第72話 第四節 シーナ探索 ー地下道ー ー情報ー

文字数 3,018文字

 長老は、旅立つアーサに、これから先に役に立ちそうなことを伝授した。
 その中で最もアーサを驚かせたことが、この国全土に広がっている地下道の存在だった。
 ここを通れば見張りの目を盗んで街の通りに出ることができる。
 その地下ができたのは遥か昔で、長老以外の奴婢の内にもその存在を知る者もいたが、これまで決してそれを口外することはなかった。
 昔、国全体に広がっていた民が追われ追われて王宮から最も離れた現在の場所に定住すると、その地を開墾しひたすら実りをもたらす日々を生きてきた。
 だから地下道を使う日が来ようとは思いもしなかったと長老はしみじみと言った。
 地下道は、碁盤の目のように道が組まれ、地図と案内板を見て辿れば目的地に最短で行けるようにできていた。
 各所にある森や林の中の洞穴に出入り口が潜んでいた。
 しかしアーサの記憶力をもってしても地図を覚え込むことは厳しく、貴重な地図を預かった。
 地下に入ると、街の通りにでる直前まで長老が付き添った。
 長老は別れ際に言った。
 「わしが伝えるべきことはほとんどお前さんに伝えた。お前さんは白蛇様が見込んだお人だ。シーナをわしのところへ連れてきてくれると信じておる」
 「わかりました。僕が長老様からそして僕を助けてくれた夫婦ごから学んだのは、この国の歴史だけではありません。本当に心から得心したのは、白蛇様の見えざる守りの大きさと、皆さんがどんな困難な状況でも懸命に助け合いながら日々を送る生き様です。本当にありがとうございました。必ずシーナを長老様のもとへ連れてきます」
 長老は別れ際に、手に持った明かりで急な階段の真上にある方形に仕切られた天井の一部を示した。
 力を込めて押し上げるとわずかに持ち上がった。
 光が目に飛び込んできて眩しさに一瞬目を閉じたが、葉や蔓が見えてきた。
 階段を上り足場は心もとないものの、アーサはさらにぐっと押しあげて今度は横に押してみた。
 すると地上からみるとそれは蓋の役割をしていた。
 その蓋を横にずらし自分が通り抜けられる幅まで広げると、両手を地面にかけ階段を蹴って一気に自分の身体を押し上げた。
 頭から草だらけになったが、周辺は樹々で森であることが分かった。
 黙って長老に手を振ると、蓋をかけ周辺の葉を集め被せた。

ー情報ー
 いよいよここからだ。シーナを探し出す。
 そう誓ったアーサは以前のアーサではなかった。
 焼けることもなく白い肌にほっそりとした身体つき、喜怒哀楽が表れない穏やかなまなざしでひたすら知識を求めていた少年は、『おそろしの森』を出てから様々な経験と知識を得て強く成長し、その目に強い意志の光を放つ若者になっていた。
 間もなく森を出て通りに出た。
 まずはシーナに関する情報を集めなくては……
 演舞場で起きたできごとは一大事だったはずだ。きっと様々な人たちが思いを口にしている。
 『西魚の道』に出てきたアーサは数人連れの通行人の後ろについて歩調を合わせ、会話を聞くようにした。
 群れについては離れまた他の群れについては離れして、アーサは人々の噂話に耳を傾け続けた。
 やがて、
 「サンコ様は白蛇の子を宮中に連れているようだぞ。知り合いが中浜宗家の家中なんだよ」
 「え、なんでまた? よく連れ歩けるなぁ…怖くねぇのかなぁ。白蛇がまた出てきたらどうするんだろう」
 「小さな気弱そうな子だったじゃねぇか。怖いというより気持ち悪くねぇのかなぁ」
 「笛と合わせているときは、大事にしていたみてぇだけど、演舞会の後は、歌も歌わせてねぇらしいな」
 「大きな声では言えねぇが、最近では牢に入れて監視つけてるらしいぞ」
 「そうそう、俺も他の貴族の家中から聞いたんだけど、宮中に連れて行くときは、両手を縛って囚人扱いで連れて行っているらしい」
 「中浜宗家の家中の知り合いも、薄気味悪くてみんなその子に話しかけもしないで、食事を牢に運んでるって話だよ」
 集まった情報に怒りが燃え滾(たぎ)り、アーサは懸命にそれを押さえさらに耳を聳(そばだ)てた。
 「最近は中浜宗家の武人がこれまでの何倍にも増えたらしいぞ。門前の警備が厚くなって夜も見回りを欠かさないらしい」
 「何で? そんな気味の悪い子誰が浚(さら)いに行くんだよなぁ」
 「王家じゃあるまいし、他の貴族はいままで通りなんだろ? 中浜宗家だけ当別扱いか?」
 「それが縁談が進んでるって話もどっかで聞いたぞ」
 「え、何だって? すごい話だなぁ」
 そうだったか! 
 シーナは、サンコとやらが他の貴族を押さえ政治の実権を持つための切り札にされているのか! 
 すぐにもシーナを救い出さなければ! 
 しかし多くの武人を相手に一人シーナを救い出すのは、どう考えても手立てが思い浮かばなかった。
 下手に手を出せば自分だけでなくシーナにも危害が及ぶこともあり得る。
 さぁどうする。
 アーサは、まずは中浜宗家に出向き知り合いだと言ってシーナに会わせてほしいと頼んでみることにした。
 あれこれ考えるより相手の出方を見るしかない。
 一人できた者をいきなり捕らえたり殺めたりはないはずだ。
 貴族とはそういうものではない。
 アーサはバンナイから学んだわけでもないのにそう確信した。
 翌朝、アーサは中浜宗家の門前に立った。
 門番に向かって、膝をつき頭を下げて
「西浜領の商人アーサと申します。シーナ殿をよく知っています。どうか一目で構いません。面会をさせてくださいませ」と言った。
 門前の武人達はすでにアーサを散り囲んでいる。
 少しでも怪しい動きをすれは、たちまち刃が集まるのだろう。
 アーサは冷や汗を掻いていた。
 門番はどうやら奥の主に伝えに行ったようで、なかなか戻ってこなかった。
 武人達に囲まれながら、アーサはしばらくそのままの姿勢で待った。
 やがて門扉が開かれたが、入ってよいとは言われず門番は門の中央に仁王立ちのまま「顔を上げろ」と言った。
 アーサは膝をついてまま頭を上げ、顔を正面に向けた。
 「主(あるじ)の意向を伝える。当家の家中シーナへの面会は叶わぬ。二度とここには来るな。もしお前が再びここに現れたときは、お前を直ちに処刑する」
 門番はことさら大きく居丈高に言った。
 そしてその後「二度とは言わぬ。お前は若い。無駄なことで命を落とすな。大人しく諦めてここから去れ。もう絶対に来るな」と静かに言った。
 アーサは感情を見せなかった。想定していたことだった。やはり…
 シーナの苦境を思うといてもたってもいられない心境ではあったが、ここは引き下がるしかなかった。
 きっと何か策は生まれるはずだ。
 これだけ門が開いたということは、僕の顔はどこからか見られているはずだ。
 どうしてだ。顔を見る必要があったのか。
 門番にすぐに追い返させれば済むことなのに…
 サンコは門番から、訪ねてきたのが一人であることを聞くと、追い払うよう指示し門扉を大きく開けて、訪問者の姿が奥にいるサンコから見えるようにするよう指示した。
 「演舞会で会った男とは違う。二人とも若いが、目の前にいるやつは青年というより少年だ。こいつもあの男と同じ仲間なのだろうか…」
 ますます謎は深まった。
 会わせて事情を聞きだしこの男も捕らえて牢に入れることも考えたが、いまは小さな騒動すら持ち込みたくなかった。
 サンコはこれで諦めれば捨ておこうと考え、閉まった門扉に背を向けた。


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