第15話 第六節 見出された少女 ー笛使いー
文字数 2,069文字
ハンナは家人を呼びシ―ナの寝場所の手配をさせた。
シ―ナについていくよう指示し、姉弟は二人になった。
すると扉が開いた。
「今の歌は?」
色白で切れ長の目を持つすらりとした若い男だ。
長い髪の毛は無造作に後ろで束ねられている。若草色の服は彼の容姿によく似合っていた。
「兄さん、めったにルアンの部屋に来ないのに、何か御用がおありですか?」
「いや何、歌が聴こえてきたんでね」
「弟より歌に興味がおありなんですね」
ハンナは呆れた表情で言った。
「私から音楽への情熱を取ったら何が残るというんだ。な、ルアン」と兄は弟に微笑んだ。
「相変わらず冷たいのですね。 それで今の歌が何か?」
ハンナは突き放すように訊いた。
「ま、もったいつけてもしようがないからはっきり言うよ。さっきこの部屋の方から聴こえてきたんだ。心が震えるような感じがした。あのような歌は聴いたことがない。それでなんだか私の笛と合わせてみたくなった。それにあの歌には歌詞がないだろ。歌詞をつけてみたいんだ」
「なんて? あんなわずかな時間にそこまで考えたの。さすが『笛の名手』と言われる人だけあるわ。お断りします。私はあの子をルアンのために連れてきたの。兄さんのためじゃない。あの子を兄さんに利用させたりしません」
ハンナは憮然としてそう言った。
「あの子? 歌い手は子どもなの?」
サンコは興味津々に訊いてきた。
「兄さん、本当にお断りします。あなたは笛の名手です。あなたの笛だけで充分多くの人を魅了しているじゃありませんか。ルアンのために自分の欲求を抑えてください」
「次の満月の日に、西浜宗家、東浜宗家揃っての園遊会があるんだ。ここで私の笛を披露することになっている。だから、そこでさっきの歌も一緒に披露したいんだ。ついでに私の婚約者も決まるそうだが…」
最後はつまらなそうにそう付け加えた。
「まあ、それは楽しみですこと。私の未来の姉上が決まるということですね。そこでお兄さまの素敵な演奏姿をご披露したいということですね。歌など必要ありませんでしょうに。笛だけで充分お兄さまは多くの婦人の目をくぎ付けにできるではありませんか。病弱な弟に何の関心も持たない冷酷な方だなんて誰も気付きませんよ。だからシ―ナはお兄さまにお貸しすることはできません」
ハンナは怒りを滲ませてそう言った。
「ハンナ」
兄は妹を宥めるように穏やかに呼びかけた。
「とにかくもうここから出ていってくださいませ」
ハンナは扉に向かっていき扉を開いた。
「姉上様、僕はいいよ。僕聴いてみたい。歌と笛がどんなふうに合うのか」
ルアンが楽しそうに言った。
「ルアン。何を言っているの。あなたが聴きたいときにシ―ナはいないかもしれないのよ。お兄様、どうかこの件はルアンを中心に考えてくださいませ」
「兄上様、僕 聴きたいです。シ―ナの歌と兄上の笛がどう合わさるのか。練習を近くの部屋でやっていただけませんか」
ルアンの声が心なしか弾んでいることにハンナは驚き、サンコは笑みを浮かべた。
「そうか。ではルアン、お前が起きているときにこの部屋で練習するのはどうだ? お前が邪魔だというのでなければそうしたいが…」
サンコの声が大きくなった。
「そんな無茶な。ルアンはたくさん眠りが必要なのですよ。本当に自分勝手なんですから。お兄様は」
ハンナは呆れた顔で兄を見つめた。
とうの兄は、妹の非難もどこ吹く風とばかり弟の申し出を無邪気に喜んだ。
「シ―ナとやらをすぐ連れてまいれ。ハンナ」
「そうしたいなら、ご自分でなさればよいでしょう。どうか明日になさってください」
「わかった、わかった」
サンコは苦笑いしながらハンナの言葉に従った。
翌朝、シ―ナはいつ声がかかるかわからないため、当てがわれた小さな寝所で待機していた。
まさか自室をもらえるなど考えもしなかったため、とまどいが大きかった。
広い台所の奥に、家人が寝起きするための部屋が続いていた。
他の家人は、仕事の内容ごとに数人が集団で一部屋を使っている。
そのため新参者のシ―ナに小さいながら一部屋が当てがわれたことに多くの家人たちが、怪訝な表情を隠さなかった。
外に向けて大きく開いた広いが簡素な部屋で、食事は皆と一緒だが誰もシ―ナに話しかける者もいなかった。
後片付けをしようと皆に続いて立ち上がると、昨日自分に声をかけてきた中年の女性が「シ―ナ、お前は片づけをしなくていい。大切な皿を割るだけだ。部屋に戻ってお呼びを待っていなさい。私が迎えに行きます」と言い、シーナは「わかりました。ありがとうございます。」と小さな声で答えた。
ひそひそと不満の声がシ―ナにも聞こえてくる。
いたたまれなくなり、シ―ナは小走りで部屋に戻った。
ほどなく「シ―ナ、ルアン様のお部屋に上がるよ。ついておいで」と呼ばれた。
後に従いながら、「ハンナ様もルアン様も、サンコ様までがお前を重宝するなんてね」というつぶやきが前から聞こえてきた。
シ―ナについていくよう指示し、姉弟は二人になった。
すると扉が開いた。
「今の歌は?」
色白で切れ長の目を持つすらりとした若い男だ。
長い髪の毛は無造作に後ろで束ねられている。若草色の服は彼の容姿によく似合っていた。
「兄さん、めったにルアンの部屋に来ないのに、何か御用がおありですか?」
「いや何、歌が聴こえてきたんでね」
「弟より歌に興味がおありなんですね」
ハンナは呆れた表情で言った。
「私から音楽への情熱を取ったら何が残るというんだ。な、ルアン」と兄は弟に微笑んだ。
「相変わらず冷たいのですね。 それで今の歌が何か?」
ハンナは突き放すように訊いた。
「ま、もったいつけてもしようがないからはっきり言うよ。さっきこの部屋の方から聴こえてきたんだ。心が震えるような感じがした。あのような歌は聴いたことがない。それでなんだか私の笛と合わせてみたくなった。それにあの歌には歌詞がないだろ。歌詞をつけてみたいんだ」
「なんて? あんなわずかな時間にそこまで考えたの。さすが『笛の名手』と言われる人だけあるわ。お断りします。私はあの子をルアンのために連れてきたの。兄さんのためじゃない。あの子を兄さんに利用させたりしません」
ハンナは憮然としてそう言った。
「あの子? 歌い手は子どもなの?」
サンコは興味津々に訊いてきた。
「兄さん、本当にお断りします。あなたは笛の名手です。あなたの笛だけで充分多くの人を魅了しているじゃありませんか。ルアンのために自分の欲求を抑えてください」
「次の満月の日に、西浜宗家、東浜宗家揃っての園遊会があるんだ。ここで私の笛を披露することになっている。だから、そこでさっきの歌も一緒に披露したいんだ。ついでに私の婚約者も決まるそうだが…」
最後はつまらなそうにそう付け加えた。
「まあ、それは楽しみですこと。私の未来の姉上が決まるということですね。そこでお兄さまの素敵な演奏姿をご披露したいということですね。歌など必要ありませんでしょうに。笛だけで充分お兄さまは多くの婦人の目をくぎ付けにできるではありませんか。病弱な弟に何の関心も持たない冷酷な方だなんて誰も気付きませんよ。だからシ―ナはお兄さまにお貸しすることはできません」
ハンナは怒りを滲ませてそう言った。
「ハンナ」
兄は妹を宥めるように穏やかに呼びかけた。
「とにかくもうここから出ていってくださいませ」
ハンナは扉に向かっていき扉を開いた。
「姉上様、僕はいいよ。僕聴いてみたい。歌と笛がどんなふうに合うのか」
ルアンが楽しそうに言った。
「ルアン。何を言っているの。あなたが聴きたいときにシ―ナはいないかもしれないのよ。お兄様、どうかこの件はルアンを中心に考えてくださいませ」
「兄上様、僕 聴きたいです。シ―ナの歌と兄上の笛がどう合わさるのか。練習を近くの部屋でやっていただけませんか」
ルアンの声が心なしか弾んでいることにハンナは驚き、サンコは笑みを浮かべた。
「そうか。ではルアン、お前が起きているときにこの部屋で練習するのはどうだ? お前が邪魔だというのでなければそうしたいが…」
サンコの声が大きくなった。
「そんな無茶な。ルアンはたくさん眠りが必要なのですよ。本当に自分勝手なんですから。お兄様は」
ハンナは呆れた顔で兄を見つめた。
とうの兄は、妹の非難もどこ吹く風とばかり弟の申し出を無邪気に喜んだ。
「シ―ナとやらをすぐ連れてまいれ。ハンナ」
「そうしたいなら、ご自分でなさればよいでしょう。どうか明日になさってください」
「わかった、わかった」
サンコは苦笑いしながらハンナの言葉に従った。
翌朝、シ―ナはいつ声がかかるかわからないため、当てがわれた小さな寝所で待機していた。
まさか自室をもらえるなど考えもしなかったため、とまどいが大きかった。
広い台所の奥に、家人が寝起きするための部屋が続いていた。
他の家人は、仕事の内容ごとに数人が集団で一部屋を使っている。
そのため新参者のシ―ナに小さいながら一部屋が当てがわれたことに多くの家人たちが、怪訝な表情を隠さなかった。
外に向けて大きく開いた広いが簡素な部屋で、食事は皆と一緒だが誰もシ―ナに話しかける者もいなかった。
後片付けをしようと皆に続いて立ち上がると、昨日自分に声をかけてきた中年の女性が「シ―ナ、お前は片づけをしなくていい。大切な皿を割るだけだ。部屋に戻ってお呼びを待っていなさい。私が迎えに行きます」と言い、シーナは「わかりました。ありがとうございます。」と小さな声で答えた。
ひそひそと不満の声がシ―ナにも聞こえてくる。
いたたまれなくなり、シ―ナは小走りで部屋に戻った。
ほどなく「シ―ナ、ルアン様のお部屋に上がるよ。ついておいで」と呼ばれた。
後に従いながら、「ハンナ様もルアン様も、サンコ様までがお前を重宝するなんてね」というつぶやきが前から聞こえてきた。