第17話 第七節 『おそろしの森』 -掟ー

文字数 1,344文字

 抱き上げ抱きしめるのは三歳を迎える日までとすること。
 十五の歳を迎えたら、全員市井に放つこと。
 群れさせず、ひとりひとり隔てること。
 以後の生き方には一切口を挟まぬこと。
 
 これはバンナイが六人の子を育てる上で交わされた約束事だった。
 何があっても守らねばならぬ掟であった。
 葛藤は小さくはなかったが、この掟を破ったことはただの一度としてなかった。
 しかし、十五年の歳月が創り上げた情は、ここにきてバンナイの心を苦しめ掻き毟っていた。 
 六人が心配でならない、特にシーナは。 
 十五年前、バンナイと妻のサナは六人の赤子を預かった。
 事は慎重に運ばれた。
 『王の耳』に見つからないよう闇に潜みながら、サナの指示を頼りに夜半家を訪ね赤子をもらいうけた。
 鷹の案内で親もとに出向くのは、バンナイのときもあればサナが自分に黙って向かうこともあった。
 赤子をこの手に託したときの母親達の目は、いまでも忘れることはない。
 何度も何度も頭を下げられた。
 地下深い冷たい場所で出産した母親は痛みも苦しみも声にして漏らすことはできず子を生んだ。
 あの年に子を産むことそのものが秘密であったからだ。
 もし子が生まれたことが『王の耳』に知られれば、間違いなくその場で子の命は奪われる。我々に託せるだけ幸せなのだ。
 バンナイは暗澹たる思いであの年の六人の子を預かった。
 このような危険を冒してまで赤子をもらい受けるよう図ったのは、ほかならぬ妻のサナだった。
 王命が下るとすぐに『王の耳』が動き出し、つぶさに各家の女たちを見て回った。
 生まれた子を『王の耳』に差し出せば、特別な温情で母親や家族に一切とがめなし、と説いた。
 六人の子を預かったバンナイは、妻サナとともに『おそろしの森』に身を隠した。
 六人の子どもの存在は、家族以外知る者はいないはずであった。
 それならずっと森で家族として暮らし続けてもいいではないか。
 年月を経るにつれ、バンナイはそう思うまでになっていた。
 もともといないことになっている子どもたちではないか。
  王が、その目や耳を使って彼らをいまだに追ってくるとは考えられない。
 自分達はこの森で暮らしているのだから。そう、魔物が棲むと忌み嫌われる『おそろしの森』で。  
 『おそろしの森』は 巨大な怪物を想わせる大樹がひしめく樹海で、鬱蒼とした樹々が遠目からは闇を想わせる森だった。
 樹々の太さと高さは山の如く、枝葉も大きいため下にいると空の一かけらも見えないところもあった。
 この森に数歩でも立ち入れば、道に迷い奥へ奥へと連れて行かれ、やがて絶命すると言われていた。
 古今東西冒険者が様々な工夫を施し森に挑んだが、ほんの数歩踏み入れただけでその妖気に慄(おのの)きすぐさま引き返すか、そのまま戻ってこないかのどちらかだった。
 そのため自ら命を絶つものは決まってこの森に入っていく。
 そして『おそろしの森』には、不可侵の『神の森』という伝承もあった。
 決して侵してはならない、犯せば神の怒りに触れる森、と人々は代々言い継いだ。
 それは王家にも及び、王家存続のための禁忌として代々の王に伝えられていった。
 バンナイも赤子を守るためでなければ、この謎多き森を生涯避けて通ったことだろう。

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