第86話 第一節 覚醒 ー救出ー 

文字数 2,885文字

 修業が始まり二十日ほどした早朝、シーナが切迫した声で
「少女達の泣き声が突然聞こえてきたの。『天女如心』だと思った。私は大丈夫だから、みんなチマナと一緒に『天女如心』のところに行って少女達を救い出してあげて」と言った。
 「急いで。みんなが一緒なら問題は解決するから」とシーナは続けた。
 チマナは焦った。
 ずっと心にあったが、動くときはもう少し先だと思っていた。
 「シーナ、あの子達はどこにいるの? わかったら教えて」
 すでに五人は立ち上がっていた。
 「海だと思うの。船に乗せられようとしている。それしか浮かばないの。でも地下道を海まで言って、上に出れば人々が噂している」
 五人は地下道を走った。
 チマナは蒼白になり何度も転んだ。
 「チマナ、大丈夫だ。焦るな。船は出ない」ヤシマが言った。
 「どうしてそんなことわかるの?」
 半狂乱になってチマナは叫んだ。
 「上は大雨だよ。風もある。わからないの? 階段の近くに行くと、かすかにザーとかヒューとか雨と風の音が聞こえてくる」
 テナンが言った。
 「でもでも急ぎたいの。あの子達と早く会って安心させてあげたいの」
 泣き声だった。
 「シーナが言ってただろ! みんなが一緒なら大丈夫って。信じろ! チマナが落ち着かなきゃ」
 ハンガンが言った。
 「そろそろ上に出よう。いきなり雨だからね」
 アーサが言った。
 雨に叩かれている蓋はなかなか開かなかった。
 ハンガンが渾身の力を込めて押し上げ横にずらして開けると、五人は次々に這い上がり、海が見える森の中にいることがわかった。 
 「船はどこだろう…」
 左右に目を凝らし船を探した。
 右手にはない。
 左手に二艘見える。
 「二手に分かれると厄介だけど、同じ方向だ。一艘ずつ確かめることができる」
 アーサが言った。
 一つ目に近づくと「うるさい。泣くな。お前ら海に突き落とすぞ」というチマナにとって聞き覚えがある声が聞こえてきた。
 怒りが膨れ上がりチマナはいきなり飛び出そうとして、テナンに足をかけられ止まった。
 「チマナ、どうしたんだ! 助けられるものも助けられない。冷静になれ。全員を助けたいなら作戦が必要なんだ。戦う相手が何人いるのか掴んでからだ」
 ハンガンがチマナを窘(たしな)めた。
 「チマナ、作戦から外れろ。足手纏いだ」
 ヤシマにもそう言われチマナはその場にしゃがみ込んだ。
 「俺が偵察してくる」
 そういうとヤシマは一人船に向かって走っていった。
 やがてヤシマが戻ると「船長と話している親方らしい人物がいた。どうも他国に売るらしい。女の子が三十人だそうだ。『天女如心』そのものを売るようだ。男たちは、十人らしい。演舞会以降客が減って金にならないところを他国から話が来たらしい。親方は金だけもらってこの地に残り、他の男たちが他国で商売をするって」
 「あの子たちはどこ?」
 「もう船に乗っている。船の外に五人女の子たちについているのが五人だ。だから二手に分かれる俺は下にいる男たちを全部やるから、みんなは中に入って女の子を探してくれ。すぐに追いかける」
 ヤシマが言った。
 ヤシマ、ハンガン、テナン、アーサそしてチマナが船に向かって走っていった。
 下にいた男たちが驚いて「何だ、お前達。止まれ!」と怒鳴ったが、五人は止まらなかった。
「やっちまえ!」の声で男たちは五人に向かってきたが、ヤシマに阻まれ次々に投げ飛ばされ、その間にハンガン達は陸から船に乗り込み扉を開けて中に入っていった。
ハンガンも前から襲い掛かって来る男たちをねじ伏せ、横から来た男にテナンが拳を突き出し、アーサは内部をよく観察し「左に小さな扉がある。あそこが怪しい」とハンガンに指示を出した。
 チマナも後ろから来る男を近くに転がっている棒で打って応戦した。
 ハンガンが女の子たちを発見した。
 「チマナ! ここだ」
 ハンガンが言うと、チマナが部屋に飛び込んだ。
 その姿を見て、女の子達はあまりの嬉しさに絶句した。
 一人が「姉さん」と呼びかけるとチマナに飛びついた。
 「さぁ、ここから出るよ。一緒に来るのよ」
 皆立ち上がり、チマナの後を追った。
 ハンガンとチマナは女の子達を先導し、襲いかかって来る男たちをなぎ倒しながら道を確保した。
 アーサは女の子の最後尾について、背後から追ってくる男に蹴りを入れた。
 「これでも一応武術はやってるんだ…」
 アーサの蹴りを顎に受けた男に言い残した。
 ヤシマも向かってくるハンガンに合流した。
 女の子全員を船から脱出させると、雨の中大人数の追手がかからないうちに森に入って地下道を使おうということになり、最後尾にヤシマが付いた。
 アーサとテナンは地下道への入り口を探した。
 五人が出てきた場所はすぐに見つかり、次々と女子を地下道に降ろし、最後にヤシマが入って蓋を閉めた。
 真っ暗な地下道ではずぶ濡れの女子たちが震えていたが、チマナは
「もう大丈夫よ。みんな生まれはどこの村? うちへ帰れるよ」と伝えた。
 「え? 本当ですか? 姉さん。本当に?」
 ほとんどが奴婢の生まれの女子達だった。
 アーサが来るときに使ったランプを見つけると、火を灯し互いの無事を確かめ合った。男達は、地下に潜った女子たちをさすがに見つけることはできないだろう。
 『天女如心』が売れなくなって困るのは親方達の方だ。
 自分たちの身が危なくなって、身を隠さなければならなくなるはずだ。
 踊れない子を今更集め仕込むには手間も日数もかかる。
 いい潮時と諦めてくれるとよいが…
 チマナは願い、やがてそれは願い通りになったのだった。
 五人は、一人ひとり丁寧に故郷の奴婢村を聞き出し、十数日かけて全ての女子を家の近くまで送り届けた。
 朝早くか夜も更けてからの帰還でなければ、見張りに見とがめられる可能性があった。 そうなると厄介なことになる。
 事を慎重に運ぶがゆえに時間がかかった。
 奴婢でない子が三人ほどいて同様に家へ帰した。
 すでに少女達には身分の差など全くなく、互いの身を思う間柄になっていた。
 いつか友達として会いたいと伝え合っていた。
 五人はそれを耳にして、そうあってほしいと強く思ったのだった。
 五人は、こうしてシーナの待つ森に帰っていった。
 少し見ない間に修業が進んだシーナはまた凛としてさらに逞しくなっていた。
 「皆さん、お帰りなさい。お疲れ様でした。ご無事でよかったです」
 シーナは笑顔で迎えた。
 「ねぇシーナ! その言い方これからずっとそうなの? 俺は前のシーナの言い方の方がいいな。なんだかシーナとすごく遠くなった感じがする」
 テナンが口を尖らせ言った。
 「馬鹿、この甘ったれが!」チマナがテナンの頭を叩いた。
 「でも俺もだよ…」とハンガンも情けなさそうに言った。
 チマナもアーサもヤシマも、本音はそうだった。
 シーナはふっと笑った。その笑い方は以前のはにかみ屋のシーナのものだった。
 しかし、その後シーナは
「もしかしたら…国に大変なことが起こるかもしれない…」と小さな声で言った。
 五人はその呟きを聞き逃さなかった。
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