第19話 第一節 到来 ー用心棒ー
文字数 3,529文字
三日三晩の嵐の間、ヤシマは途中にあった森の奥深く樹々が密集し鬱蒼としたところで激しい暴風雨を凌いでいた。
折れた枝や落ちた葉があちらこちらに乱れ飛んだ森に枝葉の合間をぬってかすかに光が差した朝、ヤシマは森を走り抜け通りまで出た。
その通りを今度は周辺を注意深く見ながらゆっくり歩いて、やがてヤシマは『東田の道』に来た。
はるか遠くまで田畑が広がり、よれよれの布をただ巻いているとしか思えない身なりの人々が大嵐の後始末なのか忙しく立ち働いていた。
木陰で数日を過ごし、今日も行き交う人々を見ていると荷車を引く一団が現れた。
布をすっぽりと被せた大きな荷を囲んで進む六人の身なりは、いかにもみすぼらしかった。
皆きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回し、どこか不安げな様子であった。
そのうちの一人とヤシマは目が合った。
相手はすぐ目をそらしおどおどとした表情になった。
やはり団子屋の婆の言っていたことは本当なのか?
すると、どこから現れたのか、明らかに商人ではない男五人が荷車の前に立ちはだかった。
どの顔も無精髭を蓄え、身体は服の上からでも筋骨逞しい様子が見て取れた。
皆、道から外れた者に共通する残忍さを全身から発していた。
荷車を奪う気だな。
こんな連中が相手では、はなから勝負にならないだろう。
案の定、運び手たちは腰を抜かさんばかりに六人固まって震えるばかりであった。
どうやら遥か後ろから雇い主であろう身なりの良い人物がついてきたようだが、現れた五人の様相を見るや関係ないとばかりに道の端の太い木に隠れたようだった。
どうせそういう輩は、盗人が荷を持ち去ってからこの運び手たちを叱責するのだろう。
どうする? むろん助ける! ここだ。
ヤシマは勢いよくこの五人の前に飛び出した。
「ちょっとお待ちを。この荷は税のはずですよ。これをあんたらが持ち去ったらこの人たちはえらい目に合ってしまう。そんな無体はおやめくださいよ」
「何だ? このガキは! どこの誰かは知らねえが生意気な口叩くんじゃねぇ、おら!」
男の一人がヤシマに飛びかかりこぶしを振り上げた。
しかし、ヤシマはまるで木の枝を払いのけるような軽やかさでごく自然にそれをかわした。
その動作からヤシマのただならぬ力を感じた男達は、本気になった。
「おい、こいつに油断は禁物だ」と仲間に声をかけると、ヤシマに向かい「お前! 俺らの邪魔をしよってんじゃねぇだろうなぁ」と怒鳴った。
「その邪魔ってやつをさせてもらいますよ」
ヤシマはさらりと静かに告げた。
震えていた運び手たちはこのやり取りに衝撃を受け、あんぐりと口を開けて目の前の光景に見入った。
しかし、そのうち来るであろう自分たちへの酷いふるまいから逃れられるとは思っていないようで、絶望の表情は変わらなかった。
「おもしれぇなぁ、みんな。この生意気なガキからたたむぞ」
「おうよ。お前ら、かかれ!」
まず始めに男達の中で一番大きな男がヤシマに突進し、こぶしを勢いよく振り下ろした。
ヤシマは先程と同じように、ひょいっと飛びのくと近くにいたもう一人の男をグイッと掴み大男のこぶしの前に顔を持っていった。
「ちょっちょっと待っ…」
大男の拳を顔面にまともに食らった男はのけ反り後ろに倒れた。
「このやろう―っ、なめた真似しあがって。許さねぇ!」
怒りのあまり次々襲いかかる男たちを身軽な動きでかわし、自分の拳は一切使わず相手同士をはち合わせるヤシマの動きは居合わせた人々には尋常なものとは思えなかった。
何の武器も使わずに、五人は互いに殴り合い蹴り合う形でしばらくするとその場に伸びていたのだった。
皆息が上がっていたにも関わらずヤシマの呼吸は乱れがなかった。
「大丈夫ですか?」
ヤシマはいまだに放心状態の運び手達に声を掛けた。
運び手達はしばらく立ち上がることができなかったが、やがて一人また一人と立ち上がり目の前の若者にお礼を言おうとしたそのときだった。
「ちょっとお待ちください、若旦那」
近くの木陰から男のしわがれた声が聞こえ、次の瞬間身なりのよい恰好をした初老の男がヤシマの前に姿を現した。
距離をおいてずっと様子を窺っていた人物だった。
おそらくこの荷を納める地主なのだろう。
荷は奴婢に運ばせ襲われたら自身を守るため身を隠す、そんな手合いだ…
ヤシマは思った。
「若旦那、めっぽうお強いですねえ。いい腕をお持ちです。若旦那はどこのお人でいらっしゃいますか。これほどの腕をお持ちならどこかに雇われておいででしょうねぇ」
この男は、自分の質素な身なりを見て武人ではないと踏み敢えて質問している。
抜け目のないやつだ。足もとを見られているのだ。
「用は何ですか。回りくどい言い方は好きじゃないんです。俺は先を急ぐんだ」
すると男は「わかりました。では単刀直入に申します。若旦那、お願いします。うちの用心棒になってください。あんたの身なりをみりゃあわかる。仕事を探しておいででしょう。私らはおわかりの通り、強盗に襲われたら何もできませんでされるがままなんです。だからあんたにいてもらえると大変助かる。そしてあんたも仕事にありつける。悪い話じゃないと思いますが」と言った。
この男のことは好きになれない。
しかし男の言うことは否定しようのない事実で、用心棒の仕事は願ったり叶ったりだった。
そして少し間を置き「お世話になります」とだけ返答した。
「こりゃあ助かる。税納めに毎回若旦那について行ってもらえれば荷を奪われずに済みます。有り難いことです」
この成行きに運び手である奴婢たちは心底喜んでいるようだった。
ヤシマもその様子を見て安堵した。
男は「早速ですが、若旦那。この荷を東田宗家のお屋敷に税として届ける途中なんでさぁ。初仕事として一緒にきてください」と告げ、ヤシマは「同行いたします」と答えた。
こうしてヤシマは、新しい土地に着いた早々に用心棒の仕事に就いた。
奴婢の六人は、ヤシマが用心棒として雇われて心強くなったのか、急ぎ足で荷車を引き始めた。
ヤシマはすぐその後ろにつき坂道では荷を押すのを手伝った。
地主はやはり数歩後ろから用心深く歩いてきた。
ひしめき合うように家々が建ち並び、通りいっぱいに人が溢れる職人商人街では人垣を縫うように進んだ。
ヤシマは、これほどたくさんの人間を見るのは初めてだったので息苦しさを覚えた。
「もうすぐ貴族領との境の門です。ここではお調べがあります。余計なことは言わず私に任せてください、いいですか? 頭は下げてください。奴婢はひざまずきますが、私とあんたは腰を低くしてしっかり頭を下げるんです。あとここからは名前で呼びますよ」
ヤシマは道中この地主と奴婢たちに名前を教えていた。
やがて大きな扉を前にし「東田の、王の腹『川村』より参りました川村地主カムルでございます。税の作物を運んでまいりました」と地主が大きな声で宣言すると、扉の向こうから「開門」という鋭い声が聞こえた。
扉がゆっくりと開き武人らしき男が二人出てきた。
「私がカムルでございます。この六人は小作に使っております奴婢達でございます」
「あいわかった。そこの男は?」
地主の説明を遮るようにヤシマについて地主に尋ねてきた。
二人の武人の視線は、当初から頭を下げているヤシマに向けられ地主を見ることはなかった。
「お前はなんだ?」とヤシマに聞いてきた。
ヤシマが顔をあげると、地主がすぐさま「あ、こちらは私どもで使っております小作人の一人でございます。何せ喧嘩がめっぽう強いので、賊に襲われたときの用心棒として連れ参りました」
「最近はよく賊が出ているようだな。『橋村』は三回目でやっとここまで来たようだ」
「さようでございますか。私どもも二回目でございます」
「困ったものだ。ここからは安心してよいぞ」
「ありがとうございます」
地主が挨拶をすると、地に伏していた奴婢たちが立ち上がって歩き始めた。
通りはゆったりと広く白壁の塀がずっと続いている。
長い白壁を過ぎると豪奢な門が現れた。
屋敷は門からだいぶ遠いところにあるようだ。
広くて美しい庭園が延々と続いている様子や回廊型の長い渡り廊下が見えた。
いそいそと立ち働く男女があちらこちらにいて、街あいとはまた違う活気があった。
荷車は北側にある大きな納め所に案内され、中に入ると大きな広間の一角に『川村』という名札があった。
そこに荷を全て降ろすと、事務官が待つ受付所に行き納め済みの印をもらった。
空になった荷車は用心棒を伴いながら村へと帰った。
折れた枝や落ちた葉があちらこちらに乱れ飛んだ森に枝葉の合間をぬってかすかに光が差した朝、ヤシマは森を走り抜け通りまで出た。
その通りを今度は周辺を注意深く見ながらゆっくり歩いて、やがてヤシマは『東田の道』に来た。
はるか遠くまで田畑が広がり、よれよれの布をただ巻いているとしか思えない身なりの人々が大嵐の後始末なのか忙しく立ち働いていた。
木陰で数日を過ごし、今日も行き交う人々を見ていると荷車を引く一団が現れた。
布をすっぽりと被せた大きな荷を囲んで進む六人の身なりは、いかにもみすぼらしかった。
皆きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回し、どこか不安げな様子であった。
そのうちの一人とヤシマは目が合った。
相手はすぐ目をそらしおどおどとした表情になった。
やはり団子屋の婆の言っていたことは本当なのか?
すると、どこから現れたのか、明らかに商人ではない男五人が荷車の前に立ちはだかった。
どの顔も無精髭を蓄え、身体は服の上からでも筋骨逞しい様子が見て取れた。
皆、道から外れた者に共通する残忍さを全身から発していた。
荷車を奪う気だな。
こんな連中が相手では、はなから勝負にならないだろう。
案の定、運び手たちは腰を抜かさんばかりに六人固まって震えるばかりであった。
どうやら遥か後ろから雇い主であろう身なりの良い人物がついてきたようだが、現れた五人の様相を見るや関係ないとばかりに道の端の太い木に隠れたようだった。
どうせそういう輩は、盗人が荷を持ち去ってからこの運び手たちを叱責するのだろう。
どうする? むろん助ける! ここだ。
ヤシマは勢いよくこの五人の前に飛び出した。
「ちょっとお待ちを。この荷は税のはずですよ。これをあんたらが持ち去ったらこの人たちはえらい目に合ってしまう。そんな無体はおやめくださいよ」
「何だ? このガキは! どこの誰かは知らねえが生意気な口叩くんじゃねぇ、おら!」
男の一人がヤシマに飛びかかりこぶしを振り上げた。
しかし、ヤシマはまるで木の枝を払いのけるような軽やかさでごく自然にそれをかわした。
その動作からヤシマのただならぬ力を感じた男達は、本気になった。
「おい、こいつに油断は禁物だ」と仲間に声をかけると、ヤシマに向かい「お前! 俺らの邪魔をしよってんじゃねぇだろうなぁ」と怒鳴った。
「その邪魔ってやつをさせてもらいますよ」
ヤシマはさらりと静かに告げた。
震えていた運び手たちはこのやり取りに衝撃を受け、あんぐりと口を開けて目の前の光景に見入った。
しかし、そのうち来るであろう自分たちへの酷いふるまいから逃れられるとは思っていないようで、絶望の表情は変わらなかった。
「おもしれぇなぁ、みんな。この生意気なガキからたたむぞ」
「おうよ。お前ら、かかれ!」
まず始めに男達の中で一番大きな男がヤシマに突進し、こぶしを勢いよく振り下ろした。
ヤシマは先程と同じように、ひょいっと飛びのくと近くにいたもう一人の男をグイッと掴み大男のこぶしの前に顔を持っていった。
「ちょっちょっと待っ…」
大男の拳を顔面にまともに食らった男はのけ反り後ろに倒れた。
「このやろう―っ、なめた真似しあがって。許さねぇ!」
怒りのあまり次々襲いかかる男たちを身軽な動きでかわし、自分の拳は一切使わず相手同士をはち合わせるヤシマの動きは居合わせた人々には尋常なものとは思えなかった。
何の武器も使わずに、五人は互いに殴り合い蹴り合う形でしばらくするとその場に伸びていたのだった。
皆息が上がっていたにも関わらずヤシマの呼吸は乱れがなかった。
「大丈夫ですか?」
ヤシマはいまだに放心状態の運び手達に声を掛けた。
運び手達はしばらく立ち上がることができなかったが、やがて一人また一人と立ち上がり目の前の若者にお礼を言おうとしたそのときだった。
「ちょっとお待ちください、若旦那」
近くの木陰から男のしわがれた声が聞こえ、次の瞬間身なりのよい恰好をした初老の男がヤシマの前に姿を現した。
距離をおいてずっと様子を窺っていた人物だった。
おそらくこの荷を納める地主なのだろう。
荷は奴婢に運ばせ襲われたら自身を守るため身を隠す、そんな手合いだ…
ヤシマは思った。
「若旦那、めっぽうお強いですねえ。いい腕をお持ちです。若旦那はどこのお人でいらっしゃいますか。これほどの腕をお持ちならどこかに雇われておいででしょうねぇ」
この男は、自分の質素な身なりを見て武人ではないと踏み敢えて質問している。
抜け目のないやつだ。足もとを見られているのだ。
「用は何ですか。回りくどい言い方は好きじゃないんです。俺は先を急ぐんだ」
すると男は「わかりました。では単刀直入に申します。若旦那、お願いします。うちの用心棒になってください。あんたの身なりをみりゃあわかる。仕事を探しておいででしょう。私らはおわかりの通り、強盗に襲われたら何もできませんでされるがままなんです。だからあんたにいてもらえると大変助かる。そしてあんたも仕事にありつける。悪い話じゃないと思いますが」と言った。
この男のことは好きになれない。
しかし男の言うことは否定しようのない事実で、用心棒の仕事は願ったり叶ったりだった。
そして少し間を置き「お世話になります」とだけ返答した。
「こりゃあ助かる。税納めに毎回若旦那について行ってもらえれば荷を奪われずに済みます。有り難いことです」
この成行きに運び手である奴婢たちは心底喜んでいるようだった。
ヤシマもその様子を見て安堵した。
男は「早速ですが、若旦那。この荷を東田宗家のお屋敷に税として届ける途中なんでさぁ。初仕事として一緒にきてください」と告げ、ヤシマは「同行いたします」と答えた。
こうしてヤシマは、新しい土地に着いた早々に用心棒の仕事に就いた。
奴婢の六人は、ヤシマが用心棒として雇われて心強くなったのか、急ぎ足で荷車を引き始めた。
ヤシマはすぐその後ろにつき坂道では荷を押すのを手伝った。
地主はやはり数歩後ろから用心深く歩いてきた。
ひしめき合うように家々が建ち並び、通りいっぱいに人が溢れる職人商人街では人垣を縫うように進んだ。
ヤシマは、これほどたくさんの人間を見るのは初めてだったので息苦しさを覚えた。
「もうすぐ貴族領との境の門です。ここではお調べがあります。余計なことは言わず私に任せてください、いいですか? 頭は下げてください。奴婢はひざまずきますが、私とあんたは腰を低くしてしっかり頭を下げるんです。あとここからは名前で呼びますよ」
ヤシマは道中この地主と奴婢たちに名前を教えていた。
やがて大きな扉を前にし「東田の、王の腹『川村』より参りました川村地主カムルでございます。税の作物を運んでまいりました」と地主が大きな声で宣言すると、扉の向こうから「開門」という鋭い声が聞こえた。
扉がゆっくりと開き武人らしき男が二人出てきた。
「私がカムルでございます。この六人は小作に使っております奴婢達でございます」
「あいわかった。そこの男は?」
地主の説明を遮るようにヤシマについて地主に尋ねてきた。
二人の武人の視線は、当初から頭を下げているヤシマに向けられ地主を見ることはなかった。
「お前はなんだ?」とヤシマに聞いてきた。
ヤシマが顔をあげると、地主がすぐさま「あ、こちらは私どもで使っております小作人の一人でございます。何せ喧嘩がめっぽう強いので、賊に襲われたときの用心棒として連れ参りました」
「最近はよく賊が出ているようだな。『橋村』は三回目でやっとここまで来たようだ」
「さようでございますか。私どもも二回目でございます」
「困ったものだ。ここからは安心してよいぞ」
「ありがとうございます」
地主が挨拶をすると、地に伏していた奴婢たちが立ち上がって歩き始めた。
通りはゆったりと広く白壁の塀がずっと続いている。
長い白壁を過ぎると豪奢な門が現れた。
屋敷は門からだいぶ遠いところにあるようだ。
広くて美しい庭園が延々と続いている様子や回廊型の長い渡り廊下が見えた。
いそいそと立ち働く男女があちらこちらにいて、街あいとはまた違う活気があった。
荷車は北側にある大きな納め所に案内され、中に入ると大きな広間の一角に『川村』という名札があった。
そこに荷を全て降ろすと、事務官が待つ受付所に行き納め済みの印をもらった。
空になった荷車は用心棒を伴いながら村へと帰った。