第5話 第二節 生きてさえいればいい ー力自慢ー
文字数 2,453文字
数日して、ハンガンは再びあの出来事があった道に戻ってきていた。
働き口は簡単には見つからなかった。
またここにきてしまった…
ただ周辺をうろつくばかりの数日だった。
ただ生きられればいい、何でもやるつもりでいたが、仕事に就くのは簡単なことではなかったのだ。
他のみんなはどうしているのだろう。
シーナとチマナは大丈夫だろうか。心配で胸が苦しくなる。
おやじ殿は、皆それぞれに生きるのだ、一緒になってはいけないと言ったけどそれはいまだけのことだろう。
自分がちゃんと生活できるようになったら、せめてシーナとチマナだけは探し出して無事を確かめ、もしつらい境遇にあれば救い出したい…
あてもなくまた歩き始めたが、ハンガンの歩幅は大きい。
周辺の景色を見ることもなく歩いていると、ふと少し前からすれ違う人々の視線が強く咎めるようなものになっていることに気がついた。
ここは、来てはいけないところだったのだろうか。
森のことばかり考えていたんだ…
我に返り引き返そうと思うが、どちらに行けばいいのか分からず空を見上げた。
南にいけばいい、田畑が広がる方向だ。
高いところにある日が昼どきを告げていた
昼食のためなのか通りから人が消えると、高く大きい黒い門が見えた。
そこには人の背丈ほどの格子の木製の仕切りがあったが、ほんの少し開いておりそこから肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。お腹がぐうぐう鳴っている。
何日も腹保ちする木の実はあと僅かしか残っていない。
働き口でこれほど困るとは思っていなかったから何も考えずに口にしてきた。
生活の音はすっかり消え失せ、不気味なほどの静けさだ。高い白塗りの美しい塀がはるか先まで続き、ところどころに黒光りする豪華な門があった。
ここは貴族と言われる人々が暮らす地域で、先ほどの門は商人職人町との境の仕切りだったのかもしれない。
あの高さなら仕切りの門が見えるはずだと空を仰いだが、白塀の中の建物は大きく高く見えない。
俺は何をしているんだ、シーナやチマナの心配をしているどころではない。
急に意識がはっきりとし貴族と商人職人との境の門を探しに走りだすと、その道すがら屋敷の門の一つに貼ってある大きな張り紙に気がつき足を止めた。
「力持ちを募る 挑戦者のうち最も力自慢の者を 出自を問わず採用する」
ハンガンは、思い立ってその門の横の呼び出し用の小さな窓に向かって声をかけた。
大きな声で「力自慢に挑戦します」と言った。
間もなく窓が開き門番が顔を出した。
門はすぐに開き中に招き入れられた。
すると、美しい庭園の奥に回廊型の渡り廊下が目に飛び込んできた。それは圧倒される景色だった。
森から出てこの数日、初めてのものばかりを見てきたが、育った森ほど美しいものはなかった。しかしこの庭園の、手を入れられた草木花々は整えられた格別の美しさがあった。
いったいここに何の仕事があるというのだろう。
門番に案内され庭園を横目に歩いていくと、生け垣の奥に豪奢な建物の並びがありその先に簡素だが堅牢な建物が現れた。門番は倉庫だと言った。
中に入ると、三十人ほどだろうか、筋骨隆々の屈強の男たちが個々に座っていた。
そこに、背は高くがっしりとはしているが優しい顔のみすぼらしい身なりの青年が入ってくると、一様に鼻で笑うような表情になった。
「ずいぶん待たされるもんだなぁ。もう三日も経ってる。何人集めりゃあ気が済むんだ。いい面子がそろっていると思うがなぁ」
どこからかそんなつぶやきが聞こえてきた。
すると門番が「これより力自慢の試しを行う。私についてくるように」と言った。
「やっとかよ。食事もたっぷり出たから文句もないが…」他の男が言った。
どうやら寸前のところで締め切りに間に合ったようだった。
列の最後尾につくと、一同はあの美しい庭園に出た。
庭園の中央に盛り上がった小山があり、その上に大きな岩が乗っていた。
おそらく一番背丈のある男より大きく、五、六人の男が両手を伸ばして手を繋いで岩を囲めるほどの大きさだ。
「あの岩を動かしてもらいたい。ただ動かす。それだけだ。動かした幅が一番大きかったものをこの家に召し抱えたい。今日の日まで待ってもらったこの期間は、食事も十二分に与えた。選に外れた者にも謝礼を用意してある。順番は特に決めない。存分に力を発揮してもらいたい。機材を使いたければ、倉庫にある物なら自由に使ってよい」
門番はそう伝えると、男たちから引き下がって近くの石に座って腕組みをした。
男たちは声を出したり、動いたりそれぞれ気合を入れているようだった。
ハンガンは目を閉じた。
あの大岩を動かすのか、ましてこの空腹だ。
まともに押しても歯が立たないだろう。
何かをかませて動かそうにもよほど頑丈なものでなければ折れてしまう。
先日馬車が通り脇の溝に脱輪して近くにあった丸太の尖った先を車輪の下にねじ込んだが、今回は土にめり込む大岩だ。さあどうする。
考えているうちに、次々に男達が歩み出て大岩に挑んだ。
さすがにまともに押して動かせる者も機材を使って成功した者もおらず、次々と男達は去っていった。
ハンガンも動かせる気はしなかったが何もせずに引き下がりたくはなかった。
ハンガンが最後だった。
ハンガンは土を掘れそうな道具を倉庫から探し出し、岩の周りに機材の先を差し入れると意外にも土を掻き出せることが分かった。
岩は土の上に出ている部分はがっしりとした円錐形に近かったが、土の下は下に向かって抉れていて不安定な形になっているように思えた。
掘り進む箇所を慎重に探り出ししばらく堀ってから、反対側に回って力を籠められる箇所を見つけ下に向けて思い切り力を込めた。
するとほんのわずかだが斜め下に動いた感触があった。
その場に残っていた数名の男と門番がそれを見ていた。
「結果は出たようですね」と門番は言った。
残っていた他の男達は、謝礼を受け取って帰っていった。
働き口は簡単には見つからなかった。
またここにきてしまった…
ただ周辺をうろつくばかりの数日だった。
ただ生きられればいい、何でもやるつもりでいたが、仕事に就くのは簡単なことではなかったのだ。
他のみんなはどうしているのだろう。
シーナとチマナは大丈夫だろうか。心配で胸が苦しくなる。
おやじ殿は、皆それぞれに生きるのだ、一緒になってはいけないと言ったけどそれはいまだけのことだろう。
自分がちゃんと生活できるようになったら、せめてシーナとチマナだけは探し出して無事を確かめ、もしつらい境遇にあれば救い出したい…
あてもなくまた歩き始めたが、ハンガンの歩幅は大きい。
周辺の景色を見ることもなく歩いていると、ふと少し前からすれ違う人々の視線が強く咎めるようなものになっていることに気がついた。
ここは、来てはいけないところだったのだろうか。
森のことばかり考えていたんだ…
我に返り引き返そうと思うが、どちらに行けばいいのか分からず空を見上げた。
南にいけばいい、田畑が広がる方向だ。
高いところにある日が昼どきを告げていた
昼食のためなのか通りから人が消えると、高く大きい黒い門が見えた。
そこには人の背丈ほどの格子の木製の仕切りがあったが、ほんの少し開いておりそこから肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。お腹がぐうぐう鳴っている。
何日も腹保ちする木の実はあと僅かしか残っていない。
働き口でこれほど困るとは思っていなかったから何も考えずに口にしてきた。
生活の音はすっかり消え失せ、不気味なほどの静けさだ。高い白塗りの美しい塀がはるか先まで続き、ところどころに黒光りする豪華な門があった。
ここは貴族と言われる人々が暮らす地域で、先ほどの門は商人職人町との境の仕切りだったのかもしれない。
あの高さなら仕切りの門が見えるはずだと空を仰いだが、白塀の中の建物は大きく高く見えない。
俺は何をしているんだ、シーナやチマナの心配をしているどころではない。
急に意識がはっきりとし貴族と商人職人との境の門を探しに走りだすと、その道すがら屋敷の門の一つに貼ってある大きな張り紙に気がつき足を止めた。
「力持ちを募る 挑戦者のうち最も力自慢の者を 出自を問わず採用する」
ハンガンは、思い立ってその門の横の呼び出し用の小さな窓に向かって声をかけた。
大きな声で「力自慢に挑戦します」と言った。
間もなく窓が開き門番が顔を出した。
門はすぐに開き中に招き入れられた。
すると、美しい庭園の奥に回廊型の渡り廊下が目に飛び込んできた。それは圧倒される景色だった。
森から出てこの数日、初めてのものばかりを見てきたが、育った森ほど美しいものはなかった。しかしこの庭園の、手を入れられた草木花々は整えられた格別の美しさがあった。
いったいここに何の仕事があるというのだろう。
門番に案内され庭園を横目に歩いていくと、生け垣の奥に豪奢な建物の並びがありその先に簡素だが堅牢な建物が現れた。門番は倉庫だと言った。
中に入ると、三十人ほどだろうか、筋骨隆々の屈強の男たちが個々に座っていた。
そこに、背は高くがっしりとはしているが優しい顔のみすぼらしい身なりの青年が入ってくると、一様に鼻で笑うような表情になった。
「ずいぶん待たされるもんだなぁ。もう三日も経ってる。何人集めりゃあ気が済むんだ。いい面子がそろっていると思うがなぁ」
どこからかそんなつぶやきが聞こえてきた。
すると門番が「これより力自慢の試しを行う。私についてくるように」と言った。
「やっとかよ。食事もたっぷり出たから文句もないが…」他の男が言った。
どうやら寸前のところで締め切りに間に合ったようだった。
列の最後尾につくと、一同はあの美しい庭園に出た。
庭園の中央に盛り上がった小山があり、その上に大きな岩が乗っていた。
おそらく一番背丈のある男より大きく、五、六人の男が両手を伸ばして手を繋いで岩を囲めるほどの大きさだ。
「あの岩を動かしてもらいたい。ただ動かす。それだけだ。動かした幅が一番大きかったものをこの家に召し抱えたい。今日の日まで待ってもらったこの期間は、食事も十二分に与えた。選に外れた者にも謝礼を用意してある。順番は特に決めない。存分に力を発揮してもらいたい。機材を使いたければ、倉庫にある物なら自由に使ってよい」
門番はそう伝えると、男たちから引き下がって近くの石に座って腕組みをした。
男たちは声を出したり、動いたりそれぞれ気合を入れているようだった。
ハンガンは目を閉じた。
あの大岩を動かすのか、ましてこの空腹だ。
まともに押しても歯が立たないだろう。
何かをかませて動かそうにもよほど頑丈なものでなければ折れてしまう。
先日馬車が通り脇の溝に脱輪して近くにあった丸太の尖った先を車輪の下にねじ込んだが、今回は土にめり込む大岩だ。さあどうする。
考えているうちに、次々に男達が歩み出て大岩に挑んだ。
さすがにまともに押して動かせる者も機材を使って成功した者もおらず、次々と男達は去っていった。
ハンガンも動かせる気はしなかったが何もせずに引き下がりたくはなかった。
ハンガンが最後だった。
ハンガンは土を掘れそうな道具を倉庫から探し出し、岩の周りに機材の先を差し入れると意外にも土を掻き出せることが分かった。
岩は土の上に出ている部分はがっしりとした円錐形に近かったが、土の下は下に向かって抉れていて不安定な形になっているように思えた。
掘り進む箇所を慎重に探り出ししばらく堀ってから、反対側に回って力を籠められる箇所を見つけ下に向けて思い切り力を込めた。
するとほんのわずかだが斜め下に動いた感触があった。
その場に残っていた数名の男と門番がそれを見ていた。
「結果は出たようですね」と門番は言った。
残っていた他の男達は、謝礼を受け取って帰っていった。