく生きていけるのだろう。でも、私だけはそうではなかった。
別れの日を思うたび、怖くて怖くて泣いた。
おやじ様は、『中魚の道』に来てからも私を心配して離れようとしなかった。
店が立ち並ぶ通りに来て、「どうだ? あの店は…」と何度も店主に聞くように促されたが、なかなか入ることはできなかった。
おやじ様は困っていた。
「おやじ様、もう行って。私、おやじ様がいるとおやじ様を頼ってしまう。だからもう私をひとりにしていいよ。みんなもひとりになったんだから、私もひとりになる」
そう言いながら涙は次から次へと流れ落ちた。
「おやじ様、このままじゃいけないんだよね。そうだよね。だから私を置いておやじ様はもう行って、お願いだから」
おいおい泣きながらそう言った。おやじ様の背中が震えていた。
長い間そのまま私に背中を向けていたけど、私が道行く人たちを見ていたほんのわずかの間におやじ様の姿は消えていた。
急に心細くなって「おやじ様ぁ、おやじ様ぁ」とあちこち探しながら心の中で呼びかけた。
本当におやじ様は行っちゃった…
私のバカ、私の嘘つき、私があんな強がりを言ったからおやじ様、私を本当に置いて行っちゃった…
おやじ様と別れて一日が経った。
とぼとぼと歩きながら、シ―ナは人のいないところを探した。
突き上げてくる嗚咽をそのままに泣けるところをみつけようと周囲を見渡した。
行き交う人々は、時代遅れの衣服をまとった小柄な痩せた女の子がたった一人通り泣きながら歩いている姿を怪訝な表情で見た。
おもしろそうに顔をのぞきに来る男までいた。しかし、声をかけるものはいなかった。
シ―ナの胸に、養い親であるおやじ様の言葉がくり返しこだました。
「ただ生きればよいのだ。ただただ生きるのだ。毎日飯を食い眠る。仕事を得たなら仕事をする。それだけでよい。行き場所をみつけただ生きよ」
ただ生きるのなら、なぜこれまでのようにみんなで森にいられないのだろう。
何度も「ここではだめなの?」と問うた。
屈強なおやじ様がみせる力のない笑み。虚ろな眼差しをシーナに向けるだけだった。
シ―ナは山側に入る小道を見つけ進んでいった。
登り切った小高い丘の茂みに腰を下ろす頃には涙も枯れていた。
まだ陽は高いところにあるけれど、暮れたとき今日の自分はどこにいるのだろう。
森では道に迷ったときは必ず誰かが迎えに来てくれた。
「シ―ナ、シーナー」
自分の名を呼ぶ声が高い木立にこだまして「ここだよー私ここだよー」と答えれば瞬く間に仲間の走る足音が聞こえてきた。
いつもみんなが守ってくれたから私は生きてこれた。
改めて仲間への愛しさがこみ上げてくる。
『同い年』だと知ったときは心底驚いた。
男の子たちは兄さんだと思っていたし、チマナは姉さんだと思っていた。
何でもできる人たちだったから。
アーサはおやじ様が教えてくれる勉強をどんどん理解していき、全く理解できずにいる私に教えてくれた。
ハンガンは大きくて優しくて、迷子になった私を迎えに来て背負って帰ってくれた。
ヤシマは武術が強くておやじ様をうならせていた。
テナンはいつもみんなを笑わせていた。誰かが喧嘩してるときだってテナンがおもしろいことを言って笑わせて止めていた。
チマナは、憧れの人だ。小さくてやせっぽちで鼻ぺちゃな私とは大違い。
色が抜けるように白くて、少しつり上がった大きな目とつんとした、高くて細い鼻、小さい口、どれをとっても美しいとしか表現できなかった。
ときどき胸にグサッとくることを言うけれど、本当はすごく優しくて温かい。
「大丈夫だ、生きていける」とおやじ様は子ども達みんなによく言っていた。
でも、私を見るときだけは悲しそうな顔になる。私だけは心配だったのよね。
みんなに会いたい、そばにいたい、みんなはどうしてるの?
昨夜は道沿いの、木立の生い茂る小森に入り込んで大きな木の根もとに落ち葉を集めて眠り、森を流れる小川で渇きを癒した。
深い森の闇は日々の暮らしそのものだったから、闇が怖いわけではない。
むしろ遠くから漏れてくる人家の明かりになかなか慣れることができず、横になっても寝付けなかった。
おやじ様に渡された木の実を一つ口にした。ほんの少し口にするだけでも人の身体を元気にして病を癒し、傷をたちどころに治すという木の実。
王族や豊かな街の人々が血道をあげて探し求めているが見つけることができないのだとおやじ様は教えてくれた。
これを私たちが見つけることは容易かった。
低木で他の木に寄り添うように一本ひょこっと生えて緑の実をつける。
群生はしていない。まるでかくれんぼをしているように突然現れる。
小さい頃かくれんぼをしていると必ず誰かのそばにあって、鬼役がその木の実と一緒に隠れた仲間を見つけるという具合だった。
その実を三つ持っている。
おやじさまは言っていた。十日はそれで生きられる。その間になんとかするのだと。
今日も歩いてばかりで人に話しかけることもできない。
「働けるところはありませんか」が言えない。
私に何ができるのだろう、話しかけた相手に嫌がられたらと身がすくむ。
昨日は誰にも話しかけられなかった。だって皆忙しそうだから。
森から出て歩く道すがらたくさんの人々を目にした。
清潔そうな身なり、それぞれに合った美しい彩の服、様々な髪形、誰もが自分たちとは大きく違っていたことに、小さな自分がさらに縮んでしまうようだった。
とうとうシ―ナは、ひとりになり不安でいっぱいだった。
物心ついてから聞かされていた別れ、それはずっと先のことのように思っていたし、ときが経てば大人になるのだから大丈夫だと自分に言い聞かせてきた。
他の五人は皆しっかりと育ったので、彼らなら必ずこの世界でうまく生きていけるのだろう。でも、私だけはそうではなかった。
別れの日を思うたび、怖くて怖くて泣いた。
おやじ様は、『中魚の道』に来てからも私を心配して離れようとしなかった。
店が立ち並ぶ通りに来て、「どうだ? あの店は…」と何度も店主に聞くように促されたが、なかなか入ることはできなかった。
おやじ様は困っていた。
「おやじ様、もう行って。私、おやじ様がいるとおやじ様を頼ってしまう。だからもう私をひとりにしていいよ。みんなもひとりになったんだから、私もひとりになる」
そう言いながら涙は次から次へと流れ落ちた。
「おやじ様、このままじゃいけないんだよね。そうだよね。だから私を置いておやじ様はもう行って、お願いだから」
おいおい泣きながらそう言った。おやじ様の背中が震えていた。
長い間そのまま私に背中を向けていたけど、私が道行く人たちを見ていたほんのわずかの間におやじ様の姿は消えていた。
急に心細くなって「おやじ様ぁ、おやじ様ぁ」とあちこち探しながら心の中で呼びかけた。
本当におやじ様は行っちゃった…
私のバカ、私の嘘つき、私があんな強がりを言ったからおやじ様、私を本当に置いて行っちゃった…
おやじ様と別れて一日が経った。
とぼとぼと歩きながら、シ―ナは人のいないところを探した。
突き上げてくる嗚咽をそのままに泣けるところをみつけようと周囲を見渡した。
行き交う人々は、時代遅れの衣服をまとった小柄な痩せた女の子がたった一人通り泣きながら歩いている姿を怪訝な表情で見た。
おもしろそうに顔をのぞきに来る男までいた。しかし、声をかけるものはいなかった。
シ―ナの胸に、養い親であるおやじ様の言葉がくり返しこだました。
「ただ生きればよいのだ。ただただ生きるのだ。毎日飯を食い眠る。仕事を得たなら仕事をする。それだけでよい。行き場所をみつけただ生きよ」
ただ生きるのなら、なぜこれまでのようにみんなで森にいられないのだろう。
何度も「ここではだめなの?」と問うた。
屈強なおやじ様がみせる力のない笑み。虚ろな眼差しをシーナに向けるだけだった。
シ―ナは山側に入る小道を見つけ進んでいった。
登り切った小高い丘の茂みに腰を下ろす頃には涙も枯れていた。
まだ陽は高いところにあるけれど、暮れたとき今日の自分はどこにいるのだろう。
森では道に迷ったときは必ず誰かが迎えに来てくれた。
「シ―ナ、シーナー」
自分の名を呼ぶ声が高い木立にこだまして「ここだよー私ここだよー」と答えれば瞬く間に仲間の走る足音が聞こえてきた。
いつもみんなが守ってくれたから私は生きてこれた。
改めて仲間への愛しさがこみ上げてくる。
『同い年』だと知ったときは心底驚いた。
男の子たちは兄さんだと思っていたし、チマナは姉さんだと思っていた。
何でもできる人たちだったから。
アーサはおやじ様が教えてくれる勉強をどんどん理解していき、全く理解できずにいる私に教えてくれた。
ハンガンは大きくて優しくて、迷子になった私を迎えに来て背負って帰ってくれた。
ヤシマは武術が強くておやじ様をうならせていた。
テナンはいつもみんなを笑わせていた。誰かが喧嘩してるときだってテナンがおもしろいことを言って笑わせて止めていた。
チマナは、憧れの人だ。小さくてやせっぽちで鼻ぺちゃな私とは大違い。
色が抜けるように白くて、少しつり上がった大きな目とつんとした、高くて細い鼻、小さい口、どれをとっても美しいとしか表現できなかった。
ときどき胸にグサッとくることを言うけれど、本当はすごく優しくて温かい。
「大丈夫だ、生きていける」とおやじ様は子ども達みんなによく言っていた。
でも、私を見るときだけは悲しそうな顔になる。私だけは心配だったのよね。
みんなに会いたい、そばにいたい、みんなはどうしてるの?
昨夜は道沿いの、木立の生い茂る小森に入り込んで大きな木の根もとに落ち葉を集めて眠り、森を流れる小川で渇きを癒した。
深い森の闇は日々の暮らしそのものだったから、闇が怖いわけではない。
むしろ遠くから漏れてくる人家の明かりになかなか慣れることができず、横になっても寝付けなかった。
おやじ様に渡された木の実を一つ口にした。ほんの少し口にするだけでも人の身体を元気にして病を癒し、傷をたちどころに治すという木の実。
王族や豊かな街の人々が血道をあげて探し求めているが見つけることができないのだとおやじ様は教えてくれた。
これを私たちが見つけることは容易かった。
低木で他の木に寄り添うように一本ひょこっと生えて緑の実をつける。
群生はしていない。まるでかくれんぼをしているように突然現れる。
小さい頃かくれんぼをしていると必ず誰かのそばにあって、鬼役がその木の実と一緒に隠れた仲間を見つけるという具合だった。
その実を三つ持っている。
おやじさまは言っていた。十日はそれで生きられる。その間になんとかするのだと。
今日も歩いてばかりで人に話しかけることもできない。
「働けるところはありませんか」が言えない。
私に何ができるのだろう、話しかけた相手に嫌がられたらと身がすくむ。
昨日は誰にも話しかけられなかった。だって皆忙しそうだから。