第92話 第一節 大改革 ー語るー

文字数 4,963文字

 「私はシーナと言います。私達は奴婢の味方です。皆さんが私達を襲うなら私達は受けて立ちます。私達は十五年前、王が赤子の命を奪ったその年に生まれ、秘かに匿われ生き延びた者達です。私達は、私達を救い出した呪術師の夫婦と『おそろしの森』に育てられたのです」
 『おそろしの森』に?…
 シーナから繰り出される言葉に人々は動揺し、しかし興味をそそられ聞いてみたい気持ちになっていた。
 「襲うのは俺達の話を聞いてからでも遅くはない。たったこれだけの人数だ。造作もないはずだ。ただし我らが青虎にならなければの話だ。ここにいるチマナは演舞会で、俺は王宮で青虎になっている。ここにいるシーナ以外の五人はいつ誰が青虎になってもおかしくない」
 ヤシマがそう言うと、実際にあの光景を見た者達が大半を占めていることから、恐れの表情が浮かんだ。
 顔を見合わせ腰を下す者が現れた。するとそれにつられ次々と腰をおろした。
 アーサは全体の頭の高さがおおかた揃うと、ゆっくりと話し始めた。
 「皆さんは知らないのです。知らないからこんなことができるんだ。この国の真実を知った上でこれからどうするか、一人ひとり自分で考えてください。人の言葉に釣られるのではなく自分自身で」
 全員が腰を下した。
 シーナは語り始めた。
 「この地は遥か昔、人々が互いに力を合わせて暮らしていました。身分の差などなく、ただ助け合うことを旨として幸せに暮らしていました。
あるとき他国の王が、人々が生み出す豊かな恵みと穏やかな暮らしを求めてこの国を侵略しました。この地の民は戦うこと好まず、侵略の民に追われ奴婢に落とされました。侵略の民は大挙してこの地に訪れ、王の政のもといま奴婢と呼ばれる先住の民は、侵略の民のために働かされる身となりました」
 シーナは、その身体から出ているとは思えないほどの朗々とした声で語り始めた。
 その声は襲撃部隊の遥か上から降ってくるかのようだった。
 「その民の守り神は白蛇神です。圧政のもと、白蛇神の信仰を止められ迫害を受けながら、先住の民は密かに白蛇神を祀り信仰していました。私は先住の民の生まれです。見た方々もいるでしょう、私が、白蛇に巻かれ白蛇に守られた者です」
 水を打ったような静けさだった。
 シーナは突然歌い始めた。
「その昔天空にて、病得て苦しむ虎あり。
その病 虎の 身勝手粗暴の振る舞い多くして、神より罰を受けしものなり。
周囲皆その様をみて、笑うなり。一匹の白蛇現れ、虎に水運ぶなり。
遠き森の青き湧き水 神の御心宿す清水、病癒す力あり。
虎、かの水にて本復す。虎、白蛇に頭下げるや、身、青く変化するなり」

 それに伴いチマナが舞い始めた。
 部隊は、歌に聴き入り食い入るように舞いを見つめた。
 「それには続きがあったのです」
 シーナは言って、続きを歌い始めた。
 
「地に生まれ森に集いし六芒星
大地に広がり、縮み縮み、縮みしとき
地は源に還る」

 歌と舞が終わると再び静けさが訪れ、シーナは語り始めた。
 「私たちは、多くの赤子が無残に命を奪われたあの年に生まれました。生き延びました。私たちは『おそろしの森』に育てられ、十五年を経て世に出て学び、こうしてここにいます。私たちは、あの年、犠牲になったすべての赤子の魂をこの世に表すため命をもらいました。あの年の赤子は、この地を一旦還し侵略の民と奪われた民が相和し、新たな国を生み出すために送られた魂です。この地の守り神は白蛇様、侵略の民の守り神は青虎様。神々の世界では、白蛇と青虎がすでに相和してどちらが上も下もありません。ただそこに互いに恩があるだけ。地上の私たちは、天界と同じようにすべての恩讐を脱ぎ去り、相和すときが来ています。先住の民は戦う気持ちは持っていません。皆さんが困っているなら助けたいだけなのです。皆さんの、奴婢を軽んじ貶め蔑む見方や捉え方が変わらない限り、両者が相和すことは成しえません」
 シーナはアーサを見た。
 「僕はアーサと言います。『王の頭』の生まれだそうです。この世に出て僕の命を救ってくれたのも、僕に歴史を教えこの地の守り神に引き合わせてくれたのもあなたたちが奴婢と言っている人々です。僕は白蛇神に受け入れていただきました。白蛇神は侵略の民を罰するなどないのです」
 アーサはテナンを見た。
 「俺はテナンといいます。テが付くから多分『王の手』、職人の生まれです。俺は育ての親の母から、呪術を少しだけ引き継ぎました。呪術師はもとはと言えば、侵略の民の守り神の青虎神を鎮める修行者です。病に苦しむ荒ぶる虎が白蛇に助けられ青虎に変わり、演舞会では、青虎が白蛇を助けたと聞きます。俺は見られなかったけど。見た人もいるんでしょう? ここには。 青虎神の思いを形として見せてくれたのが、それだったんですよ。俺らの守り神の青虎の意志をどうして感じようとしないんですか?」
 テナンはチマナを見た。
 「私はチマナです。商人の生まれです、たぶん。私は青虎になったようだけど、自分では全くわからないし覚えてもいないの。ただ、シーナを守りたかっただけ。『おそろしの森』では生まれなんて関係ないんです。そこに命があるだけです。『天女如心』の舞人はほとんどが奴婢と呼ばれた先住の民です。舞いを見て生まれが見えますか? なぜ熱狂したんのです? あの舞に。私はただあの子たちが可愛くて大切で不憫で愛おしいんです」と言ってハンガンを見た。
 「俺はハンガンと言います。農民の出です。貴族の屋敷に奉公して、秘かに匿われていた十五歳の貴族の姫を好きになってしまいました。それが処刑の発端です。このヤシマと養い親の父と一緒に、貴族一家の子息たちを助け出して『おそろしの森』に匿いました。『おそろしの森』は、恐ろしいところではない恵みに溢れたところです。白蛇の守りが働いているからです。白蛇神青虎神が姿を現しても尚皆さんが先住の民を襲うというのなら、俺らは命を懸けて皆さんと戦う。このままではいけないんだ。人の心というものを取り返すときなんだ。目を覚ましてください。俺たちを殺しても、あなたたちにいいことなどこの先起こらないんだ」とヤシマを見た。
 「俺は王を矢で射た。『王の矢』の生まれだそうだ。で名前はヤシマ。俺は、赤子の命を奪い特定の人々を平気で犠牲にしている王を許せなかった。だから王の命を狙って王を討った。俺を武人たちから救ってくれたのは青虎だ。あんたたちが王と同じことをいままたやろうというのなら、俺は遠慮なくあんたたちを討つ。だけど俺にやられなかったとして抵抗しない民に手を出せば、今度は必ず報いは来る。そういう時代に入っているんだ。それの印が俺たちなんだ。考えろよ、自分の頭で」
 この言葉に襲撃部隊は一瞬たじろいだ。
 そして次々明かされる謎と明かされた真相は、多くの者から戦意を奪っていった。
 それは、長年ひっかかっていた何かがポトリと腑に落ちた感覚だった。
 初めて知るこの国の歴史は、これまで想像もしなかったものだった。
 襲撃部隊の者が一人手を上げた。
 「教えてほしいことがある。奴婢、ではなく先住の民が消えたけど、どこへ行ったんだ」すかさずヤシマが答えた。
 「まだ教えられない。俺はあんたを信じない。俺は先住の民を守り続ける。俺があんたを信用できると思ったとき教えるが、いまではない」
 そう返された質問者や他の者は目を伏せた。
 シーナは言った。
 「私は『おそろしの森』にいるときは、他の五人に助けてもらうばかりの何もできない人間でした。気弱で自分で考えることもなくただ他の五人を見て必死に真似して、でもできなくて羨んでばかりの卑屈な人間でした。でも五人は私を救い出そうと命がけで王宮に入り込んでくれました。だから生きようと決めたのです。頼ってばかりで足手まといでしかなかった私を大事にしてくれる仲間がいるから、人の役に立てることをしたいと私は思いました。私は五人に感謝して弱音を吐かず目の前の修業に取り組む覚悟を決めました」
 『白蛇の力宿す者』の修業に邁進できたのは、シーナの自分達への並々ならぬ思いと覚悟からだと改めて五人は心に刻んだ。
 シーナは改まり、部隊に対してさらに丁寧な口調になった。
 「皆様、いまこそこの国が生まれ変わるときなのです。どうか新しい国づくりに力を貸してください」
 シーナがそういった瞬間だった。
 周囲が霧に包まれ白く霞んだかと思うと、シーナの足もとに大きな真っ白な大蛇が地から湧き出たように現れた。
 シーナを下からゆっくり巻き込んで膝、腰、腹、胸と上がっていき、シーナの顔を残して頭上高々と鎌首を持ち上げ赤い舌を出し、真っ赤な目を部隊に向けた。
 そして左右に首をゆっくりと振り全体を見渡した。
 部隊は凍り付いたように動けなくなった。
 横にいたチマナ、アーサ、テナン、ハンガン、ヤシマも驚いて、シーナとシーナの頭上高く見上げた。
 さらに霧が濃くなり、六人のいる丘との間が濃い霧で隔てられると、部隊の全員が、白蛇の両脇に青虎が五体いるように見えた。
 瞬く間だったが六千人の侵略部隊にとってはしっかりと目に見え、部隊はゆっくりと深く首(こうべ)を垂れた。
 当の六人は、首を垂れた六千人の人々を前にただ唖然とするばかりで、彼らに起きた現象を知る由もなかった。
 人々は、次々と六人のもとへやってきて、
「申し訳なかった。もう先住の民を襲うことも他の人々を襲うこともしません。 先住の民と一緒に新しい国づくりに参加させてください」と言い、恭順の意を表した。
 襲撃部隊は、それぞれ住まいに帰り他の人々にこの事を話し先住の民と相和して暮らす新しい国づくりに取り組んでいくと誓った。
 先住の民がどこへ消えたのかは誰も聞こうとはしなかった。
 
 その日深夜、地下道に潜んでいた先住の民は、全員村に帰った。
 人々の意識は変わりつつあった。
 人々が自ら奴婢村に足を運び、お礼の気持ちを伝えたり襲撃部隊に加わったことを詫びに来たのだった。
 その後、両者の交流はさらに活発化し住まいも区域も撤廃され、先住の民に様々なことを相談しながら生活を立て直す人々が日に日に増えていった。

 襲撃部隊のひとりにサンコがいた。
 サンコは、六人によって王宮で目論見を打ち砕かれ名誉も失墜しその場にいた父からも嘆かれて、傷心の内に姿を消していた。
 その後に起きた地震のあと屋敷に戻ってみたが、屋敷は半壊し盗賊にでも押し入られたように物が散乱し美しい屋敷は見る影もなかった。
 人の姿はなく寝たきりの弟の姿も寝台にはない。その安否は全くわからなかった。
 自暴自棄になったサンコは、全てはシーナとシーナの仲間と称する者達のせいだと逆恨みし襲撃の部隊に参加した。
 奴婢達は町をうろつく自分にも芋を分けてくれた。
 住まいは大丈夫かと聞いてきたが、サンコは、世話は無用と断った。
 もうどうにでもなれと考えていた。
 襲撃の決行日、目の前に現れたシーナは、歌と笛とを合わせていたときとも牢に閉じ込めていたときとも違っていて、全く別人のようだった。
 その凛として堂々たる姿に衝撃を受け、シーナから目を離すことができなかった。
 人はこれほどまでに変われるものなのかと思った。
 自分が深く傷つけたシーナは、仲間の助けによって見事に成長したのだ。
 人の力を奪った自分と、力を与えたシーナの仲間たち。
 完全な敗北を認めた。
 話を聞いているうちに、罪なき先住の民を襲って奴婢に貶めた先祖の振る舞いに対し残酷さを感じていた。
 サンコは心を改めた。
 そのサンコの存在に最初に気付いたのはシーナだった。
 シーナはハンガンに知らせた。
 ハンガンはすぐにサンコのもとへと走り寄った。
 他の人々は、六人の内の一人である一番身体の大きい男が駆け寄ってきたので一瞬怯んだが、その表情の柔らかさに警戒を解き歓迎の意を表した。
 「サンコさん。ご家族はいま奴婢村で暮らしています。皆さん無事でいます。安心してください」
 そう言いすぐに身を翻し走りかけたところに
「待って! 申し訳ありませんでした。助けてくれたんですね。ありがとうございました」とサンコは深々と頭を下げ、その後家族は対面が叶った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み