第62話 第一節 絆 ーいきさつー

文字数 2,339文字

 しばらくして落ち着くと、三人はそれぞれに起きたことを話しだした。
 演舞会ではいろいろと信じられないことが起こった。
 シーナの歌に王が苦しみシーナを捕えようとしたこと。
 シーナを巨大な白蛇がぐるりと覆ったこと。
 チマナが、シーナを助けよう飛び出し切りつけられた後青虎へと変貌したこと。
 そして遂にヤシマが王を射たこと。
 その後、ヤシマが青虎になったチマナに助けられ青虎がチマナに戻った後ピクリとも動かなくなったこと。
 しかしチマナにはそのあたりの記憶は全くなかった。
 「チマナは青虎が自分の身の内にいることを知っていたのか?」
 ヤシマは聞いた。
 「知らなかった、いまも自分の中に青虎がいるなんて信じられない」
 「私はその予言だってたったいま初めて知ったんだよ。ただ舞歌の中に白蛇と青虎の伝説を歌にしたものがあるの」
 チマナは歌い始めた。

その昔天空にて、病得て苦しむ虎あり
その病 虎の 身勝手粗暴の振る舞い多くして、神より罰を受けしものなり
周囲皆その様をみて、笑うなり
一匹の白蛇現れ、虎に水を運ぶなり
遠き森の青き湧き水。神の身心宿す清水。病治す力あり
虎、かの水にて本復す
虎、白蛇に頭下げるや、身、青く変化するなり

 「これは…」ハンガンが小さく声をもらした。
 「重い病にかかって瀕死の虎がそこに現れた白蛇に神の水をもらって病が治り、虎が青虎に変わるという物語なの。だから青虎は白蛇が危うい時は助けると決意するというお話」
 チマナは解説した。
 「今回はその舞いではなかったけれど、それを舞うときは青虎の役をすることが多かったの。私だけでなくいろんな子がその役をやっていたけれどね」
 「だからという訳でもなさそうだな」
 ヤシマが言った。
 「荒ぶる虎を舞う時は舞も激しく大きく飛び跳ねるように舞ってその後、青の衣を控えの子にかけてもらい、青くなってからの虎を演じるときは、動きが柔らかいものになって感謝を表す舞のような美しい舞になるのよ」
 「見てみたいなあ、その舞」
 ハンガンが言った。
 「少しずつ思い出してきたんだけど、シ―ナが武人たちに切られると思ったとき身体が勝手に動いたの。シ―ナを助けなきゃって。蛇を怖いとは思わなかった」
 「そこに青虎が乗り移ったのか」
 ヤシマはぼそりと言った。
 「シ―ナは白蛇に関わりがあるんだきっと。ところでチマナ。お前はどうしてあの舞いの集団に?」
 ハンガンが聞いた。
 「それは…その前にシ―ナは本当にその貴族のところで大丈夫なの?」
 チマナが聞いた。
 「おそらく大丈夫だ。なかなか切れ者のようだが信頼できる人だった。貴族の中にいた方がシーナにとっては安全だと思う」
 ハンガンは言った。
 「わかった。ハンガンがそう判断したならそれを信じる。私ね、売られたんだよ。あの天女如心に」
 「売られた?」
 ヤシマもハンガンも愕然とした。
 それからチマナは演舞会まで自分の身に起こったことを二人に話した。
 舞を舞わせる親方の少女達に対する振る舞いについて怒りを表し、舞人達の置かれている立場の話になると一言も発することができず、意地悪い客をチマナが追い払ったり、親方の腕を強く掴み親方の腕が腫れ上がった出来事では喝采を上げたり、機器手二人は忙しかった。
 「私がシ―ナを心配するのは、女の子が一人放り出されるのはとても危険な事だと身を以って知ったから。心配でたまらなかった」
 「お前は・・・相当苦労したんだな」
 ヤシマが噛みしめるように言った。そして、
「演舞会の舞、見たよ。チマナに目が行くんだ。どうしても」とヤシマは続けた。
 「ほんと?」チマナが嬉しそうに言った。
 「俺もだ。チマナだからではなく舞が他の人と違う。うまくは言えないが…」
 「他の人にもよく言われるんだ。惹きつけられるって。天女如心の舞はもともと誰の舞もそうだけどね。でも舞うことは私に合っているような気がするの。夢中になれるものと出会えたって思える。だから売られたけれど悲しかった訳じゃない」
 「少し安心した。でも自由の身でないのはだめだ」
 ヤシマが言った。
 「あの子たちの大半が奴婢なの。売られるどころか奴婢の家にはお金も払うことなく、綺麗だからって連れてこられてる。みんなあきらめてるの、仕方がないって」
 ひとしきり話が終わると、三人は立ち上がった。
 この後どうするのかは、森に帰りバンナイを交えて話そうということになった。
 ハンガンは、バンナイにりりたちを預けている。
 青虎の姿を見せたチマナは天女如心に戻されることはないだろう。
 ヤシマは王宮から追われる身でもある。
 「ところでこれ誰が着せたの? 私に」
 「ハンガン」
 間をおかず、ヤシマはハンガンを見て言った。
 「お前っ」
 ハンガンはヤシマをにらんだ。
 「…見たな」
 チマナはハンガンにこぶしを振り上げた。
 「いや俺は真夜中だし見てない。ヤシマの方が…」
 「俺は、俺は…ハンガンに命令されたんだ」
 「それを言うのか!」
 小さい頃はみんな湧水の池で裸で水浴びをしたし、夜も身体を寄せ合い眠った仲だった。
 「これはしようがなかったと思う」とハンガンが、続いてヤシマもすかさず「俺もそう思う」と、二人は許しを請うように弱弱しい声で言ったが、チマナにその言葉は届かず二人に殴りかかっていった。
 「お二人とも言い訳の方はそれでよろしいでしょうか」
 チマナの拳は痛い。
 怪我を負っているヤシマも寝不足のハンガンも本気で逃げたが、最後には捕まり痛手にならないところに何発か拳を受け、笑い転げる三人だった。
 その三人は『おそろしの森』に入り、ヤシマは薬草を採ってはそれぞれ怪我をしている箇所に塗り込みながら、一日半歩き続けバンナイ達が待つ小屋に帰ってきた。

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