第9話 第四節 サナを探す道 ー決意ー
文字数 1,619文字
テナンは、育ての母を探すことを決意していた。
仲間との別れはつらいが、森から出ることを心待ちにしていた。
決められていることなら受け入れるしかない。
小さい頃から、十五の歳に別れると繰り返し聞かされてきたのだ。
森から出てどう生きるのかは何も思いつかなかったが、どうしても納得ができずにいることを解決したい。
母として俺らを育ててくれていたあんなに優しいサナが、自分たちをおいていくなどありえないのだ。
きっと何かあったのだ。
サナを探してサナに会う。
それを成し遂げなければ自分のこの世界での生活は始まらない。
ときどき街に出かけて行ったバンナイとサナは、どちらか一人は森に残り子どもたちのそばにいた。
食料は森の中で十分事足りたが服などは街で調達していた。
サナが貴重な本を持って帰るとアーサは大喜びした。
サナは書かれている文字を子どもたちに教え、アーサは毎日のようにその本を読みそれが終わると次の本をねだっていた。
どのように求めてきたのかバンナイに訊くと、森になる実を売っていると答えた。
森から出ることも森に戻ることも大変な労苦を伴う。
これまで二人はそれを何度もやってきていたのだ。
あるときサナは戻らなかった。
何日が何年になり、自分たちが森を出る日を迎えてしまった。
テナンはもっともっとサナのそばにいたかった。
抱きしめてもらえなくても笑っていてほしかった。そこにいるだけでよかった。
訊きたいこと、教えてほしいことがあったのだ。
テナンは自分が何かを言ってサナが笑うときが一番嬉しかった。
おやじ殿と別れるとき、
「テナン…俺もそのうちサナを探しに行く」と言ってテナンの手を強く握った。
あのときおやじ殿から「頼む」という声を聞いたような気がした。
「森から出たら母さんを探す」は、俺の口癖だったから。
手掛かりは「呪術師」。
おやじ殿は、短くそれだけ教えてくれた。
サナをどう探したらよいのか、全く当てがなかったテナンにとってそれは大きな道しるべになった。
テナンは会う人選ばず訊いた。
「呪術師を知りませんか? 呪術師に会いたいんです」
職人町や商人街では誰も皆知らないようだった。
「なんだ、それ?」と訊き返されることも多かった。
ずいぶんいろいろな街を訊いて歩いた。
どこをどう歩いたのかももはや覚えていないが、そうしながら人に話しかけることには慣れてきていた。
「呪術師」という言葉に最初は怪訝な顔をされるが、なかには興味を持って探しているわけを訊いてくる人もいる。そのときには、生き別れの家族を探していると答えた。
「そう、気の毒だねえ。頑張んなよ」が話を切り上げる合図だ。
『西魚の道』に来ていた。
南に向かってずっと進んでいけば海だ。
漁場が広がりたくさんの漁船が漁に出るため、朝早くから出港しているという。
『東魚の道』に出たとき町の人々の会話から聞きかじった、海、漁港、漁船…という言葉は、おやじ殿からは聞いたことがなかった。
どんなものか確かめたくて南に向かって歩を進めて、初めて目にした海なるものには衝撃を受けた。
漁船から引き揚げてきた半身裸の男たちが、たくさんの魚が跳ね上がっている入れ物を船からおろし、次々と『四隅に大きな車輪のついた長い台』に並べていた。
壮観な景色だった。
真っ黒に日焼けした男たちは、ただ黙々と働いていた。
数人の鞭を持っている男たちがすでに懸命に働いている男たちに向かって「ほら、働け、働け!」と怒鳴り散らしているのを目の前で見て、なんの必要があって怒鳴るのか怒りが湧いてその場を去った。
『西魚の道』から北の方向に進路をとると職人町に出た。
たくさんの店が立ち並び、人で溢れるにぎやかな商店街とは打って変わって、コンコン、カンカン、ギー、ときにドカンッという固い響きがあちらこちらから聞こえてくる。
人の話し声はめったに耳に入って来ず、家屋一軒一軒が大きい。
仲間との別れはつらいが、森から出ることを心待ちにしていた。
決められていることなら受け入れるしかない。
小さい頃から、十五の歳に別れると繰り返し聞かされてきたのだ。
森から出てどう生きるのかは何も思いつかなかったが、どうしても納得ができずにいることを解決したい。
母として俺らを育ててくれていたあんなに優しいサナが、自分たちをおいていくなどありえないのだ。
きっと何かあったのだ。
サナを探してサナに会う。
それを成し遂げなければ自分のこの世界での生活は始まらない。
ときどき街に出かけて行ったバンナイとサナは、どちらか一人は森に残り子どもたちのそばにいた。
食料は森の中で十分事足りたが服などは街で調達していた。
サナが貴重な本を持って帰るとアーサは大喜びした。
サナは書かれている文字を子どもたちに教え、アーサは毎日のようにその本を読みそれが終わると次の本をねだっていた。
どのように求めてきたのかバンナイに訊くと、森になる実を売っていると答えた。
森から出ることも森に戻ることも大変な労苦を伴う。
これまで二人はそれを何度もやってきていたのだ。
あるときサナは戻らなかった。
何日が何年になり、自分たちが森を出る日を迎えてしまった。
テナンはもっともっとサナのそばにいたかった。
抱きしめてもらえなくても笑っていてほしかった。そこにいるだけでよかった。
訊きたいこと、教えてほしいことがあったのだ。
テナンは自分が何かを言ってサナが笑うときが一番嬉しかった。
おやじ殿と別れるとき、
「テナン…俺もそのうちサナを探しに行く」と言ってテナンの手を強く握った。
あのときおやじ殿から「頼む」という声を聞いたような気がした。
「森から出たら母さんを探す」は、俺の口癖だったから。
手掛かりは「呪術師」。
おやじ殿は、短くそれだけ教えてくれた。
サナをどう探したらよいのか、全く当てがなかったテナンにとってそれは大きな道しるべになった。
テナンは会う人選ばず訊いた。
「呪術師を知りませんか? 呪術師に会いたいんです」
職人町や商人街では誰も皆知らないようだった。
「なんだ、それ?」と訊き返されることも多かった。
ずいぶんいろいろな街を訊いて歩いた。
どこをどう歩いたのかももはや覚えていないが、そうしながら人に話しかけることには慣れてきていた。
「呪術師」という言葉に最初は怪訝な顔をされるが、なかには興味を持って探しているわけを訊いてくる人もいる。そのときには、生き別れの家族を探していると答えた。
「そう、気の毒だねえ。頑張んなよ」が話を切り上げる合図だ。
『西魚の道』に来ていた。
南に向かってずっと進んでいけば海だ。
漁場が広がりたくさんの漁船が漁に出るため、朝早くから出港しているという。
『東魚の道』に出たとき町の人々の会話から聞きかじった、海、漁港、漁船…という言葉は、おやじ殿からは聞いたことがなかった。
どんなものか確かめたくて南に向かって歩を進めて、初めて目にした海なるものには衝撃を受けた。
漁船から引き揚げてきた半身裸の男たちが、たくさんの魚が跳ね上がっている入れ物を船からおろし、次々と『四隅に大きな車輪のついた長い台』に並べていた。
壮観な景色だった。
真っ黒に日焼けした男たちは、ただ黙々と働いていた。
数人の鞭を持っている男たちがすでに懸命に働いている男たちに向かって「ほら、働け、働け!」と怒鳴り散らしているのを目の前で見て、なんの必要があって怒鳴るのか怒りが湧いてその場を去った。
『西魚の道』から北の方向に進路をとると職人町に出た。
たくさんの店が立ち並び、人で溢れるにぎやかな商店街とは打って変わって、コンコン、カンカン、ギー、ときにドカンッという固い響きがあちらこちらから聞こえてくる。
人の話し声はめったに耳に入って来ず、家屋一軒一軒が大きい。