第81話 第一節 宮廷 ー邂逅ー

文字数 3,067文字

 すると、武人の輪の前列から一人の大きな男が進み出た。
 その男は、五人に背中を向けると、武人達に向き合い両手を広げた。
 「私から討て」
 人物は大きな声で言った。
 「この者の一人は私の息子だ。それがいまわかった。私も子を呪術師に預けた」
 武人達に動揺が走った。
 冷たく見えるほどに涼やかなすっきりとした顔立ちが、五人の中の一人によく似ていた。
 この男は『王の矢』として長らく務め後進の指導にも当たっていた信頼厚き人物だったからだ。
 「私は『王の矢』でいながら王に背(そむ)いていたのだ。さぁ、私から討て!」と叫んだ。
 ヤシマは男の背中をじっと見つめた。
 ヤシマには森で暮らしていた頃から、周囲の状況をつぶさに観る習慣があった。
 武人の中でただ一人矢を向けていない人物がいるのを目にはしていたが…
 さらに、「私もだ!」と大きな声が響き渡り、声の主は貴族の群れから抜け出てきた。
 「私の息子も生きていた! この中に…もう会えぬものと諦めていた息子を見つけた! 御山宗家から昨日話が来たが、その中に息子がいようとは…もう思い残すことはない!」 
 細面の色の白さが際立つ貴族は、先に躍り出た人物の隣に並び、
「サンコ殿の支配するこの世に未練はない。息子は妻の面差しによく似ている。会えて本望!」と言い切った。
 今度は貴族達に動揺が生まれた。
 サンコはこの展開に驚き慌てた。
 貴族や武人達に考える間を与えてはならない。
 水を打ったように静まり返った大広間に、突然サンコの声が響いた。
 「黙れーーーー!早く撃てーー! いまだ! 何を迷っている。この五人をいや父親含めて七人を撃てー!」
 それは耳障りな金切り声だった。
 武人達はその声につられるように、下ろしかけていた矢を再び五人と父二人に向け弓を引き絞った。
 そのときだった。
 「やめてーっ!」
 その場にいた貴族や武人が宮廷で初めて聞くシーナの絶叫だった。
 シーナが両手を縛られたまま繋がれた綱とともに五人の前に、いや七人の前に飛び出てきた。
 綱を持っていた供の者は、いつもは動かないシーナがいきなり飛び出したためふいをつかれシーナに引きずられ後ろで転倒していた。
 「ビュン!」
 一人から放たれた一本の矢がシーナに向かっていた。
 その矢がシーナを突き刺す寸前、白蛇が現れた。
 矢は白蛇の腹に刺さった。
 さらに、シーナの動きを目の端にとらえたヤシマがそのままシーナを追い、少し遅れて白蛇の前に立ちはだかった。
 「ビュン、ビュン、ビュン」
 すでに放たれていた矢が続けざまにまさに飛び込んできたヤシマの背中に刺さった。
 すると、ヤシマはみるみる膨れ上がり服を突き破って青い生き物になり、青虎に姿を変え武人達に向き直り上から黄色い目で睨みつけた。
 人々の驚きの声を呑み込んで水を打ったような静けさが訪れた。
 引き絞られた弓から耐え切れずに飛び出した矢が遅れて青虎に刺さったが、青虎は微動だにしなかった。
 考える間を持った武人達は膝まずき、首を垂れ恭順の意を示した。
 貴族も同様だった。
 すると白蛇は瞬く間に姿を消し、青虎はみるみる人間の姿に戻っていった。
 素早く上着を脱いだハンガンが衣服を付けていないヤシマに被さり、ヤシマの腰に上着を巻き付けると、ヤシマを抱き抱えた。
 一方呆然と立ち尽くすシーナをチマナが抱きしめ、手首から綱を解いて投げ捨てアーサは自分の上着を脱いでヤシマの腕から着させた。
 テナンは、サンコに躍りかかり投げ飛ばすと、チマナが放った綱を取りサンコの両手を合わせその手首に巻き付けた。
 瞬く間に起こった一連のできごとを茫然と立ち尽くし見ていたサンコは、抵抗もできずテナンのなすがままにされた。
 「ありがとう。会いたかった…」
 チマナに抱えられながらシーナはつぶやいた。
 テナンが、アーサが、ハンガンが、意識を取り戻し立ち上がったヤシマが、シーナとチマナのところに集まり肩を抱き合い、六人は一つの塊になって喜び泣いた。
 貴族も武人もサンコもそれを黙って見つめていた。
 しばらくして、貴族と武人に向かってヤシマが静かに言った。
 「武人さん、あんたたちは王を守ってきた。王が倒れると、誰を守っていいのかその鍛えた力を何に使っていいのかわからずにいたはずだ。あんたたち今度はサンコの言いなりになってサンコ様を守るんですか。俺は王を矢で射た。俺たちがここで命尽きてもサンコを恨む者は必ず現れる。そして、いつかサンコもやられるんだ! そのあと誰を守るんですか。 王に成り代わり野望を持つ者を次々守るために、身体を鍛えその腕を磨くんですか」 
 ヤシマの父は目を閉じた。
 息子の話に深くうなずいているようだった。
 「いま目を覚ますのはあんたたち武人さんだよ。あんたたちが守るのはそんな輩じゃない。 民だ。罪なき民だ。この国に住むたくさんの人たちの腹を満たし豊かにしてくれる人々だ。そういう弱い人々だ。あんたたちだって、そうしたいって思ってるんじゃないのか!」とヤシマは言った。
 「サンコは、王と同じことをやりますよ。民のことなど一欠片も思っていない自分がのし上がることだけの卑劣な奴。隣国出兵だって必ずやる。そのとき、隣国に行くのはあなたたちだ。サンコはぬくぬくとして命令するだけです。隣国の土地をあなたたちに分けるとでも思うんですか。 奴婢たちは戦うことを好みません。 その奴婢を使って戦うのですか。奴婢たちは役には立ちません。心優しき民だからです。あなたたちが後ろにいても戦うのはあなたたちだ。奴婢たちは人を襲えないんですよ。かの昔、この地に攻め入ってきた王の祖先に抵抗することなく、入ってきた人々に国を譲りその人達のために働いてきたんだ。そんなこともわからない頭の持ち主を守りますか。御山宗家のご当主にはそれがわかっていただけなかった。残念です」
 アーサは言った。
 アーサがそう言うと、皆が一斉に御山宗家の当主を見た。
 当主は狼狽した。

 「サンコさん、あなたは僕たちの処置の仕方を誤りました」
 アーサは言った。
 「何?」サンコは言った。
 テナンが進み出た。
 「俺達はね、六人一緒にしてはいけなかったんだよ。一人ひとりなら襲うことは容易かった。まぁヤシマ以外はね。六人揃うと俺達にも計り知れない力が生まれるんです。シーナを狙えば俺達はたぶん五人とも青虎になるよ。誰か一人でもやられそうになったら、シーナは白蛇の本当の力を使うはずなんだ。 心優しき民たちの優しき神が真に怒る有様を見たいですか。武人さん達、誰かに従うのでなく偉くもない人間を守るのでなく、自分で考えて生きましょうよ。もうあなたたちの決意でそうできるんだからさ」
 アーサの父と名乗り出た東山宗家の当主が言った。
 「長きにわたって王命に背いていたこの私が言える立場ではないのはわかっているが、この者達の言うことには一理も二理もある。 そうは思いませんか。王はもういないのです。王存命のときだって我々は王の命に納得してはいなかったではありませんか。中浜宗家は白蛇の少女を切り札にして王族となり、政治の実権を握ろうとした。私達はそれを許してはいけなかった。再び狂気の王を作るところだった。ここからこの者達の意見を聞いて政(まつりごと)を立て直すべきだと思います」と静かに言った。
 アーサは父であるこの人物の言葉に耳を傾けた。
 御山宗家の当主がいきなり膝をついた。
 「申し訳なかった。わが身可愛さに勢いのある中浜宗家になびいてしまった」と言った。

 
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