第22話 第四節 『天女如心』 ー舞踊ー 少女たちー ー伝説歌ー
文字数 2,322文字
ー舞踊ー
買われたその日から、チマナは『天女如心』の舞人になった。
多くの少女とともに舞い踊る日々は森の生活とは一変して自由のない世界になったが、森の
生活で足場の悪い獣道を走り回り木に登った日々がチマナの足腰を鍛えていた。
物覚えのいいチマナは誰よりも早く体の動かし方や舞いの流れを理解し、楽団の少女が奏でる音曲に合わせ、美しい振りを自ら生み出すようにもなっていった。
やがて、なかなか習得できない少女たちに教えるようになり、秘かに少女たちを手助けした。
雇い主の親方は、他の踊り子たちにもこれまでとは明らかに違う扱いをするようになった。
親方が叱咤しながら舞を仕込むより、チマナが優しく教える方がずっと速く少女たちは舞を覚え表情も豊かになっていったからだ。
親方はチマナを舞台の中央に据えて練習させるようにした。
そうすることで、周りの踊り子たちは目の端にチマナを捉え見本にして安心して舞うことができ、全体の技量も上がってきたからだ。
年齢を明かせないチマナは、実際は年上であろうかと思われる少女たちからも「ねえさん」と呼ばれ慕われ頼られるようになっていた。
初舞台でもチマナは全く物怖じしなかった。
背筋をすっきりと伸ばし伏し目から静かに視線を上げる踊り出しは、凛として美しく見惚れるばかりだった。
またチマナは足が速く武術にも長けている。
怒らせて逃げ出されては大損失とばかりに、親方は、チマナの言うことはなるべく聞くように心がけた。
親方が他の少女を叩こうものなら、脱兎のごとくやってきて腕を掴み親方を睨みつけ「こんなことをするのなら、ここから出ていく」と食ってかかった。
この少女は逃げ出すことはできないはずだ、他の少女たちが心配で自分だけ逃れることはしないだろうと親方はそう踏んでいだが、若い衆を使って監視したり脅したりして使っても必ず怒りや不信感は舞に表われる。となれば他の少女たちにも優しくするしかなくなった。
あるとき、身なりの良い商人の一団が客席の前列に居並び熱心にその日の舞台を見ていた。
それから連日その集団は前列に陣取り踊り子に喝采を送っていた。熱心な観客だった。
しかしことはそれだけでは収まらなかった。
親方や若い男手たちが舞台を畳んでいるとき、その一団が陰に潜みおとなしそうな少女三名を連れ去ろうとした。
三人の少女は恐怖で声を出せずにいたが、少し離れてそれを見ていた少女たちがチマナに飛びつき、驚いたチマナが顔を上げるとその光景が飛び込んできた。
チマナは走り出し、親方が長い間少女たちを叩くのに使っていた棒を手にした。
棒の先端を地面に突き立て、男たちを飛び越えると棒を構え「その子たちを放しなさい。
人さらいめが!」と怒鳴った。
男の一人が「何を! 客に向かって何言いやがる。金払ってんだぞ!」とすごんで見せた。
チマナは、向かってきた男に横っ飛びで足蹴りをした。
首にまともに蹴りを食らった男は倒れこみ激しく咳き込んだ。
棒の先端を次に向かってきた男の顔面に素早く突き出すと、男は寸前で足を止めたが棒の先端は宙を回りすぐさま横から叩きつけるように男の顔面を襲った。
男はあまりの激痛にしゃがみ込んで立ち上がることができなかった。
男達は喧嘩慣れしていないようで、チマナの標的が次の男に向けられると「わかった、わかった。俺たちが悪かった。勘弁してくれ」と少女たちを解放し逃げていった。
「お前ら、二度と来るな! 人さらいめ! お前たちの顔を私は絶対に忘れないからな!」
逃げる男たちの背中に向かってチマナは叫んだ。
男たちはかなり遠くに離れてから「二度と来ねぇよ! 頼まれたって来るかよ」と吠えた。
騒ぎを聞き遅れて駆けつけた親方と男衆は「チマナは下手な男より強いですよ。どこで覚えたんだか…」と苦笑いを浮かべた。
ー少女達ー
多くの少女は奴婢村でさらってき者達だ。
見目麗しい少女を見つければそのまま連れ去ってきた。
奴婢には金など払う必要もなかった。
小作人や漁師や商人、職人たちにも暮らしや金に困る家もある。
そういう家からは金を払って娘を買い取った。
舞い手として可愛いうちはここで舞わせ、歳がいき舞い手として使えなくなったら他に売り飛ばす…
その道は決まっていた。
少女たちはこの男にとって金の生る木だった。
芸人の家に生まれたこの男は、家では芸を仕込まれながら一方悪い仲間とつるみ若い頃から多くの人を泣かせもしてきた。
その後自身は芸事から退いたが、少女を使って儲けている。
舞を仕込むのは血のなせる業か楽しかった。
男はチマナを得たことで『天女如心』の名を国中に轟かせたいと考えていた。
ー伝説歌ー
その昔天空にて、病得て苦しむ虎あり
その病 虎の 身勝手粗暴の振る舞い多くして、神より罰を受けしものなり。
周囲皆その様をみて、笑うなり
一匹の白蛇現れ、虎に水を運ぶなり。
遠き森の青き湧き水。神の身心宿す清水。病治す力あり。
虎、かの水にて本復す。
虎、白蛇に頭下げるや、身、青く変化するなり
チマナはこの舞が好きだった。チマナの役は荒ぶる虎。
『荒ぶる虎』を舞うときは激しく大きく飛び跳ねるように舞う。
舞台を縦横無尽に走り回り息も切れるがなんとも楽しいのだ。
そして青の衣を控えの子にかけてもらい病が癒えた後の『青虎』を演じるときは、打って変わって動きは波のような柔らかいものになり美しい舞になった。
チマナはその演じ分けがすこぶる楽しかった。
白蛇の穏やかな舞も魅力はあったが、自分には虎があっているように感じていた。
今日も虎を舞える。伝説歌のときは心が華やぎ稽古前からワクワクしていた。
買われたその日から、チマナは『天女如心』の舞人になった。
多くの少女とともに舞い踊る日々は森の生活とは一変して自由のない世界になったが、森の
生活で足場の悪い獣道を走り回り木に登った日々がチマナの足腰を鍛えていた。
物覚えのいいチマナは誰よりも早く体の動かし方や舞いの流れを理解し、楽団の少女が奏でる音曲に合わせ、美しい振りを自ら生み出すようにもなっていった。
やがて、なかなか習得できない少女たちに教えるようになり、秘かに少女たちを手助けした。
雇い主の親方は、他の踊り子たちにもこれまでとは明らかに違う扱いをするようになった。
親方が叱咤しながら舞を仕込むより、チマナが優しく教える方がずっと速く少女たちは舞を覚え表情も豊かになっていったからだ。
親方はチマナを舞台の中央に据えて練習させるようにした。
そうすることで、周りの踊り子たちは目の端にチマナを捉え見本にして安心して舞うことができ、全体の技量も上がってきたからだ。
年齢を明かせないチマナは、実際は年上であろうかと思われる少女たちからも「ねえさん」と呼ばれ慕われ頼られるようになっていた。
初舞台でもチマナは全く物怖じしなかった。
背筋をすっきりと伸ばし伏し目から静かに視線を上げる踊り出しは、凛として美しく見惚れるばかりだった。
またチマナは足が速く武術にも長けている。
怒らせて逃げ出されては大損失とばかりに、親方は、チマナの言うことはなるべく聞くように心がけた。
親方が他の少女を叩こうものなら、脱兎のごとくやってきて腕を掴み親方を睨みつけ「こんなことをするのなら、ここから出ていく」と食ってかかった。
この少女は逃げ出すことはできないはずだ、他の少女たちが心配で自分だけ逃れることはしないだろうと親方はそう踏んでいだが、若い衆を使って監視したり脅したりして使っても必ず怒りや不信感は舞に表われる。となれば他の少女たちにも優しくするしかなくなった。
あるとき、身なりの良い商人の一団が客席の前列に居並び熱心にその日の舞台を見ていた。
それから連日その集団は前列に陣取り踊り子に喝采を送っていた。熱心な観客だった。
しかしことはそれだけでは収まらなかった。
親方や若い男手たちが舞台を畳んでいるとき、その一団が陰に潜みおとなしそうな少女三名を連れ去ろうとした。
三人の少女は恐怖で声を出せずにいたが、少し離れてそれを見ていた少女たちがチマナに飛びつき、驚いたチマナが顔を上げるとその光景が飛び込んできた。
チマナは走り出し、親方が長い間少女たちを叩くのに使っていた棒を手にした。
棒の先端を地面に突き立て、男たちを飛び越えると棒を構え「その子たちを放しなさい。
人さらいめが!」と怒鳴った。
男の一人が「何を! 客に向かって何言いやがる。金払ってんだぞ!」とすごんで見せた。
チマナは、向かってきた男に横っ飛びで足蹴りをした。
首にまともに蹴りを食らった男は倒れこみ激しく咳き込んだ。
棒の先端を次に向かってきた男の顔面に素早く突き出すと、男は寸前で足を止めたが棒の先端は宙を回りすぐさま横から叩きつけるように男の顔面を襲った。
男はあまりの激痛にしゃがみ込んで立ち上がることができなかった。
男達は喧嘩慣れしていないようで、チマナの標的が次の男に向けられると「わかった、わかった。俺たちが悪かった。勘弁してくれ」と少女たちを解放し逃げていった。
「お前ら、二度と来るな! 人さらいめ! お前たちの顔を私は絶対に忘れないからな!」
逃げる男たちの背中に向かってチマナは叫んだ。
男たちはかなり遠くに離れてから「二度と来ねぇよ! 頼まれたって来るかよ」と吠えた。
騒ぎを聞き遅れて駆けつけた親方と男衆は「チマナは下手な男より強いですよ。どこで覚えたんだか…」と苦笑いを浮かべた。
ー少女達ー
多くの少女は奴婢村でさらってき者達だ。
見目麗しい少女を見つければそのまま連れ去ってきた。
奴婢には金など払う必要もなかった。
小作人や漁師や商人、職人たちにも暮らしや金に困る家もある。
そういう家からは金を払って娘を買い取った。
舞い手として可愛いうちはここで舞わせ、歳がいき舞い手として使えなくなったら他に売り飛ばす…
その道は決まっていた。
少女たちはこの男にとって金の生る木だった。
芸人の家に生まれたこの男は、家では芸を仕込まれながら一方悪い仲間とつるみ若い頃から多くの人を泣かせもしてきた。
その後自身は芸事から退いたが、少女を使って儲けている。
舞を仕込むのは血のなせる業か楽しかった。
男はチマナを得たことで『天女如心』の名を国中に轟かせたいと考えていた。
ー伝説歌ー
その昔天空にて、病得て苦しむ虎あり
その病 虎の 身勝手粗暴の振る舞い多くして、神より罰を受けしものなり。
周囲皆その様をみて、笑うなり
一匹の白蛇現れ、虎に水を運ぶなり。
遠き森の青き湧き水。神の身心宿す清水。病治す力あり。
虎、かの水にて本復す。
虎、白蛇に頭下げるや、身、青く変化するなり
チマナはこの舞が好きだった。チマナの役は荒ぶる虎。
『荒ぶる虎』を舞うときは激しく大きく飛び跳ねるように舞う。
舞台を縦横無尽に走り回り息も切れるがなんとも楽しいのだ。
そして青の衣を控えの子にかけてもらい病が癒えた後の『青虎』を演じるときは、打って変わって動きは波のような柔らかいものになり美しい舞になった。
チマナはその演じ分けがすこぶる楽しかった。
白蛇の穏やかな舞も魅力はあったが、自分には虎があっているように感じていた。
今日も虎を舞える。伝説歌のときは心が華やぎ稽古前からワクワクしていた。