第54話 第一節 なぜそこに ー白蛇ー
文字数 1,894文字
サンコはシ―ナを連れて控室に入った。
出番の一つ前の出し物が始まった。
シ―ナは周りの者の目にもわかるほど震えていた。
いま行われていた歌舞に儀礼的な拍手が聞こえた。
サンコはシ―ナをおいて舞台に上がった。
供の者達はシ―ナを舞台裏の屏風の後ろにうまく移動させた。
サンコが舞台中央に立つとその秀麗な姿に、退屈が蔓延していた会場の空気が変わり水を打ったような静けさが生まれた。
サンコの装いは藍色の地に色とりどりの花に囲まれた金の鳥が描かれて、その華やかさはサンコの整った容姿を一層際立たせた。
サンコは機を逃さず、笛を構えると静かに吹き始めた。
明るい曲調の優しい響きが会場中を包み込んだ。目を閉じて聴き入るものがいる。
すると、笛の音に続き空から降ってくるかのような美しい声が流れてきた。
「ルルルルルルーーーーーーーーーーーーールルルルルーーーー」
歌声は笛の音と離れたり重なったりして美しく調和し、人々の心の奥底に染み入っていた。
その曲調は哀愁を帯びたものに変わり、さらに美しい旋律になっていった。
人々はその歌声に陶酔し、目元を拭う人々が増えていった。
シーナは育った森を思い浮かべ、目を閉じ歌っていた。
歌が流れ始めしばらくすると、木の上の二人と渡り廊下にいたチマナは全身が痺れるような感動を覚え、この三人もいまや状況を忘れ懐かしい森を思った。
曲が進むうちに、シーナもまた恥ずかしさや不安から解放され完全に森の中にいた。
「シ―ナ!」
木の上に居た二人は、歌の世界に入りながらもある一つの考えが頭に浮かんでいた。
この歌声!
ここにシーナがいる…
二人ともに心拍が上がりしだいに歌に聞き入る余裕がなくなってきた。
サンコは、当初抱いていた目論みも打算も忘れ音だけに集中していた。
いまや引っ張っているのは歌の方で、それでもかまわないとサンコに思わせる程のシーナの歌声だった。
笛の音は歌に見事に追随した。
なんて楽しいのだろう。サンコは酔いしれた。
武人も合わせ会場にいるすべての人々が酔いしれているかのようだった。
しかし、様々な感情が交錯しながらも王から目を離すことをしなかったヤシマだけは王の異変に気がついた。
「王の様子がおかしい…」
王は、座ったまま胸を押さえ呼吸ができないのか声も出さず硬直したように目を剝いていた。
王はシーナが歌い始めてから一人苦しみ喘いでいたのだった。
しかしヤシマと前後して異変に気付いた側近が王を支えると、王は
「歌だ、歌を…止めてくれ…と・ら・え・よ」と息も絶え絶えに伝えた。
「止めろ。止めるのだ!」
武人が声を張り上げてサンコを制した。
サンコは武人の声に驚きすぐさま笛を唇から離した。
しかしシ―ナの歌は止まらなかった。
「歌い手を捕らえよ」
大きな声が響き渡ると
「なんで?」
「どうして?」
「なんだよー」の声で会場中が騒然とした。
各所から武人が屏風に向かって走り出した。
観衆が初めてシ―ナの声がする方に注目し、そして武人らが屏風を外した。
後ろに控えた武人らは剣を構えていた。
観衆は息を呑んだ。
目を閉じいまも歌い続ける女の子がそこにいた。
武人の一人が少女を捕えようとしたそのときだった。
少女の足もとに白蛇が突然姿を現したかと思うと、少女を巻き込むようにとぐろを巻き始めた。
観衆も武人もその光景から目を離すことができず声を発する者もいなかった。
白蛇の鎌首が徐々に少女の胸元までいき少女の身体全体が白蛇に包み込まれようという様を、皆息をひそめ見つめていた。
再び水を打ったかのような静けさが場を包んだ。
その静寂の中に、シーナの美しい歌声が止まることなく流れ続けていた。
目の前にしている光景は現実なのだろうか。
誰しもがそう思った。
白蛇はその身で女の子の身体をすっぽりと覆ってしまい、既に鎌首はシーナの頭上にあってその視線はどこを見ているのかわからなかった。
シーナは目を閉じ意識を失いながらなおも歌っていた。
武人たちは気を取り直し続々と集結し剣を構えると、白蛇とシ―ナを取り囲んだ。
王が苦しむ歌の主シーナとシーナに絡まっている白蛇は、どちらも王にとっては危険でしかなかった。
武人が白蛇に剣を振り下ろすまさにその瞬間、白蛇に抱きついた者がいた。
そこに矢が放たれ剣が振り下ろされた。
同時に何本もの矢がその者の背中に突き刺さり、頭とうなじ、そして腰からも鮮血が飛び散った。
意識を取り戻したシーナが、これまで一度として出したことのない叫び声をあげた。
「チマナーー」
悲しい声が空をつんざいた。
出番の一つ前の出し物が始まった。
シ―ナは周りの者の目にもわかるほど震えていた。
いま行われていた歌舞に儀礼的な拍手が聞こえた。
サンコはシ―ナをおいて舞台に上がった。
供の者達はシ―ナを舞台裏の屏風の後ろにうまく移動させた。
サンコが舞台中央に立つとその秀麗な姿に、退屈が蔓延していた会場の空気が変わり水を打ったような静けさが生まれた。
サンコの装いは藍色の地に色とりどりの花に囲まれた金の鳥が描かれて、その華やかさはサンコの整った容姿を一層際立たせた。
サンコは機を逃さず、笛を構えると静かに吹き始めた。
明るい曲調の優しい響きが会場中を包み込んだ。目を閉じて聴き入るものがいる。
すると、笛の音に続き空から降ってくるかのような美しい声が流れてきた。
「ルルルルルルーーーーーーーーーーーーールルルルルーーーー」
歌声は笛の音と離れたり重なったりして美しく調和し、人々の心の奥底に染み入っていた。
その曲調は哀愁を帯びたものに変わり、さらに美しい旋律になっていった。
人々はその歌声に陶酔し、目元を拭う人々が増えていった。
シーナは育った森を思い浮かべ、目を閉じ歌っていた。
歌が流れ始めしばらくすると、木の上の二人と渡り廊下にいたチマナは全身が痺れるような感動を覚え、この三人もいまや状況を忘れ懐かしい森を思った。
曲が進むうちに、シーナもまた恥ずかしさや不安から解放され完全に森の中にいた。
「シ―ナ!」
木の上に居た二人は、歌の世界に入りながらもある一つの考えが頭に浮かんでいた。
この歌声!
ここにシーナがいる…
二人ともに心拍が上がりしだいに歌に聞き入る余裕がなくなってきた。
サンコは、当初抱いていた目論みも打算も忘れ音だけに集中していた。
いまや引っ張っているのは歌の方で、それでもかまわないとサンコに思わせる程のシーナの歌声だった。
笛の音は歌に見事に追随した。
なんて楽しいのだろう。サンコは酔いしれた。
武人も合わせ会場にいるすべての人々が酔いしれているかのようだった。
しかし、様々な感情が交錯しながらも王から目を離すことをしなかったヤシマだけは王の異変に気がついた。
「王の様子がおかしい…」
王は、座ったまま胸を押さえ呼吸ができないのか声も出さず硬直したように目を剝いていた。
王はシーナが歌い始めてから一人苦しみ喘いでいたのだった。
しかしヤシマと前後して異変に気付いた側近が王を支えると、王は
「歌だ、歌を…止めてくれ…と・ら・え・よ」と息も絶え絶えに伝えた。
「止めろ。止めるのだ!」
武人が声を張り上げてサンコを制した。
サンコは武人の声に驚きすぐさま笛を唇から離した。
しかしシ―ナの歌は止まらなかった。
「歌い手を捕らえよ」
大きな声が響き渡ると
「なんで?」
「どうして?」
「なんだよー」の声で会場中が騒然とした。
各所から武人が屏風に向かって走り出した。
観衆が初めてシ―ナの声がする方に注目し、そして武人らが屏風を外した。
後ろに控えた武人らは剣を構えていた。
観衆は息を呑んだ。
目を閉じいまも歌い続ける女の子がそこにいた。
武人の一人が少女を捕えようとしたそのときだった。
少女の足もとに白蛇が突然姿を現したかと思うと、少女を巻き込むようにとぐろを巻き始めた。
観衆も武人もその光景から目を離すことができず声を発する者もいなかった。
白蛇の鎌首が徐々に少女の胸元までいき少女の身体全体が白蛇に包み込まれようという様を、皆息をひそめ見つめていた。
再び水を打ったかのような静けさが場を包んだ。
その静寂の中に、シーナの美しい歌声が止まることなく流れ続けていた。
目の前にしている光景は現実なのだろうか。
誰しもがそう思った。
白蛇はその身で女の子の身体をすっぽりと覆ってしまい、既に鎌首はシーナの頭上にあってその視線はどこを見ているのかわからなかった。
シーナは目を閉じ意識を失いながらなおも歌っていた。
武人たちは気を取り直し続々と集結し剣を構えると、白蛇とシ―ナを取り囲んだ。
王が苦しむ歌の主シーナとシーナに絡まっている白蛇は、どちらも王にとっては危険でしかなかった。
武人が白蛇に剣を振り下ろすまさにその瞬間、白蛇に抱きついた者がいた。
そこに矢が放たれ剣が振り下ろされた。
同時に何本もの矢がその者の背中に突き刺さり、頭とうなじ、そして腰からも鮮血が飛び散った。
意識を取り戻したシーナが、これまで一度として出したことのない叫び声をあげた。
「チマナーー」
悲しい声が空をつんざいた。