第21話 第三節 安らぎ ー窯場ー

文字数 2,856文字

 凄まじい暴風雨の三日三晩を、テナンは屋根のある小屋でまんじりともせず過ごした。
 風が止んだ後外に出てみると、半壊した家から飛ばされた木材や家具、木の枝など様々なものが散乱していた。
 もし職人のもとで過ごすことができなかったら、この状況を切り抜けることができなかった。
 テナンは職人への感謝の気持ちでいっぱいになった。 そして職人に向かい
「あのお礼に何かできることはありませんか? 長くはいられないんですけど、もし俺にもできることがあったらお礼に何かやらせてください」と伝えた。
 お礼をしたいという気持ちと同時に、この職人の仕事をもう少し見てみたいという思いも胸に突き上げていたのだ。
 職人はしばらく黙っていたが、静かに口を開いた。
 「じゃあ、この土器ができあがるまで手伝ってくれ。まずは素焼きが終わったこの土器が十分冷めた頃合いを見て次は絵付けをする。薬をかけて次は本焼きだ。あと三十日ほどここにいることになるがどうだ」
 「やります。やらせてください」
 テナンは興奮し即答した。
 そして、絵付けの仕方や本焼きの際の火の調節の仕方や薬のかけ方を職人について教わり、その合間に土の捏ね方も教えてもらった。
 その間土器を売る店主が様々な町からやってきて倉庫の土器を見ていった。
 テナンに火を見させている間に職人は、言葉少なに店主とやり取りをし倉庫の中の土器は次々店主と運び手によって搬出された。
 職人が火の番をしているときテナンは土を捏ねた。
 何も考えずに手もとに集中することもあれば、思いが次々去来することもある。
 気が付くと森での暮らしや仲間のことを思っていた。
 俺はまだ何一つ掴めてやしないけど、アーサはきっと違うんだろうなぁ。
 あいつ頭がいいからもう今頃は…
 ふとアーサを思うことがあった。
 きっと学ぶところを見つけて学問の仲間を見つけ出しているのだろう。

 想いは幼い頃に飛んだ。

 しばらく留守をしていたサナが本を持ってきた。
 アーサは嬉しくて仕方がないといった様子で、真っ先に本を取り抱きしめた。
 テナンはアーサのところに飛んでいってするっと本を取り上げた。
 アーサが追いかけてきて自分に掴みかかってくるのが楽しかった。
 いつもはおとなしいアーサも本のこととなると本気で怒って叩いてきた。
 「痛えーっ! ちょっとふざけただけなのに…」
 テナンもやり返して叩き合いになった。
 ハンガンがテナンを後ろから抱きかかえてアーサから引き離した。
するとチマナが、
「テナン、なんで読む気もないのにアーサから本を取るの!」と言い、テナンの頭をバシッと叩いた。そして、
「テナンのバカタレ! いつも気が合うのになんで本に焼きもち焼くかなぁ。アーサ、許してやんなよ。アーサの関心が本に行っちゃうから寂しいだけだから。 ほんとテナンはお子ちゃまだから」と言った。
 「何をー? 違う違う、絶対に違う! お前、人の名誉を傷つけたな、謝れ!」
 テナンはチマナに食ってかかりチマナと取っ組み合いの喧嘩がまた始まった。
 アーサは取り返した本に夢中になり始めて、チマナに「なんであんた私に味方しないの?」と首根っこを掴まれ引きずられ渦中の人になった。
 チマナは、アーサとテナンとを交互にすごい速さで叩いた。
 本を放さないアーサは、背中や腰や足や肩を叩かれて転がった。
 テナンも顔を殴られ泣き出してハンガンが今度はチマナを後ろから抱えて抑えたけど、そのハンガンも足を蹴られて痛がっていた。
 シーナは「チマナ、やめて、やめて」とおろおろしていた。
 バンナイとサナは食料の調達に出かけとっくにいなくなっている。
 ヤシマは一人武術の修練にでも行っているのだろう。
 ハンガンが「お前たちさ…なんで? だいたい始ましはテナンだからぁ…」と一生懸命お説教を試みる。
 「そこ、始ましじゃなくて始まり」とアーサに言葉を直されて、ハンガンはちょっと悔しそうな顔をした。それがおかしくてみんな笑い出した。
 口下手なハンガンは、言葉がすぐに出てこないし間違える。
 アーサはそこをいちいち直してたなぁ…
 「フフフッ」
 つい声が漏れた。土は森に繋がっている。
 テナンはそう思った。


 火が止まり窯の熱が冷めていよいよ土器を引き出すとき、テナンは胸が躍り興奮が止まらなかった。
 職人が一つひとつ丁寧に取り出していく土器をこの手に受け取るとき、指先が震えた。
 一つとして同じものがなくどれをとっても愛おしさを感じた。
 テナンはゆっくりと庭にすべてを並び終えると今度は倉庫の棚に並べていった。
 「綺麗に並べたなぁ…」
 職人は呟いた。
 「初めてでこうはなかなかできないものだ。器と器の間に手がしっかり入るように並べていて、手前過ぎず奥に入りすぎず出し入れしやすい。器を大事にしている心が見える」
 そう言うと職人の顔がほころんだ。
 この職人がテナンに見せた初めての満願の笑みだった。
 それからテナンに一枚の紙を渡した。
 そこには、人の名や住まい呪術師との関わりなど、来訪する店主たちから聞き出した内容が三つほど列記されていた。 
どれも噂の域を出ず不確かなものだという。
さらに職人はこうも言った。
 「残念だが、この人たちは既に十五年ほど前に亡くなっているそうだ。 だからここを辿っても意味がない。もう一つ、呪術師のことを口にするのは御法度という地域があるそうだ。そこでは、誰に聞いても決して口を開かない。だからやみくもに動いて尋ねたところで呪術師に行き当たることはまずない。偶然を頼っても時間食うばかりだぞ。 ここに居ればいろんな地域から人は来るからその人たちに聞くことはできる。もう少しここにいていいんだぞ」
 テナンは胸がいっぱいになった。
 「ありがとうございます。 俺、ここにいると何だか居心地が良くて器作りも楽しいからこのまま居座っちゃいそうなんで、まずは自分の足で地域の様子を調べながら慎重に訊いて回ります。母さんを探し出したらまた必ずまたここに来ます。かあさん連れて来れるといいなぁ」
 そう言って職人に笑顔を見せた。
 本当にそうなったらどんなに幸せか…
 職人もテナンに少し寂しげな笑顔を向けた。
 「わかった。手がかりが尽きて俺の手伝いがしたくなったらここへ戻ってこい」
 テナンは嬉しかった。
 「本当ですか。俺、土捏ね好きです」
 テナンは本心からそう言った。
 「わかってた。いい手つきしていたし楽しそうだった。そういうのは土がわかるもんだ。馴染みもいいはずだ。お前の作る土器を俺も見てみたい」
 職人は静かに言った。
 「ありがとうございます」
 頭を下げて、職人のもとを辞した。
 もうこれ以上の迷惑はかけられない。
 呪術師が忌み嫌われる言葉なら、来訪するごとに呪術師のことを尋ねる職人のことを店主たちはどう思うだろう。
 自分が負うべき枷(かせ)は自分が背負うのだ。
 おやじ殿も母さんもそこは厳しく教えてくれた。
 テナンは、夜は近くの森で眠る、呪術師を訪ね歩く旅を再開した。

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