第26話 第七節 決心 ー噂ー
文字数 1,292文字
川村の四回目の税収めのときだった。
道行く人たちの大きな声での会話は否が応でも耳に入った。
その内容は耳を塞ぎたくなるものだった。
「どうやら決まったらしいぞ。お気の毒に。ご一家は磔だとよ」
「守りの武人や家人たちまでも重い処罰を受けるようだぞ」
「お嬢様だったそうだ。 奥の奥で密かに育てられたんで、ご家族とほんの数人のお世話係しか知らなかったそうだが、外に出ておられたところを、家人に見られちまったそうな」
「ほう、それでそれで?」
「見たそいつが阿呆だったんだな。賢い奴なら事情を察して黙っていられたんだろうが、その日の宿下がりのときにそいつが自分の女房に、見知らぬお嬢様がいたと話しちまったんだそうだ。その女房がおしゃべりでよ、あることないこと尾ひれをつけて自慢げに言っちまったもんだから、そこをたまたま通りかかった『王の耳』の武人に聞かれちまったんだよ」
「『王の耳』の方たちてぇのは王様直属だろう。相手が悪かったなあ」
「そうよ、かわいそうによ。すぐに『王の耳』が来て調べられ、あの年に生まれたお子とわかっちまったというわけさ」
「そのご貴族様は、御山宗家代表の従弟に当たる方だろう。そのご当主には三人の奥方様と何人かのお子様がいて、ご長男には子ができたばかりだとよ。どうやらその小さいお孫様までも処刑されるそうだぞ。しばらくは見せしめのためにご家族の生活ごと大広場で晒されるようだが、処刑を待つ日々だなんてつらいだろうよ」
「何もそこまでよう」
「しっ、声が大きい。噂話まではいいが、政(まつりごと)への批判は身が危ねぇぞ。そこまでそこまで」
その会話を耳にし、ヤシマは暗澹たる気持ちになった。
自分をバンナイに託したのが『王の矢』の一人なら、貴族一家を処刑するのもおそらく彼らだ。
同じ年に生まれたその赤子は親もとで秘密裡に育ち、ふとした油断から存在が知られてしまったんだろう。
ふいに「さっきの連中の話だがね、奴らは御山宗家が支配する、『本山の道』の隣の通りなんでさ、だから御山宗家筋の出来事はどこの街より早く届くんでしょうね。俺ら地方の農地に住んでる者にとっちゃあ関係のない話なんだがね」
荷車のすぐ後ろを、ヤシマと歩くようになっていたカムルがヤシマに並びかけ、小声で話しかけてきた。
この男も気になっているのだ。
地主は奴婢達には全く話しかけない。奴婢達もそれが当然のようにただ黙々と荷車を引いている。
ヤシマを武術に駆り立てたものは怒りだった。
その怒りの源は、自分達六人が森で育つことになった経緯や世の情勢を育ての親から伝え聞いたことに因るものだ。
しかし、バンナイが「ただ生きろ。生きるだけでよい」と言った世界は理不尽そのものだった。
この世の不条理を生々しく目の前にすると、ヤシマの深奥の怒りはますます燃え滾(たぎ)るのだった。
自分にとっては何の所縁もない貴族の処刑だった。
しかし、王の残虐に何もせずにいられるほど、ヤシマの怒りは浅くなかった。
どうやら 『本山の道』から街あいに入る通りを抜けた先に刑場があって、そこに晒されているようだ。
道行く人たちの大きな声での会話は否が応でも耳に入った。
その内容は耳を塞ぎたくなるものだった。
「どうやら決まったらしいぞ。お気の毒に。ご一家は磔だとよ」
「守りの武人や家人たちまでも重い処罰を受けるようだぞ」
「お嬢様だったそうだ。 奥の奥で密かに育てられたんで、ご家族とほんの数人のお世話係しか知らなかったそうだが、外に出ておられたところを、家人に見られちまったそうな」
「ほう、それでそれで?」
「見たそいつが阿呆だったんだな。賢い奴なら事情を察して黙っていられたんだろうが、その日の宿下がりのときにそいつが自分の女房に、見知らぬお嬢様がいたと話しちまったんだそうだ。その女房がおしゃべりでよ、あることないこと尾ひれをつけて自慢げに言っちまったもんだから、そこをたまたま通りかかった『王の耳』の武人に聞かれちまったんだよ」
「『王の耳』の方たちてぇのは王様直属だろう。相手が悪かったなあ」
「そうよ、かわいそうによ。すぐに『王の耳』が来て調べられ、あの年に生まれたお子とわかっちまったというわけさ」
「そのご貴族様は、御山宗家代表の従弟に当たる方だろう。そのご当主には三人の奥方様と何人かのお子様がいて、ご長男には子ができたばかりだとよ。どうやらその小さいお孫様までも処刑されるそうだぞ。しばらくは見せしめのためにご家族の生活ごと大広場で晒されるようだが、処刑を待つ日々だなんてつらいだろうよ」
「何もそこまでよう」
「しっ、声が大きい。噂話まではいいが、政(まつりごと)への批判は身が危ねぇぞ。そこまでそこまで」
その会話を耳にし、ヤシマは暗澹たる気持ちになった。
自分をバンナイに託したのが『王の矢』の一人なら、貴族一家を処刑するのもおそらく彼らだ。
同じ年に生まれたその赤子は親もとで秘密裡に育ち、ふとした油断から存在が知られてしまったんだろう。
ふいに「さっきの連中の話だがね、奴らは御山宗家が支配する、『本山の道』の隣の通りなんでさ、だから御山宗家筋の出来事はどこの街より早く届くんでしょうね。俺ら地方の農地に住んでる者にとっちゃあ関係のない話なんだがね」
荷車のすぐ後ろを、ヤシマと歩くようになっていたカムルがヤシマに並びかけ、小声で話しかけてきた。
この男も気になっているのだ。
地主は奴婢達には全く話しかけない。奴婢達もそれが当然のようにただ黙々と荷車を引いている。
ヤシマを武術に駆り立てたものは怒りだった。
その怒りの源は、自分達六人が森で育つことになった経緯や世の情勢を育ての親から伝え聞いたことに因るものだ。
しかし、バンナイが「ただ生きろ。生きるだけでよい」と言った世界は理不尽そのものだった。
この世の不条理を生々しく目の前にすると、ヤシマの深奥の怒りはますます燃え滾(たぎ)るのだった。
自分にとっては何の所縁もない貴族の処刑だった。
しかし、王の残虐に何もせずにいられるほど、ヤシマの怒りは浅くなかった。
どうやら 『本山の道』から街あいに入る通りを抜けた先に刑場があって、そこに晒されているようだ。