第44話 第一節 企て ー予言ー
文字数 2,659文字
あるとき、王が最も信頼する「王の耳」の長が言った。
「何やら怪しげな呪術師が入りこみ、市中によからぬことを触れまわっているようです。
王のお命に関わることのようです。念のために捕えて話を聞きだしたいと考えておりますが、いかがなさいますか?」
間もなく長い白髪と白い顎(あご)鬚(ひげ)、白い服に身を包んだ足取りも危うげな男が、王の耳の武人に両脇を抱えられながら引き出されてきた。
「その方、名は?」王が問うと、「コウハと申します」呪術師は答えた。
王を射るように見つめるその淡い水色の目は、不思議な輝きを放っていた。
「お前のその水色の目に私の何が映っているのだ。話してみよ」
挑むように王もコウハを見据えた。
「いえ、何も映ってはおりませぬ」コウハは静かに答えた。
「そんなことはなかろう。お前のその口が放ったことはすでに私に届いている。私の未来が映っているはず。それをお前の口から聞きたいのだ。申せ」
王は不敵な笑みを浮かべた。
「お話しすることは何もございませぬ。私の命をお召しください」
「最初からそのつもりだ。しかしお前の口から聞きたいのだ。話さなければお前の命だけではすまぬぞ」
口もとにだけかすかに笑みがあるが、目元には感情の一欠片も見えない。
その乾いた視線がコウハに向けられた。
「あなたは真の王ではない」
その言葉を聞いても、王や周りの側近たちの誰一人として驚く気配はなかった。
「ほう、それはお前の勘か。勘であればたいしたものよのう。ならばそなたの申す真の王とは何だ。言うてみよ」
「真の王とは、その座に着くべき正統なお方」
「私の父は先の王で母は先の王妃。正統な血筋だ」
「あなた様はなにやら血の臭いを纏っておられる。王とは民のことを考える方と私は思っておりますが、あなたはそうではない」
「民のこと? 本来就くべき者は、民のことなど欠片も思っていなかったぞ。私はそれをなぞらえたまで…」
王はコウハから視線を外した。その目はどこか遠くを見ていた。
「あなた様はかわいそうなお方でございますな」
コウハは憐みのまなざしで王を見た。
「そこまでだ。言いたいことを言いおって」
「覚悟はできております」
「民に伝えたことを言え。民に何を言った? どうしても言わぬというのであれば、こちらにも考えがある。私の側近が調べたところによると、お前にはサナという名の娘がいるそうではないか。 私がサナを探し出し、お前と同じ運命を辿らせるようにさせたいなら何も言わずともよい。さあどうする。お前が言わなくても、お前が伝えた者どもから聞きだすことは造作もないことだぞ」
コウハにかすかに狼狽が見えた。コウハの顔には苦しみが現れていた。
「わかりました。私が口にしたことは全て話します。ですからサナだけはそっとしておいてくださいませ。何の力もない娘です。私がいなくなれば食べていくこともできない子です。放っておいてもやがて朽ち果てる…」
「あいわかった」
王は口もとに笑みを浮かべて言った。
そしてコウハはゆっくりと言葉を発していた。
「これより季節ひと巡りに生まれし赤子に『身の内に青虎飼う者』現る。その者、十五の年月を経て王の御前に現じ王を食らうなり。この王はあなた様のことです」
「ほう、その赤子が成長して私を食らうというのだな。それでその子はどこに生まれるのだ。教えよ」
「それは…わかりません」
「そうか。そこまでの予言をするお前でも本当にわからぬというのだな。ならば仕方がない。その年に生まれる赤子を全て犠牲にしなければならぬな。これは脅しではないぞ。まあ私なら本当にやることはお前もようわかっていよう。さあどうなのだ? 教えればその子の命だけで済むぞ」
コウハは、天井を仰ぎ目を瞑った。
「知っていればお教え致します。本当に知らぬのです。何卒…」
コウハは狼狽し血の気の引いた顔全体に冷や汗が流れていた。
「そのことはもうよいわ。では、その知らせというのは、どのようにお前が知るところとなったのだ」
「それは…」しばらく沈黙が続いた。
「言わぬか」怒りを抑えた静かな声が響いた。
コウハは絞り出すように話し始めた。
「呪術の秘儀でございます。農夫たちがここしばらく日照りで苦しんでおりました。ただでさえ貧しい暮らしに重い税。加えて日照りが続き作業をしていた奴婢はすでにバタバタと倒れておりました。収穫ができないとなれば自分達も飢えるしかない。もう何の手立てもなくなり最後の頼みの綱として私に相談してきたのです。人々の苦しみは相当なものでしたので、呪術の秘儀である雨乞いを行いました。するとその最中にこのような知らせが不意にやってきて『十五年待て』と私は口走っていたそうです。重い税がなくなるとか『青虎飼う者』が現われるなどと語ったそうです。その後すぐに豪雨が来て、私の言葉を聞いた者たちによって『お告げは真実だ』と広まったのです」
「お前は自ら語りながらそのときのことは覚えていないと言うのか」
まるで他人事のように王は興味津々といった体で目を輝かせて訊いてきた。
「語っているときは自分ではないのです。雨乞いだけを願うつもりでいましたから」
「わかった。面白い話だった。もうよい。いま話したことに免じて処刑は三日後にする。それまで心の整理をつけておくことだ。一つ言っておくが、サナは生かしてはおけぬ。お前が怪しい呪術を使うなら娘もそのようなものを使うのであろう。捨ておけるわけがなかろう」
王はコウハを鋭い目で見てにんまりと笑った。
コウハの入った牢獄の小さな窓辺に鷹が来たのは、深夜になってからだった。
サナにはすでに追手がかかっているはずだ。サナを救わねば。
自分が雨乞いの際に口走ったことは瞬く間に広がった。
それは民の希望の光となった。
しかし早晩『王の耳』に入り、これから生まれてくるたくさんの赤子の命を奪うことになってしまった。
一刻も早く『王の耳』からサナは身を隠さねばならない。
そしてサナよ、そなたは生きていまこそ為すべきことを為さねばならぬ…
窓辺に来た鷹の足に手紙を結びつけると「よく働いてくれたな、これで別れだ。もう私の元には来ることならぬ」ずっと共にあった鷹にそう告げた。
『バンナイよ。サナを頼む。私は三日後に処刑される。決して近づくことあいならん。
……』
コウハが亡くなった日の鷹は鳥でありながらその悲しみを身体で表し、力なく木の枝に留まりいつまでも動かなかった。
「何やら怪しげな呪術師が入りこみ、市中によからぬことを触れまわっているようです。
王のお命に関わることのようです。念のために捕えて話を聞きだしたいと考えておりますが、いかがなさいますか?」
間もなく長い白髪と白い顎(あご)鬚(ひげ)、白い服に身を包んだ足取りも危うげな男が、王の耳の武人に両脇を抱えられながら引き出されてきた。
「その方、名は?」王が問うと、「コウハと申します」呪術師は答えた。
王を射るように見つめるその淡い水色の目は、不思議な輝きを放っていた。
「お前のその水色の目に私の何が映っているのだ。話してみよ」
挑むように王もコウハを見据えた。
「いえ、何も映ってはおりませぬ」コウハは静かに答えた。
「そんなことはなかろう。お前のその口が放ったことはすでに私に届いている。私の未来が映っているはず。それをお前の口から聞きたいのだ。申せ」
王は不敵な笑みを浮かべた。
「お話しすることは何もございませぬ。私の命をお召しください」
「最初からそのつもりだ。しかしお前の口から聞きたいのだ。話さなければお前の命だけではすまぬぞ」
口もとにだけかすかに笑みがあるが、目元には感情の一欠片も見えない。
その乾いた視線がコウハに向けられた。
「あなたは真の王ではない」
その言葉を聞いても、王や周りの側近たちの誰一人として驚く気配はなかった。
「ほう、それはお前の勘か。勘であればたいしたものよのう。ならばそなたの申す真の王とは何だ。言うてみよ」
「真の王とは、その座に着くべき正統なお方」
「私の父は先の王で母は先の王妃。正統な血筋だ」
「あなた様はなにやら血の臭いを纏っておられる。王とは民のことを考える方と私は思っておりますが、あなたはそうではない」
「民のこと? 本来就くべき者は、民のことなど欠片も思っていなかったぞ。私はそれをなぞらえたまで…」
王はコウハから視線を外した。その目はどこか遠くを見ていた。
「あなた様はかわいそうなお方でございますな」
コウハは憐みのまなざしで王を見た。
「そこまでだ。言いたいことを言いおって」
「覚悟はできております」
「民に伝えたことを言え。民に何を言った? どうしても言わぬというのであれば、こちらにも考えがある。私の側近が調べたところによると、お前にはサナという名の娘がいるそうではないか。 私がサナを探し出し、お前と同じ運命を辿らせるようにさせたいなら何も言わずともよい。さあどうする。お前が言わなくても、お前が伝えた者どもから聞きだすことは造作もないことだぞ」
コウハにかすかに狼狽が見えた。コウハの顔には苦しみが現れていた。
「わかりました。私が口にしたことは全て話します。ですからサナだけはそっとしておいてくださいませ。何の力もない娘です。私がいなくなれば食べていくこともできない子です。放っておいてもやがて朽ち果てる…」
「あいわかった」
王は口もとに笑みを浮かべて言った。
そしてコウハはゆっくりと言葉を発していた。
「これより季節ひと巡りに生まれし赤子に『身の内に青虎飼う者』現る。その者、十五の年月を経て王の御前に現じ王を食らうなり。この王はあなた様のことです」
「ほう、その赤子が成長して私を食らうというのだな。それでその子はどこに生まれるのだ。教えよ」
「それは…わかりません」
「そうか。そこまでの予言をするお前でも本当にわからぬというのだな。ならば仕方がない。その年に生まれる赤子を全て犠牲にしなければならぬな。これは脅しではないぞ。まあ私なら本当にやることはお前もようわかっていよう。さあどうなのだ? 教えればその子の命だけで済むぞ」
コウハは、天井を仰ぎ目を瞑った。
「知っていればお教え致します。本当に知らぬのです。何卒…」
コウハは狼狽し血の気の引いた顔全体に冷や汗が流れていた。
「そのことはもうよいわ。では、その知らせというのは、どのようにお前が知るところとなったのだ」
「それは…」しばらく沈黙が続いた。
「言わぬか」怒りを抑えた静かな声が響いた。
コウハは絞り出すように話し始めた。
「呪術の秘儀でございます。農夫たちがここしばらく日照りで苦しんでおりました。ただでさえ貧しい暮らしに重い税。加えて日照りが続き作業をしていた奴婢はすでにバタバタと倒れておりました。収穫ができないとなれば自分達も飢えるしかない。もう何の手立てもなくなり最後の頼みの綱として私に相談してきたのです。人々の苦しみは相当なものでしたので、呪術の秘儀である雨乞いを行いました。するとその最中にこのような知らせが不意にやってきて『十五年待て』と私は口走っていたそうです。重い税がなくなるとか『青虎飼う者』が現われるなどと語ったそうです。その後すぐに豪雨が来て、私の言葉を聞いた者たちによって『お告げは真実だ』と広まったのです」
「お前は自ら語りながらそのときのことは覚えていないと言うのか」
まるで他人事のように王は興味津々といった体で目を輝かせて訊いてきた。
「語っているときは自分ではないのです。雨乞いだけを願うつもりでいましたから」
「わかった。面白い話だった。もうよい。いま話したことに免じて処刑は三日後にする。それまで心の整理をつけておくことだ。一つ言っておくが、サナは生かしてはおけぬ。お前が怪しい呪術を使うなら娘もそのようなものを使うのであろう。捨ておけるわけがなかろう」
王はコウハを鋭い目で見てにんまりと笑った。
コウハの入った牢獄の小さな窓辺に鷹が来たのは、深夜になってからだった。
サナにはすでに追手がかかっているはずだ。サナを救わねば。
自分が雨乞いの際に口走ったことは瞬く間に広がった。
それは民の希望の光となった。
しかし早晩『王の耳』に入り、これから生まれてくるたくさんの赤子の命を奪うことになってしまった。
一刻も早く『王の耳』からサナは身を隠さねばならない。
そしてサナよ、そなたは生きていまこそ為すべきことを為さねばならぬ…
窓辺に来た鷹の足に手紙を結びつけると「よく働いてくれたな、これで別れだ。もう私の元には来ることならぬ」ずっと共にあった鷹にそう告げた。
『バンナイよ。サナを頼む。私は三日後に処刑される。決して近づくことあいならん。
……』
コウハが亡くなった日の鷹は鳥でありながらその悲しみを身体で表し、力なく木の枝に留まりいつまでも動かなかった。