第82話 第一節 宮廷 ー急転ー

文字数 2,602文字

 「話を聞かせてもらおう。もはや貴族も武人もなかろう。君たちの話を聞かせてくれ」
 中浜宗家に代わって、『王の頭』を取り仕切るべく西畑宗家の当主が中央に歩み寄って、揃った六人を見つめそう言い、アーサの父の東山宗家の当主に歩み寄り深く頷いた。
 ヤシマの父が、
「私は王の直近にいながら王命に従わずお前達を騙していた。申し訳ない。しかしこれを機に守るべきは何か、考え直し武人とは何をなすべきなのか考えるときだと思う」と語った。
 武人達は一瞬の戸惑いの後相槌が徐々に広がっていった。

 王家の人々が呼ばれ、武人たちも加わって、広間ではその後長い間、話し合いが行われた。
 五人は御山宗家の当主には伏せていた伝説の続きを話す決断をした。
 アーサが中心となって、まずいままでの経緯を説明した。
 説明の中で、チマナが伝説歌をすらすらと暗唱した。
「その昔天空にて、病得て苦しむ虎あり。
その病 虎の 身勝手粗暴の振る舞い多くして、神より罰を受けしものなり。周囲皆その様をみて、笑うなり。一匹の白蛇現れ、虎に水運ぶなり。遠き森の青き湧き水 神の御心宿す清水、病癒す力あり。虎、かの水にて本復す。虎、白蛇に頭下げるや、身、青く変化するなり」
 それは貴族もすでに武人も周知していた。
 アーサは、思い切って続けた。
 「それには続きがあったのです。我らも最近養い親に聞いて知ったことです。それは 

地に生まれ森に集いし六芒星
大地に広がり、縮み縮み、縮みし時
地は源に還る 

というものです」
 言葉を切った。

 「それはどういうことだ。地は源に還るとは」貴族の一人が聞いた。
 「私たちにもわかりません」アーサが答えた。
 「ちょっと待て。頭が追いつかん。その六芒星がお前たち六人だというのか?」
 「それもわかりません。養い親はそう言っています」アーサは答えた。
 「『地は源に還る』とはどういうことか、お前達に当てはあるのか?」
 「この地は、いまは奴婢として働かされるだけの民がもともと住んでいた地です。王家が侵略し移り住んだ民が奴婢以外の民です。この地の人々は、穏やかで平和を愛し誰をも受け入れる民だったといいます。いまも奴婢であることを受け入れ、不平不満一つ言わずに、外から来た民に尽くしています。奴婢たちに国を還す。そうする時期が来ていると理解しています」
アーサの言葉を聞いて、一様に戸惑いの表情が現れた。
 「地が源に還ったとき我らはどうなる。我らの暮らしはどうなる」貴族の一人が呟いた。
 「到底容認できるものではない。自分たちがどうなるかわからないものに力を貸すなど、できない…」
 貴族から本音が次々飛び出してきた。
 そして戸惑いは怒りに変わっていった。
 「お前たちは、国の転覆を考えているのか…」
 「それではサンコに率いられる方がまだましではないか…」
 「奴婢は我らのために働くものだ…」

 六人はいったん退席を請われた。貴族や武人で話し合うという。
 アーサの父とヤシマの父は、会議に出席することをためらったが、貴族や武人から請われて会議に参加した。
 長い時間をかけて話し合いは続いた。
 一部屋を与えられた六人は、シーナを取り囲んだ。
 「良かった! シーナ。会いたかったぞ」テナンが言った。
 シーナは何度も頷いた。
 「シーナ。よく頑張ったね。私たちを助けてくれてありがとう」
 チマナは泣きながら言った。
 「私の方こそ。みんな、私を助けにきてくれてありがとう」
 シーナも泣いていた。
 「俺たちはまた一緒に暮らしても大丈夫なんだよ」テナンが言った。
 それを聞くとシーナは
 「え? 本当? 離れ離れにならなくていいの? 私もうみんなに一生会えないのかと思ってた…」と言って頽(くずお)れて床にしゃがみ込んだ。
そして「嬉しい…」と小さく呟いた。
 「シーナ。アーサがシーナの生まれについて調べてくれたよ。それを聞くと、俺たちはシーナにずっと守ってもらっていたことがわかったんだ」
 ハンガンはいつもの優しい表情で言った。
 シーナは驚きの表情を浮かべた、
 「守ってもらっていたのはいつも私だった。みんなが守ってくれた。いまだってそうだよ」とシーナは言い、そしてアーサに向かい「アーサ、本当なの?」と訊いた。
「本当だよ。僕はシーナのおじいちゃんとおばあちゃんに命を救われたんだ。それで一緒にいる間に、シーナの生まれについて知ったんだ。僕はすごく嬉しかったんだ。シーナのことがわかって。ゆっくり話すからね、聞いて」
 アーサは、自分に起きたこと、長老から聞いた全てのことをシーナに伝えた。
 他の四人もじっくりと聞きながらシーナを見守った。

 やがて貴族と武人の合同会議場に通された六人に告げられたのは以下の内容だった。

サンコは追放とすること。
他国侵攻を取りやめること。
六名の罪は問わず自由な生存を認めること。
二人の父についてはその罪を不問にし、これまでの地位を保持し王宮に勤めること。
六人の子どもの政治への関与はこれを認めず、政に困難が生じたときに相談役として参加する特権を与えること

 アーサとヤシマの父は、子どもたちの話に理があり、ここが改革の好機だと主張したが、長きにわたって奴婢の犠牲を享受してそれが当たり前だと浸み込んだ人々の意識を変えることは簡単ではなかった。 
 血を流さずシーナを奪還したが、見えざる本当の敵の大きさに六人は愕然とした。
 その後会議は続き、六人は王宮から出されることになった。
 決定を聞くや六人はすぐに退出した。
 アーサの父とヤシマの父は、貴族や武人の説得に力を尽くし最後まで粘り、やがて二人は話し合いの席から外れ、六人を追ってきた。
 「息子よ。妻が、お前の母がどうしても呪術師に預けると言って聞かなかったのだ。どうか母親に会いに来てほしい。お前に会えて立派に成長した姿を見ることができて私は幸せ者だ」とアーサの父は呼びかけた。
 アーサはテナンやハンガンに歩みを止められ、振り返って父に顔を向けると、笑顔になり頭をゆっくり下げた。
 ヤシマの父は涙を拭おうともせず、
「困ったことがあったら訪ねてくれ、六人みんなで。いや困ったことなどなくても訪ねてくれ…」と言い、後は声にならずそこまでで精いっぱいだった。
 ヤシマもチマナとシーナに歩みを止められ、父に顔を見せた。
 ヤシマも一度大きく頷いて背中を向け、六人は二人の父を残して宮殿を後にした。
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