第45話 第二節 経緯 ー呪術師コウハ ー娘ー
文字数 1,764文字
ー呪術師コウハー
翌日、定め書きが回った。
「これから一年の間に生まれる子どもは、全て王家に差し出すこと」
差し出すことの意味は知れていた。
貴族、武人、農民、職人、商人、奴婢、身分の差なく隅々まで調べが渡った。
日頃は近寄ることもない奴婢村にもやってきた。
武人が乗り込んで妻女を調べ、奴婢に至っては母となるはずの女たちの命がその場で奪われた。
多くの場所から、嘆き悲しみの叫び声忍び泣きの声が漏れた。
処刑の刻限、サナらしき人物は姿を現さなかった。
コウハの意を汲み取る形でバンナイと共に『おそろしの森』に身を潜めたのだった。
コウハの手紙には綿々と続きがあり最後にはこう結ばれていた。
『バンナイ。おそろしの森はサナとお前を生かすはずだ。森には守りが働いている。その守りとは』
そこから先はなかった。
『王の目』の武人が来て、続けることができなかったのだろう。
切り裂かれた服の白いところに自分の血らしきもので書かれた手紙だった。
バンナイは、仕事もなく町をうろついていた十代の半ばで呪術師コウハとサナに出会い、コウハに弟子入りした。
コウハについて諸国を回り、サナに想いを寄せ将来をともにすることを誓いあった矢先に、コウハが雨乞いを依頼され、図らずも大変な予言をしてしまったのだ。
手紙を受け取ったときバンナイは悲しみにくれた。
出自がわからず身寄りのなかったバンナイにとって、コウハは尊敬する師であり父のような存在だった。
しかしバンナイに悲しみに浸っている時間はなかった。
手紙の内容からしてサナの命も狙われている。
バンナイは生涯をかけてサナを守ると心に誓った。
サナさえいればよいとバンナイは思った。
だがサナの考えは違っていた。
「バンナイ、このままではすべての赤子が殺されてしまう。でも私に王を倒す力はない。だからせめて私はできる限り子を預かって育てる。父の言う、あの森になら子を隠せる。私は子どもたちを助ける。私たち夫婦で少しでも子を育てたい」
それは命と引き換えの危険を伴うことであった。
バンナイは頷くしかなかった。
サナとともにこの役割を果たすと決めたのだ。
ー娘ー
サナは呪術を父親から学ぼうとはしない娘だった。
鷹からもたらされた父の指示に従い、サナはバンナイとともに『おそろしの森』に身を隠した。
森への恐怖はなく、小川を流れる清水で喉を潤し豊富に成る見知らぬ木の実が腹を満たした。
毒性の強い実は動物が避けていることで知り、よく食べられている実を口にすると美味しく力も湧いた。
力を合わせ倒木を組んで小屋を造り住まいにして生活の基盤を作ると、サナは日々瞑想するようになった。
その姿は生前のコウハに重なり、やがてサナは何事かを唱えるようになった。
そしてサナは、バンナイに馬を借りるように促し夜陰に乗じて二人で馬に乗り出かけた。
サナが訪ねる先は決まってどれも出産が近く秘密裡に出産するつもりの家だった。
サナは深夜に家々を訪ね出産に立会い子を預かった。
そして森の入り口に来るとサナが赤子を抱いて森の奥の住まいまで帰り、バンナイは朝方馬を返しサナを追った。
そうして二人は六人の子を預かったのだ。
「サナ、なぜ密かに子を生む家がわかるのだ」
「頭に流れてくるのよ、一度父が呪術を使ったことがある家だったり、母親からの心の声が聞こえてきたり…」
しかし、サナ自身もよくわからないようだった。道筋はいつも鷹の案内だった。
月のない深夜は鷹の気配と羽音を頼って馬を駆った。道を覚えることもしなかった。
サナは三歳まで六人をよく抱き上げ可愛がった。
その後は一切抱かず、後は子ども同士が触れ合うようにした。
サナとバンナイにとっては初めての子育てで、しかも六人の世話をしなければならず悪戦苦闘の日々だった。
しかし、赤子を預かったときの母親からの助言や二人して集めた情報を頼りに懸命に子らを育てた。
二人ともに六人の子どもを心の底から愛おしんだ。
しかしこの六人は、やがては森から出て世に放たれる過酷な運命を背負っている。
だから一人でも強く生きていけるように育てなければならない。
二人はそれを肝に銘じ、物心ついたときには子どもを抱き上げることをしなかった。
子らが互いにその役割を担い合ったのだ。
翌日、定め書きが回った。
「これから一年の間に生まれる子どもは、全て王家に差し出すこと」
差し出すことの意味は知れていた。
貴族、武人、農民、職人、商人、奴婢、身分の差なく隅々まで調べが渡った。
日頃は近寄ることもない奴婢村にもやってきた。
武人が乗り込んで妻女を調べ、奴婢に至っては母となるはずの女たちの命がその場で奪われた。
多くの場所から、嘆き悲しみの叫び声忍び泣きの声が漏れた。
処刑の刻限、サナらしき人物は姿を現さなかった。
コウハの意を汲み取る形でバンナイと共に『おそろしの森』に身を潜めたのだった。
コウハの手紙には綿々と続きがあり最後にはこう結ばれていた。
『バンナイ。おそろしの森はサナとお前を生かすはずだ。森には守りが働いている。その守りとは』
そこから先はなかった。
『王の目』の武人が来て、続けることができなかったのだろう。
切り裂かれた服の白いところに自分の血らしきもので書かれた手紙だった。
バンナイは、仕事もなく町をうろついていた十代の半ばで呪術師コウハとサナに出会い、コウハに弟子入りした。
コウハについて諸国を回り、サナに想いを寄せ将来をともにすることを誓いあった矢先に、コウハが雨乞いを依頼され、図らずも大変な予言をしてしまったのだ。
手紙を受け取ったときバンナイは悲しみにくれた。
出自がわからず身寄りのなかったバンナイにとって、コウハは尊敬する師であり父のような存在だった。
しかしバンナイに悲しみに浸っている時間はなかった。
手紙の内容からしてサナの命も狙われている。
バンナイは生涯をかけてサナを守ると心に誓った。
サナさえいればよいとバンナイは思った。
だがサナの考えは違っていた。
「バンナイ、このままではすべての赤子が殺されてしまう。でも私に王を倒す力はない。だからせめて私はできる限り子を預かって育てる。父の言う、あの森になら子を隠せる。私は子どもたちを助ける。私たち夫婦で少しでも子を育てたい」
それは命と引き換えの危険を伴うことであった。
バンナイは頷くしかなかった。
サナとともにこの役割を果たすと決めたのだ。
ー娘ー
サナは呪術を父親から学ぼうとはしない娘だった。
鷹からもたらされた父の指示に従い、サナはバンナイとともに『おそろしの森』に身を隠した。
森への恐怖はなく、小川を流れる清水で喉を潤し豊富に成る見知らぬ木の実が腹を満たした。
毒性の強い実は動物が避けていることで知り、よく食べられている実を口にすると美味しく力も湧いた。
力を合わせ倒木を組んで小屋を造り住まいにして生活の基盤を作ると、サナは日々瞑想するようになった。
その姿は生前のコウハに重なり、やがてサナは何事かを唱えるようになった。
そしてサナは、バンナイに馬を借りるように促し夜陰に乗じて二人で馬に乗り出かけた。
サナが訪ねる先は決まってどれも出産が近く秘密裡に出産するつもりの家だった。
サナは深夜に家々を訪ね出産に立会い子を預かった。
そして森の入り口に来るとサナが赤子を抱いて森の奥の住まいまで帰り、バンナイは朝方馬を返しサナを追った。
そうして二人は六人の子を預かったのだ。
「サナ、なぜ密かに子を生む家がわかるのだ」
「頭に流れてくるのよ、一度父が呪術を使ったことがある家だったり、母親からの心の声が聞こえてきたり…」
しかし、サナ自身もよくわからないようだった。道筋はいつも鷹の案内だった。
月のない深夜は鷹の気配と羽音を頼って馬を駆った。道を覚えることもしなかった。
サナは三歳まで六人をよく抱き上げ可愛がった。
その後は一切抱かず、後は子ども同士が触れ合うようにした。
サナとバンナイにとっては初めての子育てで、しかも六人の世話をしなければならず悪戦苦闘の日々だった。
しかし、赤子を預かったときの母親からの助言や二人して集めた情報を頼りに懸命に子らを育てた。
二人ともに六人の子どもを心の底から愛おしんだ。
しかしこの六人は、やがては森から出て世に放たれる過酷な運命を背負っている。
だから一人でも強く生きていけるように育てなければならない。
二人はそれを肝に銘じ、物心ついたときには子どもを抱き上げることをしなかった。
子らが互いにその役割を担い合ったのだ。