第43話 新たな道筋 ー相棒ー
文字数 1,921文字
「おやじ殿…」ハンガンが静かに呼びかけた。
「ハンガン、どうした」
「おやじ殿。たってのお願いです。しばらくの間、どうか私に代わってこの方々のそばにいてあげていただけませんか」
りりに不安の色が生まれた。
「必ず帰ってきます。俺に時間をください。ヤシマの手助けがしたいのです。ヤシマと一緒に王を討ちとったら帰ってきます」
ハンガンがバンナイに向かって深く頭を下げた。
「りり殿と離れるというのか」バンナイが訊いた。
「りり様。このままあなたのそばにいれば毎日が楽しいことでしょう。でも俺はずっと考えるんだ。ヤシマに一人王を討つことを押しつけて、それを悔いて自分を許せなくなる」
「何言ってんだ。押しつけてってなんだ。王を討つというのは俺の念願だ。お前のものではない。手伝うというが迷惑でしかない。邪魔だ。頼んだ覚えもない」
ヤシマは言った。
「俺、こんなことになってずっと考えていたんだ。これから先もこんなことが繰り返され、悲しい想いをする人間が次から次と出てくる。 王が恐れて消し去ろうとした我らこそ王に一矢報いることができる」
一同に声にならない驚きが広がった。
「それはどういうことですか」
長女が初めて口を開いた。
「この二人は十五歳です。りり様と同い年。私が育てました。あと四人います」
バンナイがゆっくりとそう伝えた。
「それでは…」
りりの目に涙が膨れ上がった。
「あなたと私は同じ境遇だった…生まれてはいけない子ども」
「はい。おやじ殿との約束でした。絶対に人に話してはいけないと言われて育ちました」
「いまなぜ私達に?」長男の妻が言った。
「当分この森から出ることは叶いません。世に漏れることはないでしょう。森から出て人に話せば、自分だけでなく他の五人の身も危うくなる。私はそう思って六人の子どもたちに重い枷を課しました。残酷な親です」
バンナイはしみじみと言った。
「秘密を持ちながら生きるのは、さぞやたいへんなことでしょうね」
長男の妻が言った。
それぞれ安心したのか、打ち解けて自然に言葉が出るようになっていた。
「りり様。あなたはハンガンを待てますか」
バンナイがりりに聞くと、一斉に視線がりりに集まった。
りりはしばらく考えていたが、
「私のそばに身があっても心はヤシマ殿のところにあるハンガン殿と共にいることはできません。出会えて名をもらい生かしてもらっただけで充分です。待ちます。必ず生きて帰ってきてください」決然とそう答えた。
「いや、勝手に決められても困る。俺の子どものころからの生きるよすがだったんだ。昨日今日決めたこととは重みが違う」
しかしそう言いながらヤシマもまた処刑場からハンガンとともにいてどんなときも大きな安心感が湧いたのは事実だった。その感情にとまどうほどだった。
「俺はヤシマとならどんなこともできるような気がした。不安がなかった」とハンガンは言った。
バンナイはずっと腕組をしながら聞いていたが、
「ヤシマ。ここで選べ。言っておくが王を討つのは一人では無理だ。手伝い手が必要だ。俺も手伝う気でいる。俺かハンガンか選べ。お前が本気で王を討つ気なら」と言った。
皆の視線がヤシマに集まった。
「王の悪の力を甘く見るな」
バンナイは静かに呟いた。
「何年かかるかわからない。どう近づくのかどう討つのか。今の話を聞いて隣国に兵を差し向ける前に討ちたい。この身と刺し違えても…命の保証はない。りり様。ハンガンの命もらえますか。帰ってこないかも知れないんだ」
りりは答えられなかった。答えればきっと嘘になる。
「ハンガン、お前ここへは帰って来られない、俺といっしょにきたら…」
ヤシマは呟いた。
「わかってる」
ハンガンも呟くようにそう答えた。
俯いていたりりがゆっくりと顔を上げた。
りりは、バンナイを見、ハンガンを見、最後にヤシマを見て大きくうなずいた。
しばらく沈黙が続いた。
「ハンガンをください。りり様」ヤシマはきっぱりと言った。
「よかった。俺はお前に断られても追うつもりだった」ハンガンは笑った。
「俺の方が足が速いのに?」ハンガンの一撃がヤシマの肩に入った。
二人とも笑顔だった。
「しかたがない。俺は二人の子どもを失うのだな。親不孝な奴らだ」
バンナイは複雑な表情を浮かべそう言ったが、最後は二人に向け笑みを浮かべた。
止めても止まらぬ二人であることをよく知っている親だった。
「おやじ殿。りり様と皆様をよろしくお願いします」
ハンガンは頭を下げた。
「それは安心しろ。お前たち赤子六人を育てた俺だぞ」
笑いが起こった。
ハンガンとヤシマは、翌早朝、鷹の案内で森を後にした。
「ハンガン、どうした」
「おやじ殿。たってのお願いです。しばらくの間、どうか私に代わってこの方々のそばにいてあげていただけませんか」
りりに不安の色が生まれた。
「必ず帰ってきます。俺に時間をください。ヤシマの手助けがしたいのです。ヤシマと一緒に王を討ちとったら帰ってきます」
ハンガンがバンナイに向かって深く頭を下げた。
「りり殿と離れるというのか」バンナイが訊いた。
「りり様。このままあなたのそばにいれば毎日が楽しいことでしょう。でも俺はずっと考えるんだ。ヤシマに一人王を討つことを押しつけて、それを悔いて自分を許せなくなる」
「何言ってんだ。押しつけてってなんだ。王を討つというのは俺の念願だ。お前のものではない。手伝うというが迷惑でしかない。邪魔だ。頼んだ覚えもない」
ヤシマは言った。
「俺、こんなことになってずっと考えていたんだ。これから先もこんなことが繰り返され、悲しい想いをする人間が次から次と出てくる。 王が恐れて消し去ろうとした我らこそ王に一矢報いることができる」
一同に声にならない驚きが広がった。
「それはどういうことですか」
長女が初めて口を開いた。
「この二人は十五歳です。りり様と同い年。私が育てました。あと四人います」
バンナイがゆっくりとそう伝えた。
「それでは…」
りりの目に涙が膨れ上がった。
「あなたと私は同じ境遇だった…生まれてはいけない子ども」
「はい。おやじ殿との約束でした。絶対に人に話してはいけないと言われて育ちました」
「いまなぜ私達に?」長男の妻が言った。
「当分この森から出ることは叶いません。世に漏れることはないでしょう。森から出て人に話せば、自分だけでなく他の五人の身も危うくなる。私はそう思って六人の子どもたちに重い枷を課しました。残酷な親です」
バンナイはしみじみと言った。
「秘密を持ちながら生きるのは、さぞやたいへんなことでしょうね」
長男の妻が言った。
それぞれ安心したのか、打ち解けて自然に言葉が出るようになっていた。
「りり様。あなたはハンガンを待てますか」
バンナイがりりに聞くと、一斉に視線がりりに集まった。
りりはしばらく考えていたが、
「私のそばに身があっても心はヤシマ殿のところにあるハンガン殿と共にいることはできません。出会えて名をもらい生かしてもらっただけで充分です。待ちます。必ず生きて帰ってきてください」決然とそう答えた。
「いや、勝手に決められても困る。俺の子どものころからの生きるよすがだったんだ。昨日今日決めたこととは重みが違う」
しかしそう言いながらヤシマもまた処刑場からハンガンとともにいてどんなときも大きな安心感が湧いたのは事実だった。その感情にとまどうほどだった。
「俺はヤシマとならどんなこともできるような気がした。不安がなかった」とハンガンは言った。
バンナイはずっと腕組をしながら聞いていたが、
「ヤシマ。ここで選べ。言っておくが王を討つのは一人では無理だ。手伝い手が必要だ。俺も手伝う気でいる。俺かハンガンか選べ。お前が本気で王を討つ気なら」と言った。
皆の視線がヤシマに集まった。
「王の悪の力を甘く見るな」
バンナイは静かに呟いた。
「何年かかるかわからない。どう近づくのかどう討つのか。今の話を聞いて隣国に兵を差し向ける前に討ちたい。この身と刺し違えても…命の保証はない。りり様。ハンガンの命もらえますか。帰ってこないかも知れないんだ」
りりは答えられなかった。答えればきっと嘘になる。
「ハンガン、お前ここへは帰って来られない、俺といっしょにきたら…」
ヤシマは呟いた。
「わかってる」
ハンガンも呟くようにそう答えた。
俯いていたりりがゆっくりと顔を上げた。
りりは、バンナイを見、ハンガンを見、最後にヤシマを見て大きくうなずいた。
しばらく沈黙が続いた。
「ハンガンをください。りり様」ヤシマはきっぱりと言った。
「よかった。俺はお前に断られても追うつもりだった」ハンガンは笑った。
「俺の方が足が速いのに?」ハンガンの一撃がヤシマの肩に入った。
二人とも笑顔だった。
「しかたがない。俺は二人の子どもを失うのだな。親不孝な奴らだ」
バンナイは複雑な表情を浮かべそう言ったが、最後は二人に向け笑みを浮かべた。
止めても止まらぬ二人であることをよく知っている親だった。
「おやじ殿。りり様と皆様をよろしくお願いします」
ハンガンは頭を下げた。
「それは安心しろ。お前たち赤子六人を育てた俺だぞ」
笑いが起こった。
ハンガンとヤシマは、翌早朝、鷹の案内で森を後にした。