第31話 第十一節 流されて ー老夫婦ー

文字数 1,276文字

 三日三晩の大嵐は、極度の疲労と長時間濡れたための低体温で気を失ったアーサをまるで木の葉のように国一番の大きな川へと運び『西畑の道』の奴婢地域へと連れていった。
 気が付いたとき額に触れている柔らかいものが一瞬冷たく感じて、アーサは顔を横にそむけた。
 少しすると冷たいと感じたものはすでに冷たくはなく、また冷たいものに触れたいと感じた。
 「なかなか熱が下がらんのう」
 「まだもう少しかかりますよ。熱さましの薬草が嵐にやられなくてよかった。そろそろ効いてくるころでしょう」年配の男と女の会話が聞こえた。
 熱を出しているのは僕だ。
 そう悟った瞬間激しい悪寒と頭痛、足腰の痛みが襲ってきた。
 それはかなりの激痛で思わずうなり声が出た。
 「あ、目を覚ました。良かったぁ気がつきましたね」と女性の声が言った。
 「まだ動いちゃだめだ、そのままそのまま。ゆっくり休まねば」という男の声も優しかった。   
 痛みは耐え難いものだったが、自分が人にやさしくされていることが不思議で安心したのか、アーサはまた眠りについた。
 僕はいまどこにいるのだろう…
 再び目が覚めたとき、アーサはそう思った。
 激しい悪寒と頭痛が消えてさっきよりだいぶ楽になっているが、手足を動かそうとすると少しの移動も痛みを伴う。
 しかし、なんとか起きられそうな気がして頭を上げて横を向いた。
 隣で眠っている老人の男の横顔がまだ未明の弱い光でうっすら見えた。
 何も上から掛けるものはなく、そのままごろんと横になっているという寝方だった。
 そしてさらにその奥の年老いた女性も顔をこちらに向け、腕を胸の前で合わせるようにして丸くなって眠っていた。
 自分の身体に掛けられている物が二人のものであることをアーサは悟った。
 森を出て養い親のバンナイや仲間と別れて以来、自分の身を案じてくれる人たちに会ったのは初めてだ。
 「お、起きなさったか」
 男が目を開け、起き上がってそう言った。
 女性も起きてアーサに向かいにっこりと笑った。
 「薬草が効きましたね。熱が下がったのでしょう」とアーサの目を見て小さな声で言った。
 「ありがとうございます」とアーサは声の限り言ってみたが、まだ声もよく出てはいなかった。
 「わしらはこれから仕事だからあんたはゆっくり寝ていなされ。こんなあばら小屋誰も調べに来んけど、起きても外には絶対に出てはならんよ。見つかったらわしらと同じ身分にされて一生ここで働かされる」
 男は、アーサの耳もとで声を抑えて低く小さな声で言った。
 そういうとまだ薄明かりの中を細く扉を開けて出て行った。
 森の中で目の前の小さな川があっという間に濁流となっていく様子がぼんやりと浮かんできた。
 自分はそこに落ちたのだ。
 濁流が自分をここに運んだのか…
 小さな小屋だった。扉は覗こうと思えば覗けるほどの穴が開いている。
 しかしよく目を凝らしてみると柱として使っている木は、細いわりに強くてまっすぐに伸び暴風にも靡かない木のように見えた。
 バンナイが以前この木は細いがとても強い木だと教えてくれた、それによく似ていた。

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