第41話 第五節 別れ ー奴婢ー ー訣別ー
文字数 1,271文字
ー奴婢ー
大嵐は、各地に甚大な被害をもたらし倒壊した家も多かったが、奴婢たちの小さな簡素な家はほとんど被害を受けていなかった。
奴婢の住む区域は他の身分の者たちが住む区域とは遠く離れている。
奴婢たちは、奴婢たちだけに伝わる様々な知恵で、道は働きやすく整備され家も見かけとは違い強固に造られていたのだ。
日がとっぷりと落ちて何も見えなくなった頃、作業が終わり奴婢たちはそれぞれの小屋に戻っていく。
粗末な掘立小屋に家族親族がひしめいていた。
奴婢たちは、家族、親族が共に暮らすようになっている。身を寄せ合い守り合って暮らし近隣との付き合いで子どもができれば奴婢は絶えない。
街で下働きが必要ならその年頃の子どもや若者が連れ去られる。
奴婢たちに拒むことは許されなかった。
子どもに心をかければ別れは辛くなる。それでも家族仲良く暮らす奴婢たちの家族への思いは強かった。
奴婢たちは、理不尽な日々に耐え泣きたいほど辛いことも受け入れて抗うこともなく生きている民だった。
ー訣別ー
妻に先立たれた夫と日々を過ごして一か月が過ぎたある夜、アーサに向かって夫が言った。
「ここを出て行きなされ。俺はもう長くない。そろそろ迎えが来る。最近おっかぁの夢を見るんだ。にこにこ笑って手を出してくれとる。その手をもう取りたいんだ」
その目は優しさに溢れていた。そして、
「奴婢村の最長老の家がずっと先の黒森の入り口にある。 畑の仕事ができないほどの高齢の方だ。 見張りが森の奥に捨ててこいと言ってこのお方を若い衆が森にお運びしたんだ。だがな、このお方は『白蛇様の力宿す者』、特別なお方だ。 見張り達にはわからねぇが、この長老は黒森でまだ元気に生きておられる。 森の奥には小さな祠があるそうで、そこを守っておられる。作物のことでわからないことや困り事があると、若い衆は夜秘かにこの長老のところに行くんだ」
アーサは息を呑んだ。
『白蛇の力宿す者』が近くに存在していることに感嘆したのだ。
「知りたいのだろう我らのことを。奴婢に心を向けて奴婢のことを深く知りたいなどと思うお人は見たことがない。あんたはありがたいお人だ。わしら夫婦が亡くなる前にあんたに会えたことは、白蛇様のお導きだ。これはお恵みなんだ。本当にありがとうございます。今夜ここを出なされ」
日に日に弱っていく夫の姿を見てきた。
アーサは夫が長くないことを感じていた。
夫を看取りたいと思ったし、そのときが来たら葬るのは自分だと決めていた。
「お二人は命の恩人です。僕の方こそお二人は大きな恵でした。だから…」
「あんたがいると俺も地に帰れなくなる。さぁ行きなされ。もうここには戻ってこんでいい。生きる希望をくれたあんたは光のようなお人だ。あんたが知りたいことを学べば、ここで生きる者たちは少しでも楽になるような気がするんだ。 妻が亡くなって一人になった寂しさをあんたはずっと埋めてくれた。 俺ももうすぐあいつのところへ行く。あんたはきっと知ったことを生かせるお人だよ」
アーサは深々と老人に頭を下げた。
大嵐は、各地に甚大な被害をもたらし倒壊した家も多かったが、奴婢たちの小さな簡素な家はほとんど被害を受けていなかった。
奴婢の住む区域は他の身分の者たちが住む区域とは遠く離れている。
奴婢たちは、奴婢たちだけに伝わる様々な知恵で、道は働きやすく整備され家も見かけとは違い強固に造られていたのだ。
日がとっぷりと落ちて何も見えなくなった頃、作業が終わり奴婢たちはそれぞれの小屋に戻っていく。
粗末な掘立小屋に家族親族がひしめいていた。
奴婢たちは、家族、親族が共に暮らすようになっている。身を寄せ合い守り合って暮らし近隣との付き合いで子どもができれば奴婢は絶えない。
街で下働きが必要ならその年頃の子どもや若者が連れ去られる。
奴婢たちに拒むことは許されなかった。
子どもに心をかければ別れは辛くなる。それでも家族仲良く暮らす奴婢たちの家族への思いは強かった。
奴婢たちは、理不尽な日々に耐え泣きたいほど辛いことも受け入れて抗うこともなく生きている民だった。
ー訣別ー
妻に先立たれた夫と日々を過ごして一か月が過ぎたある夜、アーサに向かって夫が言った。
「ここを出て行きなされ。俺はもう長くない。そろそろ迎えが来る。最近おっかぁの夢を見るんだ。にこにこ笑って手を出してくれとる。その手をもう取りたいんだ」
その目は優しさに溢れていた。そして、
「奴婢村の最長老の家がずっと先の黒森の入り口にある。 畑の仕事ができないほどの高齢の方だ。 見張りが森の奥に捨ててこいと言ってこのお方を若い衆が森にお運びしたんだ。だがな、このお方は『白蛇様の力宿す者』、特別なお方だ。 見張り達にはわからねぇが、この長老は黒森でまだ元気に生きておられる。 森の奥には小さな祠があるそうで、そこを守っておられる。作物のことでわからないことや困り事があると、若い衆は夜秘かにこの長老のところに行くんだ」
アーサは息を呑んだ。
『白蛇の力宿す者』が近くに存在していることに感嘆したのだ。
「知りたいのだろう我らのことを。奴婢に心を向けて奴婢のことを深く知りたいなどと思うお人は見たことがない。あんたはありがたいお人だ。わしら夫婦が亡くなる前にあんたに会えたことは、白蛇様のお導きだ。これはお恵みなんだ。本当にありがとうございます。今夜ここを出なされ」
日に日に弱っていく夫の姿を見てきた。
アーサは夫が長くないことを感じていた。
夫を看取りたいと思ったし、そのときが来たら葬るのは自分だと決めていた。
「お二人は命の恩人です。僕の方こそお二人は大きな恵でした。だから…」
「あんたがいると俺も地に帰れなくなる。さぁ行きなされ。もうここには戻ってこんでいい。生きる希望をくれたあんたは光のようなお人だ。あんたが知りたいことを学べば、ここで生きる者たちは少しでも楽になるような気がするんだ。 妻が亡くなって一人になった寂しさをあんたはずっと埋めてくれた。 俺ももうすぐあいつのところへ行く。あんたはきっと知ったことを生かせるお人だよ」
アーサは深々と老人に頭を下げた。