第33話 第二節 救出行 ー発動ー
文字数 2,390文字
ヤシマ、ハンガン、バンナイの三人は、刑場近く人気のない場所で作戦を練っていた。
いまや王の権威は絶頂にあり、十五年前の出来事以降は王に逆らう者、反発する動きを見せる者は皆無だったためこの者たちを助け出そうとする者が現れるなど誰もが予想できなかった。
また鉄柵の高さはどの建物よりも高く侵入できる者などいるはずがないと踏んだのか、夜の見張りは二人しかいなかった。
しかし、あの森で小さい頃からこの鉄柵以上の高さの木を登っていた二人にとって柵を乗り越えることは造作もないことだった。
扉には鍵がついているはずだ。一人を絞め上げれば手に入り、人々をここから出すことはできるだろう。しかし、貴族の暮らしで足が鍛えられていない人々を迅速に森まで連れていくのは簡単な事ではない。
森への道は二つある。
一つは山道だ。人の目に触れずに歩けるが、険しく貴族の足で歩ける道ではない。
もう一つは奴婢道だ。奴婢道は労働道でもあり奴婢たちの知恵と工夫で歩きやすく整備されている。しかし人の目につきやすく歩けない人間が出ればすぐに発見されるだろう。
「明日の晩決行だ。それまで俺は服と履物を調達してくる。では」
行きかけたバンナイの背中に「おやじ殿、ありがとうございます」とハンガンは言った。
バンナイは足早に去っていった。
「ヤシマ、『身の内に青虎飼う者』が十五年前に生まれた者の中にいるらしい。その者が王を喰らうという予言があったそうだ。俺はそれがヤシマ、お前じゃないかと思っている」
そう言ってハンガンはヤシマをしっかりと見た。
ハンガンの脳裏には、森での暮らしが鮮明に浮かんでくる。
小さい頃から負けず嫌いのヤシマは、力比べと名のつくものにはむきになって挑んでいた。
幼い頃、自分より身体が小さいアーサや女の子のチマナやシーナには手加減していたが、一回り大きく力が強いハンガンには何度も何度も勝つまで挑んできて、最後はとうとうハンガンが根負けした。
ヤシマがいたから自分も強くなれた。走るのも最初の頃はハンガンの方が速かった。
そのためヤシマは悔しがって口をとがらせていた。
時が経つにつれ、徐々にヤシマは一人で森の奥に出かけることが多くなり日が暮れても帰って来ない日もあった。その頃になると、走るのも組み手もハンガンが負けるようになってきた。
だからハンガンは、これほどまでに強い意志を持ち自分を鍛え追い込んでいくヤシマの身の内に青虎がいても、それは不思議でもなんでもなく当たり前のような気がしていたのだ。
「いや、俺ではない。そんなものはいない。でも俺が必ず王を討つ。それだけだ」
ヤシマは言った。
二人は武器に変えられそうなものを探し始めた。
ひんやりと湿った空気に包まれた夜だった。
バンナイが持つ小さなランプの光が鉄柵の存在を示した。
鉄柵は見上げるほどの高さだ。先端は鋭利で、来るものを突き刺すようになっていた。
最上部は侵入者が出ないよう足場になる横棒がないが、軽業師さながらの身体能力を持っているヤシマとハンガンは簡単に乗り越えるだろう。
柵を乗り越える役はヤシマが担うことになった。
ヤシマは鉄柵に足をかけ、するすると鉄の棒を上っていく。
足場にする横棒が無くなりヤシマは鋭く尖った先端に腕の力でたどり着いた。
そこから先端を避けて反対側にすべりこんだ。
柵の内側の警備二人がいる小屋から明りが洩れ、笑い声が聞こえていた。
高々と聳え立つ鉄柵はゆうに人の身長の十倍はあろうか。
この頑強で、鋭い切っ先が並ぶ鉄柵を乗り越える者など誰もいないと思っているのだろう。
ヤシマは音もなく走って小屋の中に飛び込んだ。
侵入者に気付き「あっ」という小さな声を発するやいなや警備の二人は意識を失った。
ヤシマが柵の外側にいるバンナイが手にする小さな灯りを目指して走ってきた。
ガチャリと音がして扉が開き、ハンガンとバンナイは柵の内側へと入り込んだ。
灯りをかざしながら囚われの人達がいる位置を確認すると、三人は向かって行った。
囚われの人々は灯りが近づいてくるのを茫然と見ていた。
灯りが大きくなりハンガンの姿を認めると、りりが立ち上がって床から飛び降りようとした。それを他の者が止めていた。
「りり様。皆様」とハンガンが呼びかけた。 りりの瞳が喜びで大きくなった。
「ここから皆様を出します。朝になれば追手がかかりますから、迷っている暇は一時もありません」ハンガンが言った。
続いてバンナイが「このぼろ服に着替えてください。奴婢に近い姿をしていただきます」と険しい表情で言った。
「待ってくれ。森というのは『おそろしの森』のことか」
疲労困憊し意識朦朧となっていた貴族の当主が言った。そして、少しの間を置き
「有り難い。しかし、助かったとしても一生追われる身。王は私を見せしめにしなければ気が済まぬ。 王の追及に容赦はない。私だけでもここに残れば追及の手も緩むだろう。こうなったのも全て私の責任だ。今回の件で家の従者たちは、奴婢に身を落として家族から離され生涯を送る。当主の私が刑から逃れることはできぬ。だから他の者たちを助けてくれ」と当主は早口でそう言った。
「御館さま、私も共にありたいと思います。もとはといえば私が原因ですから、子どもたちを助けてもらえれば充分です。ついていけば足手まといになって子どもたちを危険にさらしてしまいます」一の妻でりりの母が言った。
続いて「私も同じです。充分生きました。子どもが助かれば本望です」と二の妻が言い
「私もです。楽しゅうございました。子どもをお願いします」と三の妻も続いた。
「私も父母とともにいます。私がこのようにしてしまいましたから」
りりが決然とした声で言った。
「お前は生きなさい。これまでの苦労が泡になる」当主は強く言った。
いまや王の権威は絶頂にあり、十五年前の出来事以降は王に逆らう者、反発する動きを見せる者は皆無だったためこの者たちを助け出そうとする者が現れるなど誰もが予想できなかった。
また鉄柵の高さはどの建物よりも高く侵入できる者などいるはずがないと踏んだのか、夜の見張りは二人しかいなかった。
しかし、あの森で小さい頃からこの鉄柵以上の高さの木を登っていた二人にとって柵を乗り越えることは造作もないことだった。
扉には鍵がついているはずだ。一人を絞め上げれば手に入り、人々をここから出すことはできるだろう。しかし、貴族の暮らしで足が鍛えられていない人々を迅速に森まで連れていくのは簡単な事ではない。
森への道は二つある。
一つは山道だ。人の目に触れずに歩けるが、険しく貴族の足で歩ける道ではない。
もう一つは奴婢道だ。奴婢道は労働道でもあり奴婢たちの知恵と工夫で歩きやすく整備されている。しかし人の目につきやすく歩けない人間が出ればすぐに発見されるだろう。
「明日の晩決行だ。それまで俺は服と履物を調達してくる。では」
行きかけたバンナイの背中に「おやじ殿、ありがとうございます」とハンガンは言った。
バンナイは足早に去っていった。
「ヤシマ、『身の内に青虎飼う者』が十五年前に生まれた者の中にいるらしい。その者が王を喰らうという予言があったそうだ。俺はそれがヤシマ、お前じゃないかと思っている」
そう言ってハンガンはヤシマをしっかりと見た。
ハンガンの脳裏には、森での暮らしが鮮明に浮かんでくる。
小さい頃から負けず嫌いのヤシマは、力比べと名のつくものにはむきになって挑んでいた。
幼い頃、自分より身体が小さいアーサや女の子のチマナやシーナには手加減していたが、一回り大きく力が強いハンガンには何度も何度も勝つまで挑んできて、最後はとうとうハンガンが根負けした。
ヤシマがいたから自分も強くなれた。走るのも最初の頃はハンガンの方が速かった。
そのためヤシマは悔しがって口をとがらせていた。
時が経つにつれ、徐々にヤシマは一人で森の奥に出かけることが多くなり日が暮れても帰って来ない日もあった。その頃になると、走るのも組み手もハンガンが負けるようになってきた。
だからハンガンは、これほどまでに強い意志を持ち自分を鍛え追い込んでいくヤシマの身の内に青虎がいても、それは不思議でもなんでもなく当たり前のような気がしていたのだ。
「いや、俺ではない。そんなものはいない。でも俺が必ず王を討つ。それだけだ」
ヤシマは言った。
二人は武器に変えられそうなものを探し始めた。
ひんやりと湿った空気に包まれた夜だった。
バンナイが持つ小さなランプの光が鉄柵の存在を示した。
鉄柵は見上げるほどの高さだ。先端は鋭利で、来るものを突き刺すようになっていた。
最上部は侵入者が出ないよう足場になる横棒がないが、軽業師さながらの身体能力を持っているヤシマとハンガンは簡単に乗り越えるだろう。
柵を乗り越える役はヤシマが担うことになった。
ヤシマは鉄柵に足をかけ、するすると鉄の棒を上っていく。
足場にする横棒が無くなりヤシマは鋭く尖った先端に腕の力でたどり着いた。
そこから先端を避けて反対側にすべりこんだ。
柵の内側の警備二人がいる小屋から明りが洩れ、笑い声が聞こえていた。
高々と聳え立つ鉄柵はゆうに人の身長の十倍はあろうか。
この頑強で、鋭い切っ先が並ぶ鉄柵を乗り越える者など誰もいないと思っているのだろう。
ヤシマは音もなく走って小屋の中に飛び込んだ。
侵入者に気付き「あっ」という小さな声を発するやいなや警備の二人は意識を失った。
ヤシマが柵の外側にいるバンナイが手にする小さな灯りを目指して走ってきた。
ガチャリと音がして扉が開き、ハンガンとバンナイは柵の内側へと入り込んだ。
灯りをかざしながら囚われの人達がいる位置を確認すると、三人は向かって行った。
囚われの人々は灯りが近づいてくるのを茫然と見ていた。
灯りが大きくなりハンガンの姿を認めると、りりが立ち上がって床から飛び降りようとした。それを他の者が止めていた。
「りり様。皆様」とハンガンが呼びかけた。 りりの瞳が喜びで大きくなった。
「ここから皆様を出します。朝になれば追手がかかりますから、迷っている暇は一時もありません」ハンガンが言った。
続いてバンナイが「このぼろ服に着替えてください。奴婢に近い姿をしていただきます」と険しい表情で言った。
「待ってくれ。森というのは『おそろしの森』のことか」
疲労困憊し意識朦朧となっていた貴族の当主が言った。そして、少しの間を置き
「有り難い。しかし、助かったとしても一生追われる身。王は私を見せしめにしなければ気が済まぬ。 王の追及に容赦はない。私だけでもここに残れば追及の手も緩むだろう。こうなったのも全て私の責任だ。今回の件で家の従者たちは、奴婢に身を落として家族から離され生涯を送る。当主の私が刑から逃れることはできぬ。だから他の者たちを助けてくれ」と当主は早口でそう言った。
「御館さま、私も共にありたいと思います。もとはといえば私が原因ですから、子どもたちを助けてもらえれば充分です。ついていけば足手まといになって子どもたちを危険にさらしてしまいます」一の妻でりりの母が言った。
続いて「私も同じです。充分生きました。子どもが助かれば本望です」と二の妻が言い
「私もです。楽しゅうございました。子どもをお願いします」と三の妻も続いた。
「私も父母とともにいます。私がこのようにしてしまいましたから」
りりが決然とした声で言った。
「お前は生きなさい。これまでの苦労が泡になる」当主は強く言った。