第84話 第一節 覚醒 ー対面ー

文字数 2,815文字

 六人はサナとバンナイのもとを辞し、早速シーナの祖父のいる奴婢村に向かった。
アーサは地下道が早いと判断し、またどんな道なのか他の五人も知りたくて、六人は近くの森で地下道への入り口である洞窟を探した。
 「あったぞ!」
 テナンが出入り口を見出し得意そうに叫んだ。
 アーサは、あらかじめ調達していたランプをかざし、長老から手渡されていた地図を見ながら風の通りや道の傾斜を確認した。
 そして間違いないことがわかると自ら先頭に立って潜り込んでいった。   
 地下道はところどころに案内板が設置されているためアーサは、地図と照らし合わせ迷うことなく進んでいった。
 他の五人は驚きを隠さなかった。
 奴婢たちの技能の高さはこれ程までなのか…
 地上の人々はこれを知らないのだ。
 奴婢でさえも知らずにいる者が多いという。
 これが祖先の贈り物なのだ。
 アーサは、改めてこれまで五人が知り得たことを整理してシーナに伝えることで、シーナの不安を無くそうとした。
 シーナ自身もわからないところは質問した。
 演舞会で自分が白蛇に巻かれたことをシーナは覚えていなかった。
 あのとき声が出て歌い始めたところまでしか記憶になかったのだ。
 その先をシーナは詳しく知りたがり、ハンガンとヤシマが答えた。
 「シーナ。お前の修業は代わってやれるものなら引き受けたいが、それはできない。毎日を耐え忍ぶ奴婢たちのために頑張ってくれ」とヤシマは言った。
 チマナは、黙ってシーナを抱きしめた。

 翌日、自分が命を救われた老夫婦の家の前の小川に着くと、シーナの祖父の眠りを妨げないように六人はそこで一晩明かした。
 空が白み始めた頃に小屋から一人の老人が外に出てきた。
 「アーサ、人が出てきたぞ」
 ヤシマに起こされたアーサは、静かに老人に歩み寄り小さな声で「お久しぶりです」と挨拶した。
 老人の顔が俄かにほころび輝くのが、遠巻きにして見ている五人にも分かった。
 「今日僕がここに来たのは、あなたに是非あってほしい人がいるからです」
 「ほう、そうですかい。わしにそのようなお人がいるんですかの。でもわざわざこんなところにまで戻ってきてくれて、それだけでわしは嬉しいよ」
 老人は笑みを浮かべた。
 「それで、会わせたい人とは誰なんだい?」
 「それは…あなたのお孫さんです。お孫さんは生きていたんです。あの年に畑で生まれた子どもは私達の育ての親に助けられて…」
 アーサの言葉を老人はすぐに理解することはできなかった。
 目を見開き口を開け、しばらく茫然としていた。
 「そんな…そんな、本当に、あのときの…あの子が…そんな」
 「ここに連れてきました」アーサは言った。
 「こ、これは夢じゃないかのう? アーサさん」
 「いえ、そこにいます」
 アーサが指し示した先に、すっと立ち上がった一人の少女がいた。
 シーナはじっと老人を見つめている。
 「ま、間違いない、間違いない。嫁にそっくりだ! 息子にも似ている! う、ううぅ」
 老人はもう立っていることができず、その場にしゃがみ込み涙を流しそして両手を合わせた。
 シーナは老人のもとに歩み寄り「シーナです。 あなたの孫です」と言い、老人に触れた。
 「おぉ、あのときの子が、こんなに大きくなって。まさか生きているなんて。本当に夢じゃないのかのぅ。こんな日が来ようとは…」
 シーナは老人の肩を抱き「おじいちゃん」と呼びかけた。
 老人は自分の肩にかけられたシーナの手にそっと触れた。
 シーナも泣いていた。
 すると家の中からもう一人の人物が飛び出してきた。
 それは駆り出されていた工事の仕事から帰ってきて、父の話を聞いていた四男だった。
 父のすすり泣く声を聞いて出てみると、父の傍らには忘れもしない義姉にそっくりの一人の少女がいた。
 父がいままで生き永らえているのは、濁流に乗って流れ着いてきた瀕死の少年から、兄夫妻の子どもが生きているかもしれないと聞かされた事が縁(よすが)となっているからだと感じていた。
 四男は、父と少女の様子を見てそれが事実であったことを瞬時に理解した。
 四男もシーナに父と姪に近づくと「俺は、俺は、あなたの叔父さんだよ。あなたのお父さんの弟だよ」と静かに言った。
 シーナは老人を抱きしめながら一瞬驚きの顔を向けたが、すぐに笑顔になりこくりと頷くと、叔父の手に自分の手を重ねた。
 「ありがとう、ありがとう、ありがとう。生きていてくれてありがとう。兄ちゃん、義姉ちゃん、俺は会ってるよ、いま。兄ちゃん達の子どもに会えてるよ」
 叔父はそう言ってむせび泣いた。
 いつの間にかそれを取り囲んでいた他の五人ももらい泣きしていた。
 少し落ち着いた四男が立ち上がり、アーサに向かい
「本当にありがとうございました…親父がここまで元気に過ごしたのも…すみません、いろいろ言いたかったんだけど…」
 泣きながら言葉を詰まらせ、深く頭を下げた。
 そして周りを囲む輪の中の人物に目を向けると、その目が大きく見開き「あなたは…」と驚きの声を上げた。
 そして「いつぞやは命を助けていただきありがとうございました」と大きな声で言い跪(ひざまず)いた。
 「あ」
 ヤシマも四男の顔に覚えがあった。
 三人の兄を賊に襲われ亡くしていて、税納に付き添って賊を追い払った礼を言ってくれた奴婢だった。
 ヤシマは思わず四男の手を握った。
 四男は「俺なんかの手を握ってくれて…」と喜びまた泣き出した。
 するとテナンがその手を握り、その後ハンガン、アーサ、チマナも握った。
 最後にシーナが握ってみんなが笑った。
 四男の父でありシーナの祖父も笑った。
 気が付くと、近隣からの仕事に出かける列が留まっていて、厚い人垣ができていた。
 「もしかしたら、『白蛇様の力宿す者』でいらっしゃいますか?」
 シーナに向かって尋ねてきた。
 それは十五年前この家の周りに蛇が無数に現れたことをその目で見ていた奴婢だった。
 「わしも見た」
 「おらもだ」
 「私も見たよ、あのとき」…
 絶えない呟きの中、チマナが「そうですよ。その通りです。生きていたんです」と宣言した。
 人々の塊から喜びの歓声が沸き上がったが、それは小作人の監視に漏れないようそれぞれの配慮が効いた、大きな喜びの静かな歓声だった。
 シーナの祖父と叔父は、『白蛇の力宿す者』の使命と修業をよく理解していた。
 会えた喜びも束の間、長老のところへ行く孫を見送った。
 「もう十分俺らは喜びでいっぱいになってるよ。十二分だ。夢みてぇな話だ。生きていてしかも会えて、これから俺らはそれを励みに働いて喜んであの世に行けるよ」
 祖父はそう言い、近隣の奴婢達とともにシーナとその仲間を送り出した。
 奴婢たちが仕事に出かける前のほんのひとときだった。
 小作人が自分たちを目にすればまた厄介なことになる。
 強行突破は容易いが騒動をさけ、また地下道を通って長老の住む森に向かった。

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