第47話 第三節 演舞場造り ー処刑場ー
文字数 2,259文字
季節は夏へと移り、ハンガンとヤシマは、貴族を救出したあの処刑場にあった。
森を出てまもなく、身分の差なく多くの人々が見ることができる壮大な演舞会を催すとの王令が出たことを知った。
同時に、二か月後の開催に向け、処刑場の改築工事に従事する者を募っていた。
従事者には報酬が出ることで、各所から様々な身分の者が集まってきた。
その報酬はその町村の地主や有力者の懐に入る仕組みのもと、多くの奴婢が送られた。
ハンガンとヤシマは、これぞ絶好の機会とばかりに従事者の一団に潜り込んだ。
そしてここ一か月半にわたってハンガンとヤシマは、流れ落ちる汗を光らせ黙々と作業に勤しんだ。
処刑場は、その姿を一変していた。
歌い踊るに十二分の広さがある舞台の、すれすれまで席が設えるようになっていた。
その周囲は一カ月の間に土盛りしてなだらかに外側に向け高くしてあり、後ろの席でも舞台が見えるようになっていた。
また、入りきらないほどの人が来ても、鉄柵越しであれば見えるように外側はさらに高くしてあり屋根も高く掛け替えられた。
以前は四方に扉の一枚もなく簡単な雨除けの屋根がかかっていただけの中央の床は外され、一辺に寄って渡り廊下分の幅を残して床を張り、三方向から見物できるように改装した。
大きな舞台の両端には次の出番を待つ人々の控室があり、裏手に舞台に沿って配した廊下があり、一隅から出入りできるようになっていた。
その渡り廊下には出演者が観客の目にさらされないように幕が張られ、鉄柵の外側にも出演者用の建物が造られ豪華な装いが施された。
ここで子女らの父親が処刑されたことや幾多の者達が血を流したことなど想像できないほどだった。
王家と守護の武人らが座る王宮席だけは、がっしりとした柱によって高く広く造られその背後には厚い壁が設えられた。
これはどこからでも自分の姿を晒すような構造になっており、敵に晒されることも厭わぬ王の並々ならぬ自信が垣間見られた。
これまでにない催しに人々は心躍らせ祭りのような盛り上がりを見せていた。
職人や商人など街あいの人々は、寄ると触るとその話で立ち止まり群れができた。
農場では地主に王からの特別な達しが届き、農作業に支障が出ない程度に農夫たちを連れてくるようにとあった。
農夫たちは作業を奴婢達に任せ初めての旅支度をして、大人数で会場へと向かった。
街に武人が来て、催し物を募るために芸人を訪ね城へと招いた。
芸人達は、その報酬もさることながら多くの聴衆の前で芸を披露することから出演を快諾した。
自ら城に出向いて自薦する者もおり、そのあまりの多さに厳選する必要があった。
舞台造りの指揮を取る大工は各所から集められた奴婢を調べようもなく、よく身体を動かす二人を重宝した。
「おーい、そこの若いの二人、今度は外にいけっ」
「へい」二人は素直に指示に従った。
夜は雨でない限りその場で雑魚寝だった。
粗末な食事が朝と昼に出たが、奴婢達は体力の限界まで働かされ疲れ切っていた。
体調を崩す者も相次ぎ、そのまま帰させると同じ村から新しい奴婢が補充された。
ヤシマは、怪我をした者には血止めの薬草を、腹痛を起こす者には虫下しの薬草を飲ませ奴婢たちを支えた。
ハンガンもまた疲労で力が出ない奴婢に代わって力仕事を買って出た。
そうしながら会場となるこの場の造りを頭に叩き込んだ。
これが舞台造りを手伝う目的であったから。
二人は、美しく演舞場ができ上がっていくにつれ緊張が増しているのを感じていた。
作業をする中で、王令の噂は嫌でも二人の耳に入ってきた。
中でも『おそろしの森』の木々を伐採し探索の手が入ったという話を聞いて以降、ハンガンの眠れない日々が始まった。
「眠れないのか」とヤシマが小声で言った。
二人は起きあがりその場を離れ、誰にも聞かれないところまで歩いていった。
「大丈夫だ。おやじ殿がついてる。鷹もいてくれる」
ハンガンは不安な気持ちを振り払うかのようにそう言った。
「それより矢の準備だ。二人で削れば相当鋭くなる。一本でいけるのか?」とヤシマに聞いた。
「それ以上は無駄だ。一回でも外したら周りの兵が王を取り囲んで隠してしまうだろう。今度はこっちが見つけられて的になる」ヤシマは答えた。
「これだけ高い木ならよもや人が登っていようとは思うまい」
ハンガンは木をなでた。そして「俺はお前から目がそれるようにあっちの木に上る。あの木の方が舞台から見えやすいから、お前が矢を射た少し後に飛び降りて逃げれば、こっちに追手がかかるだろう」
ちょうど舞台を正面に見て右手側にある林に、二人は木々を物色した。
「それではお前の方に多く追手がかかる」とヤシマが言った。
「それでいい。王を確実にやれるのはお前だ。それでどれだけの人間が救われるか」
ハンガンは明るく言った。
「王を討ったらその後お前はどうするんだ」ハンガンは言った。
「命があったらの話だな」
「いや考えろ。王を討ちとった後のことを心に浮かべろ。きっとそうなる」
ハンガンは言い、ヤシマは黙って考えていた。
「こうして一緒に働いてみて、俺は奴婢たちが気になって仕方がない。王を討てたとしても奴婢たちの悲惨な暮らしぶりは変わることはない。これでいいのかと思っている」とハンガンは言った。
「やっぱりお前は優しいな。優しすぎる。森に帰れ。お前の想い人が待っている」
ハンガンは空を眺めていた。
「後十五日」ヤシマが小さくつぶやいた。
森を出てまもなく、身分の差なく多くの人々が見ることができる壮大な演舞会を催すとの王令が出たことを知った。
同時に、二か月後の開催に向け、処刑場の改築工事に従事する者を募っていた。
従事者には報酬が出ることで、各所から様々な身分の者が集まってきた。
その報酬はその町村の地主や有力者の懐に入る仕組みのもと、多くの奴婢が送られた。
ハンガンとヤシマは、これぞ絶好の機会とばかりに従事者の一団に潜り込んだ。
そしてここ一か月半にわたってハンガンとヤシマは、流れ落ちる汗を光らせ黙々と作業に勤しんだ。
処刑場は、その姿を一変していた。
歌い踊るに十二分の広さがある舞台の、すれすれまで席が設えるようになっていた。
その周囲は一カ月の間に土盛りしてなだらかに外側に向け高くしてあり、後ろの席でも舞台が見えるようになっていた。
また、入りきらないほどの人が来ても、鉄柵越しであれば見えるように外側はさらに高くしてあり屋根も高く掛け替えられた。
以前は四方に扉の一枚もなく簡単な雨除けの屋根がかかっていただけの中央の床は外され、一辺に寄って渡り廊下分の幅を残して床を張り、三方向から見物できるように改装した。
大きな舞台の両端には次の出番を待つ人々の控室があり、裏手に舞台に沿って配した廊下があり、一隅から出入りできるようになっていた。
その渡り廊下には出演者が観客の目にさらされないように幕が張られ、鉄柵の外側にも出演者用の建物が造られ豪華な装いが施された。
ここで子女らの父親が処刑されたことや幾多の者達が血を流したことなど想像できないほどだった。
王家と守護の武人らが座る王宮席だけは、がっしりとした柱によって高く広く造られその背後には厚い壁が設えられた。
これはどこからでも自分の姿を晒すような構造になっており、敵に晒されることも厭わぬ王の並々ならぬ自信が垣間見られた。
これまでにない催しに人々は心躍らせ祭りのような盛り上がりを見せていた。
職人や商人など街あいの人々は、寄ると触るとその話で立ち止まり群れができた。
農場では地主に王からの特別な達しが届き、農作業に支障が出ない程度に農夫たちを連れてくるようにとあった。
農夫たちは作業を奴婢達に任せ初めての旅支度をして、大人数で会場へと向かった。
街に武人が来て、催し物を募るために芸人を訪ね城へと招いた。
芸人達は、その報酬もさることながら多くの聴衆の前で芸を披露することから出演を快諾した。
自ら城に出向いて自薦する者もおり、そのあまりの多さに厳選する必要があった。
舞台造りの指揮を取る大工は各所から集められた奴婢を調べようもなく、よく身体を動かす二人を重宝した。
「おーい、そこの若いの二人、今度は外にいけっ」
「へい」二人は素直に指示に従った。
夜は雨でない限りその場で雑魚寝だった。
粗末な食事が朝と昼に出たが、奴婢達は体力の限界まで働かされ疲れ切っていた。
体調を崩す者も相次ぎ、そのまま帰させると同じ村から新しい奴婢が補充された。
ヤシマは、怪我をした者には血止めの薬草を、腹痛を起こす者には虫下しの薬草を飲ませ奴婢たちを支えた。
ハンガンもまた疲労で力が出ない奴婢に代わって力仕事を買って出た。
そうしながら会場となるこの場の造りを頭に叩き込んだ。
これが舞台造りを手伝う目的であったから。
二人は、美しく演舞場ができ上がっていくにつれ緊張が増しているのを感じていた。
作業をする中で、王令の噂は嫌でも二人の耳に入ってきた。
中でも『おそろしの森』の木々を伐採し探索の手が入ったという話を聞いて以降、ハンガンの眠れない日々が始まった。
「眠れないのか」とヤシマが小声で言った。
二人は起きあがりその場を離れ、誰にも聞かれないところまで歩いていった。
「大丈夫だ。おやじ殿がついてる。鷹もいてくれる」
ハンガンは不安な気持ちを振り払うかのようにそう言った。
「それより矢の準備だ。二人で削れば相当鋭くなる。一本でいけるのか?」とヤシマに聞いた。
「それ以上は無駄だ。一回でも外したら周りの兵が王を取り囲んで隠してしまうだろう。今度はこっちが見つけられて的になる」ヤシマは答えた。
「これだけ高い木ならよもや人が登っていようとは思うまい」
ハンガンは木をなでた。そして「俺はお前から目がそれるようにあっちの木に上る。あの木の方が舞台から見えやすいから、お前が矢を射た少し後に飛び降りて逃げれば、こっちに追手がかかるだろう」
ちょうど舞台を正面に見て右手側にある林に、二人は木々を物色した。
「それではお前の方に多く追手がかかる」とヤシマが言った。
「それでいい。王を確実にやれるのはお前だ。それでどれだけの人間が救われるか」
ハンガンは明るく言った。
「王を討ったらその後お前はどうするんだ」ハンガンは言った。
「命があったらの話だな」
「いや考えろ。王を討ちとった後のことを心に浮かべろ。きっとそうなる」
ハンガンは言い、ヤシマは黙って考えていた。
「こうして一緒に働いてみて、俺は奴婢たちが気になって仕方がない。王を討てたとしても奴婢たちの悲惨な暮らしぶりは変わることはない。これでいいのかと思っている」とハンガンは言った。
「やっぱりお前は優しいな。優しすぎる。森に帰れ。お前の想い人が待っている」
ハンガンは空を眺めていた。
「後十五日」ヤシマが小さくつぶやいた。