第25話 第七節 決心 ー守護ー

文字数 2,055文字

 ヤシマの用心棒としての生活は、ヤシマにとって初めてのことばかりでしきたりや作法も多く気を張らなければならない場面が多かった。
 盗賊を相手にしている方がまだ楽だと感じたほどだった。
 田や畑が広がる地は、一見すると穏やかで平和に満ちているかのように見える。
 しかし、用心棒をしながら見たものは、半死半生で働かされ怪我や病気になっても休むことも手当てすらも許されない奴婢たちの姿だった。
 この国はこの人たちの犠牲の上に成り立っている。
 ヤシマはそう感じ取っていた。
 夜になると、地主の家の裏にある蔵の一隅に設えられた自分の寝部屋から抜け出し、病気や怪我をした奴婢達の小屋に向かうのだった。
 そのとき森から持ってきた薬草が役に立った。
 赤子の命を簡単に奪った冷酷な王。
 奴婢たちの働きの上で生きる人々を生み出した王。
 自分から本当の家を奪った王。
 王の命を狙う理由は整っている。
 一片の迷いもない。
 ヤシマは地主に呼ばれた。
 「近隣の『田村』から頼まれましてねぇ、税納めをするのにあんたについてもらいたいというんですよ。異存はございませんねぇ。あんたには充分な食事と、用心棒の仕事がないときは自由にさせているんです。ようございますね。税はね、作物が獲れるたびに納めなければならないんです。やっと納めたと思ってもすぐ次だ。あんたも忙しくなりますよ」
 「もちろんです。隣村からはいくらもらうことになるんですか。あなたが、ただで俺を隣村に貸すとは思えない」
 はっとしたような顔をしてヤシマを見ると、頭を掻きながら
「これは参りましたねぇ。あちらも作物を運ぶごとに盗られてしまったら、自分達の食いぶちがなくなるんだ。奴婢が泣くことになりますから。 あんたがいてくれると、その村も、あんたを貸す私の村も助かるんですよ。まして大嵐の後ですからね、作物はいつにもまして大切なんですよ」
 ヤシマは頷きながらも、からかうように
「私の村も…ではなく、私も…でしょう。俺は構いません。承知しました」
 「奴婢たちも喜びますよ。村々関係なく思い合っていますからね、あんたが好きな奴婢達は。ずいぶん助けているようじゃないですか。こちらも奴婢が元気でないと働き手が不足しますんでありがたいことですわ」カムルは満足そうにそう言った。
 ヤシマは『田村』の税納めに随行した。
 やはり『川村』の税納めで現れた賊が襲いかかってきたが、あらかじめ携えてきた木刀一本で追い払った。
 東田宗家管轄を始めとして他の領家の村からも次々『川村』の地主からヤシマを借り出し、ヤシマの名は『東田の道』沿いに瞬く間に知れ渡った。
 税納めの荷が通るたび、付き添うヤシマに会釈する者も現れた。
 賊は、五人から七人、十人と人数を増やして襲撃したが、その度にヤシマはこれを全て返り討ちにしていた。
 あの森で、過酷な環境を生き抜き養い親のバンナイに鍛えられたヤシマにとって、賊の襲撃など取るに足りないものだった。
 なかには、税納めの仕事で三人の兄をそれぞれ賊に襲われ失っているという奴婢がいた。
 ヤシマに話しかけたいが話しかけられないでいる様子にヤシマの方が気付き「何かありますか?」と話しかけると、その奴婢はパッと笑顔を向け
「ありがとうございました。おらは三人兄ちゃんがいたけどみんな賊に殺されちまったで、あんた様のお陰でおらは命拾いしました」と何度も頭を下げられた。
 そして賊はとうとう『東田の道』に現れなくなっていた。
 「おー、あのお人だよ、例の人」
 「えー、どこだい? ずいぶん若い人だなあ」
 「いくつぐらいだい?」
 「知らねえよ。見たとこ十七、八ってとこかなあ」
 どんなに自分のことが話題になっていても、ヤシマの表情が変わることはなく視線すら動かなかった。
 村人や奴婢達の身を守れることは、ヤシマにとって安らぎを与えてくれるものではあったが、ヤシマの中にはある焦りも生まれていた。
 このままの生活を続けていてはいつまでも王宮に近づくことはできない。
 王の命を狙うなど夢のまた夢だ。
 ヤシマは、夕暮れどきになると近くの山に入り一人密かに木切れを使った手製の弓矢を作り射る練習を始めていた。
 俺は『王の矢』の生まれだったな。バンナイは別れ際にそっとヤシマに耳打ちをしていた。
 「お前の名前のヤは『王の矢』から来ている。だからお前は武人の家の子ということになる。お前に教えてやれるのはこれだけだ。俺が知っている全てだ」
 そう話してくれたことを思い浮かべた。
 自分が武術に傾倒していったのは、血が成せる技だったのか。
 王を近くで守る家に生まれた俺が、王の命を狙っているという運命の皮肉にヤシマはふっと苦笑いをしたが、決意は揺らぐことなくますます思いは強くなった。
 もしこれから王の近くに行くことができたとしても、王の周りには武人が厚く取り囲み拳や剣ではとても届かない。
 武人はこれまで相手にしてきた賊とは訳が違うのだ。となれば矢しかない。
 いまやれることは矢の修練を積むことだけだ。

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