第49話 第四節 修業 ー歴史ー

文字数 2,489文字

 ようやく老人の足が止まると、アーサはそこにくず折れた。
 「毎日これを?」と老人を見上げた。
 「神事だからな。わしがせねばならんから。いまやめることも死ぬこともできん。継ぐ者がおらん。 さぁもう少し」
 森を闇が包み、老人はアーサを自分の住まいに案内した。
 歩いてほどなく洞窟が現れ、老人は身をかがめるようにして入って行きアーサも続いた。
 中は意外にも広く、ぼうーっと明るい奥にはやはり山の上で見たものに似たような岩が三つきれいに並んだ祭壇になっていた。
 老人はここでも山の頂でしたような挨拶をし、アーサもそれに倣った。
 それから祭壇に供えられたものと同じ品々の簡単な食事をすると、老人はゆったりと洞窟の壁に背をもたれアーサに向き合った。
 「お前さんは、遠い昔のことを全て知りたいと言ったかのう。わしが知るのは、攻め入った者たちが作った話ではない。この地にずっと在った者達のできごとだ」
 「はい、それで十分です」
 すると老人はしばらく間を置いて話し始めた。
 
 「この地に住む者たちは、わしらの祖先だが穏やかで皆仲良く農耕に励んでおった民じゃ。王のような支配者はずっといなかった。首長と呼ばれる代表者がいただけだ。その首長も数年すると代わる。それも皆納得して信頼を寄せるのだ。それというのも『白蛇様の力を宿す者』が、次はどこの誰が首長だと告げるからだ。告げられた者は『白蛇様の力宿す者』に『はくり』と呼ばれる神事を受ける。すると特別な力を白蛇様に授けられ、首長の役目を無事に果たすことができるのだ。そうして遥かな昔からこの地は平和だった。首長はどんな時も判断に誤りなく、危機を脱し困難を切り抜けてこの地を守ることができたのじゃ。
『白蛇様の力宿す者』は定まった家に生まれるわけではない。その者が生まれるときは知らせがあるのだ。お産間近な家の周りに小さな白蛇が何匹も現れる。お使いなのだろうな。それをその家の者ではなく近隣の者が見て知らせるのだ。周りが認め伝えることでこの地の者たちは『白蛇様の力宿す者』を迎えるのだ。受け入れられ迎えられた子どもは、幼いときからその力を発揮して予言をしたり人々の体の悪しきところを治療したりして問題を解決していった。また『はくり』を受けた首長もどこの家と決まっていたわけではなく、歳も男女も関係なく『白蛇様の力宿す者』から指名されるのだ。
あるとき、指名を受けたものが『はくり』を受ける前に急死するということが起きた。
白蛇様の力宿す者は「その言に偽りあり」と責められ、指名を受けた者の村人たちによって捕らえられた。他村の者が救い出しにその村に向かったが、時すでに遅く処刑された後だった。するとその後、その村のある男が『白蛇様の力宿す者』が処刑される寸前に自分を首長に指名したと言ったのだ。その村の者たちは誰もが口を揃えて、確かに『白蛇様の力宿す者』はこの男を指名したと言ったのだ。だから他村の者も皆受け入れるしかなかった。
こうして『はくり』を受けない首長が生まれたのだ。そのようなことは初めてのことだった。『白蛇様の力宿す者』がいないという時代も…
そしてその後まもなくして、隣国の軍が大挙して攻めてきた。ひとたまりもなかったそうだ。もともと平和の民だからな、戦う術は知らんのだ。 ここの民の小さなほころびが、隣国に支配されることに繋がったのだな」

 「ここの民のいざこざの直後に隣国が攻めてきたのは偶然だったのでしょうか?」
 
 「いいや。大きな陰謀があったのだ。隣国は何度もこの地に攻め入ろうとした。緑豊かな土地であり、その上この国の民は皆働き者だったから実り豊かであった。隣国の王は、そのことに目をつけ隙あらば乗っ取って狭い国土に住む自国の民を移住させようと狙っていたのだ。しかし、白蛇様の守りが効いているこの国は、隣国が何度攻撃を仕掛けようとしても不思議な力に守られて攻め入ることができない。いざ行こうとすれば、内乱が起こったり深刻な火事や嵐などの自然災害が起こった。それらの原因がこの地の民が信仰する白蛇様の守りであることを内偵で掴んだ王は策を巡らせた。 直接『白蛇様の力宿す者』や首長を殺めようとしてもうまくいかないことがわかると、今度はなかなか首長に指名されない家を見つけたきつけて『白蛇様の力宿す者』を亡きものにすることを思いついた。『はくり』を受けない首長を作ってそれによって白蛇様の力が働かないようにしてからこの地を乗っ取ったのだ。そしてたくさんの村が焼き払われ民が亡くなった。それから隣国の王は自国の民を移住させて、この地に在った民は奴婢に貶められたのだ」
 ここで老人は話を止め、二人は遠い昔のできごとを目の前に浮かべていた。
 しばらくしてアーサは沈黙を破った。
 「聞いた話なのですが、あなたは『白蛇様の力宿す者』なのですか?」
 「そうだ。十五年前に生まれた次の者にその力は引き継ぐはずだった。しかしその者はいない。だから次の者が現れるまであの世に旅立つことは許されない。本来ならいま話したこの地の歴史もその者に口伝すべきものだった。だがこの地の者ではないお前さんにこうして話すことになった。 白蛇様がなぜお許しになられたのか。 お前さんは何者なんだ?」
 「ここまで教えていただけたので、私もお話し致します」
 アーサは自分の素性を、そして自分が知り得る全てを話した。
 さらに奴婢村に至った経緯を伝え、老夫婦に助けられその夫から十五年前の出来事を聞かせてもらっていることも話した。
 老人は目を閉じながらアーサの話を聞いていた。
 そして、アーサが話し終えると言った。
 「ここにお前さんが来たことは、白蛇様のお導きだったかもしれんのう。どうじゃ、しばらくの間ここで白蛇様への祈りを一緒にせんか」
 
 それから後、アーサは毎日老人と共に山に登り、白蛇様の神前にひざまずき手を合わせた。
 白蛇様へのお供えの食物の中には、老夫婦に食べさせてもらっていた芋もあった。
 
 『この民が遠い昔のような幸せな日々を取り戻せますように』
 アーサは日々そう祈った。
 
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