第10話 第四節 サナを探す道 ー職人ー
文字数 2,027文字
「ここでは人に会えそうにないな。誰にも話を聞けないなら仕方がない、戻るしかないか…」と踵を返したところで、ある小屋の裏に岩のような大きな窯が見え、そこに次々と土器を入れている男が見えた。
テナンはつかつかと男に向かって大股で歩み寄った。
「こんにちは。テナンと言います」
男の背中に向かって深々と頭を下げた。
男は手を止めることなく、テナンに一瞥もくれず「なんの用だ」と言った。
「お忙しいときにすみません。呪術師を探しています。ご存知ありませんか?」
男は、呪術師という言葉を聞いて一瞬手が止まったように見えたが、すぐ次の土器を手にした。
「そんなのは知らねぇ」と静かに言った。
粘るつもりはないが、男の背中にふと動揺が見えた気がして、テナンは男のそばに腰を降ろした。
男の手は節くれ立ちごつごつと太く土に塗れて黒い。
しかし土器を持つ手は優しく、ふんわりと土器を包み込むようにしていた。
「おやじさん、優しい手ですね」
男は何も言わない。
テナンは、不思議と男が持つ土器の形に心惹かれた。
サナが見つかったらまた来たいとテナンは思った。
「おやじさん、また来ますね」と明るい口調で声を掛けたテナンだったが、「もう来るな。知らんから」と男は言った。
優しい言い方だった。笑っていたのかもしれない。
「おやじさん、そんなこと言ないでよー。俺の顔見て覚えておいてよ」
テナンはおどけて返した。
すると、男は少しだけ首を横に向けテナンを見た。
職人らしく額には深いしわが刻まれ、きゅっと結ばれた口もとには強い意志と頑固さが表れていた。
ヒューという低く長い音とともに冷たい風が吹いた。
出口へと歩きだしたテナンの背中に「ちょっと待て。今日泊るところはあるのか」と初めて土器を置いて、男がテナンに話しかけた。
「俺は森の中の枝葉の茂ったところで眠っています。雨風は凌げるので」
テナンは笑顔を向けた。
「こいつは予想外だったがこれから大雨だ。ちょっと厄介かもしれん。風も相当強い。たぶん大きな嵐だ」と男は言った。
「大丈夫です。慣れてますから」とテナンは笑顔で手をあげた。
「残りの土器をすべて入れてから、この窯の周りを急いで囲わなければならん。手伝ってくれ。そうしたら嵐が過ぎるまでうちに泊まらせる。とは言っても窯から目を離すことはできないから、その小屋だ。小さいが頑強に作ってある」男は言った。
「本当ですか? それは助かります。ぜひ手伝わせてください」
テナンは戻り、男に並んで土器を慎重に手に取って窯の近くにいる男に丁寧に手渡していった。
全ての土器を窯に入れ終わると小屋に隣接する倉庫から木材を運び出して、それまで蓋がかかっていた四か所の深い穴に柱を差し込み四本の柱を立てた。
今度は大きな板を、これも細い蓋がかかっていた板状の深い溝にはめ込むと、窯に向かって三面の囲いができ三面を接続した。
最後に、窯場の屋根から連ねて斜めに屋根を施し降り始める前に窯に囲いを造った。
「普通の雨ならこんなものいらないんだ。だがこれから相当大きいやつがくる。横なぐりの大雨だ」
男が言ったように雨はそのうち大降りになってきた。
ゴーゴーと激しいうなりを上げて強風が吹いた。
「危ないから入っていろ」
職人に言われ、テナンは小屋に押し入れられた。
小屋には簡単だが一人分の食事が用意されていた。
扉を閉めるときに男は「その飯は食ってくれ。手伝ってくれた礼だ。ひとりでやったら間に合わなかった。好きな場所で好きなものを出して快適に寝ろ。いいか、嵐が収まるまで絶対に出てくるな」と言った。
「あなたは?」
訊くのと扉の閉まるバタンという音が同時だった。
おそらくこれから窯のそばにずっとついているのだろう。
暴風雨の吹きさらす冷たい空気の中で火と土器を見るつもりなのだ。意志の強い人だ。
嵐は三日三晩続いた。
外はけたたましく轟音が鳴り響き小屋も暴風に揺れて、物が壊れ飛んでいくような音が絶えず聞こえてテナンは生まれて初めて嵐に恐怖を感じた。
職人の丁寧な作業で短い間にしっかり建てつけた囲いだが、それでも壊れないか心配になった。
永遠に続くのではないかと思ったほどで、ひとりで過ごしたらどうなっていたのだろと思った。
この嵐を森の仲間たちやおやじ殿はどう過ごしているのだろう。
テナンにはこの三日が永遠のように感じられた。
ようやく嵐が過ぎ去った。
この嵐は、町や村は甚大な被害をもたらした。
家々は壊され、崩れた家の下敷きになって多くの人々が落命した。
奴婢たちが機転を利かせ 空の様子からいち早く大嵐を予知して、嵐の来る前に刈り取れるだけ刈り取っているところもあった。
しかし間に合わなかった作物は吹き飛ばされ水に浸かり、田畑の様相は一変して荒れ果てた。
海では、たくさんの漁船が流され船同士がぶつかり合って破損し、探索や修繕など立て直しを余儀なくされた。
テナンはつかつかと男に向かって大股で歩み寄った。
「こんにちは。テナンと言います」
男の背中に向かって深々と頭を下げた。
男は手を止めることなく、テナンに一瞥もくれず「なんの用だ」と言った。
「お忙しいときにすみません。呪術師を探しています。ご存知ありませんか?」
男は、呪術師という言葉を聞いて一瞬手が止まったように見えたが、すぐ次の土器を手にした。
「そんなのは知らねぇ」と静かに言った。
粘るつもりはないが、男の背中にふと動揺が見えた気がして、テナンは男のそばに腰を降ろした。
男の手は節くれ立ちごつごつと太く土に塗れて黒い。
しかし土器を持つ手は優しく、ふんわりと土器を包み込むようにしていた。
「おやじさん、優しい手ですね」
男は何も言わない。
テナンは、不思議と男が持つ土器の形に心惹かれた。
サナが見つかったらまた来たいとテナンは思った。
「おやじさん、また来ますね」と明るい口調で声を掛けたテナンだったが、「もう来るな。知らんから」と男は言った。
優しい言い方だった。笑っていたのかもしれない。
「おやじさん、そんなこと言ないでよー。俺の顔見て覚えておいてよ」
テナンはおどけて返した。
すると、男は少しだけ首を横に向けテナンを見た。
職人らしく額には深いしわが刻まれ、きゅっと結ばれた口もとには強い意志と頑固さが表れていた。
ヒューという低く長い音とともに冷たい風が吹いた。
出口へと歩きだしたテナンの背中に「ちょっと待て。今日泊るところはあるのか」と初めて土器を置いて、男がテナンに話しかけた。
「俺は森の中の枝葉の茂ったところで眠っています。雨風は凌げるので」
テナンは笑顔を向けた。
「こいつは予想外だったがこれから大雨だ。ちょっと厄介かもしれん。風も相当強い。たぶん大きな嵐だ」と男は言った。
「大丈夫です。慣れてますから」とテナンは笑顔で手をあげた。
「残りの土器をすべて入れてから、この窯の周りを急いで囲わなければならん。手伝ってくれ。そうしたら嵐が過ぎるまでうちに泊まらせる。とは言っても窯から目を離すことはできないから、その小屋だ。小さいが頑強に作ってある」男は言った。
「本当ですか? それは助かります。ぜひ手伝わせてください」
テナンは戻り、男に並んで土器を慎重に手に取って窯の近くにいる男に丁寧に手渡していった。
全ての土器を窯に入れ終わると小屋に隣接する倉庫から木材を運び出して、それまで蓋がかかっていた四か所の深い穴に柱を差し込み四本の柱を立てた。
今度は大きな板を、これも細い蓋がかかっていた板状の深い溝にはめ込むと、窯に向かって三面の囲いができ三面を接続した。
最後に、窯場の屋根から連ねて斜めに屋根を施し降り始める前に窯に囲いを造った。
「普通の雨ならこんなものいらないんだ。だがこれから相当大きいやつがくる。横なぐりの大雨だ」
男が言ったように雨はそのうち大降りになってきた。
ゴーゴーと激しいうなりを上げて強風が吹いた。
「危ないから入っていろ」
職人に言われ、テナンは小屋に押し入れられた。
小屋には簡単だが一人分の食事が用意されていた。
扉を閉めるときに男は「その飯は食ってくれ。手伝ってくれた礼だ。ひとりでやったら間に合わなかった。好きな場所で好きなものを出して快適に寝ろ。いいか、嵐が収まるまで絶対に出てくるな」と言った。
「あなたは?」
訊くのと扉の閉まるバタンという音が同時だった。
おそらくこれから窯のそばにずっとついているのだろう。
暴風雨の吹きさらす冷たい空気の中で火と土器を見るつもりなのだ。意志の強い人だ。
嵐は三日三晩続いた。
外はけたたましく轟音が鳴り響き小屋も暴風に揺れて、物が壊れ飛んでいくような音が絶えず聞こえてテナンは生まれて初めて嵐に恐怖を感じた。
職人の丁寧な作業で短い間にしっかり建てつけた囲いだが、それでも壊れないか心配になった。
永遠に続くのではないかと思ったほどで、ひとりで過ごしたらどうなっていたのだろと思った。
この嵐を森の仲間たちやおやじ殿はどう過ごしているのだろう。
テナンにはこの三日が永遠のように感じられた。
ようやく嵐が過ぎ去った。
この嵐は、町や村は甚大な被害をもたらした。
家々は壊され、崩れた家の下敷きになって多くの人々が落命した。
奴婢たちが機転を利かせ 空の様子からいち早く大嵐を予知して、嵐の来る前に刈り取れるだけ刈り取っているところもあった。
しかし間に合わなかった作物は吹き飛ばされ水に浸かり、田畑の様相は一変して荒れ果てた。
海では、たくさんの漁船が流され船同士がぶつかり合って破損し、探索や修繕など立て直しを余儀なくされた。