第52話 第一節 なぜそこに ー二人ー

文字数 1,243文字

 懐かしく愛しいチマナ。
 チマナは舞人になっていた。
 シ―ナはチマナから目を離すことができなくなっていた。
 チマナとシーナの視線が合った。
 喜びと驚きと不安の交錯する表情が双方に見て取れた。
 シ―ナの視線はチマナだけを追っていった。
 自然に涙がこぼれていた。
 ただただ流れ落ちる涙をそのままに、この一刻は自分がこの後歌わねばならないことを忘れていた。
 
 舞っているチマナの目が、ある一点をずっと見ているようだ。
 木の上のヤシマとハンガンはそれに気付いた。
 「チマナ、何があった?」
 何かが起こっている。二人は同時にそう感じていた。
 
 「シ―ナ、なぜそんなところに居るの?」
 舞いながら、チマナはシ―ナが座っているところがひときわ華やかな貴族の席であるとわかった。
 目立たないように小さい身体をさらに縮めて目だけはチマナから離せずにいるシ―ナ。
 ここで会えた喜びとシ―ナの状況を読み取りたいという焦りで鼓動が高鳴った。
 
 「チマナ」
 シ―ナは立ち上がって、チマナに駆け寄りたい衝動を必死に抑えた。
 やがて中央に十六人の少女たちが集まり音が静かに消えていくと、少女たちの動きも止まり舞が終わった。
 大喝采の中で少女達は連なり舞台袖へと消えていった。
 
 ハンガンもヤシマも、チマナの姿を吸い込んでいった渡り廊下を茫然と見つめていた。
 森で暮らした三人が揃う偶然があるというのか。
 ア―サ、テナン、そしてシ―ナはどうしているだろうか。
 ハンガンは涙ぐみそうになった。
 ヤシマは自分に驚いていた。
 俺はこんなに女々しかったのか。シ―ナやテナン、ア―サが鮮やかに思い浮かぶのだ。
 
 そのときだった。
 遠くに居るはずの王と、高い木の枝先にいて枝葉に完全に隠れているはずの自分の視線が、かちっと合った気がした。
 王も自分と同じく他の人々よりはるか遠くの物が見えているのだろうか。
 ヤシマは思いがけず演舞会で森の仲間を見つけた出来事によって緩んでしまった緊張感が一瞬で戻ってくるのを感じた。
 やはりあの王を侮ることはできない。
 人々が喜んでいるさなかは矢を射ることはしたくはないが、いよいよ決断するときが近づいていると感じた。
 王は側近に何かを耳打ちしたようだった。
 そして、王の後ろに控えていた王妃や王子王女らを下がらせた。
 『天女如心』の舞いに夢中になっていた王子王女らは不服そうだったが、王妃が案内の武人に従いその場を離れると渋々その後をついていった。
 『王の矢』らしき若い武人がヤシマのいる木の下に立った。
 鉄柵の外、木々の付近に居た者たちが一斉に武人を見た。
 武人は木を見上げ的を決めているようだった。
 矢を引き絞り放そうとした瞬間だった。
 バサバサバサッと大きな鳥が翼を広げて飛び去った。
 それはヤシマのいる枝のまさに隣の枝だった。
 「なんだ、鷹だったか…」
 そう言って武人は、王に報告するために急いでその場を立ち去った。
 「俺を助けたのか」
 ヤシマは鷹が飛び去った空に向かって頭を下げた。
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