第59話 第二節 追想 ー二人の王ー
文字数 1,856文字
十五年前呪術師は言った。
「あなたは真の王ではない」
あいつの目は俺が偽物だということを見抜いていた。
同じ両親から生まれたのにも関わらず、双子の弟であったばかりに自分は密かに捨てられた。
この国の王族にとって双子は凶兆であり災いの元として忌避されてきたのだ。
そして生まれて数日して乳母とともに城から出され、はるか離れたさい果ての地でその後は農夫の子として育てられた。
十七歳を過ぎるまでそれを知ることはなかった。
自分が王の弟であることを。
乳母であった育ての母は自分を可愛がってくれ愛情も感じていた。
しかしその夫で地主の父や兄姉たちの自分を見る目はなぜか冷たいものだった。
兄達は育ての母の見ていない場所でしょっちゅう殴ってきた。
地主の父はそれを知っていたが、見て見ぬふりをするばかりか自ら手を出すことも多かった。
同じ家族でいながらなぜ自分だけがこんな扱いを受けるのかわからなかった。
十二歳の春に育ての母が亡くなった。
心の拠り所を失い悲しみに打ちひしがれ涙した。
それから父も兄姉たちも自分に対する態度がますます苛烈さを増した。
食事は人がかろうじて死なない程度の量しか与えられず、育ち盛りの歳だというのに骨と皮だけになった。
それにも関わらず仕事は他の兄弟よりはるかに多かった。
彼らは小作人の監督で命令するのが主だった仕事だったが、自分は奴婢の中に入れられ朝から晩まで休みなく農作業をさせられた。
疲れ果てて畑で倒れそのまま眠ることもしばしばあった。
その労も報われることはなかった。くたくたになるまで農作業をさせられた。
少ない量の食事さえ横から盗られることがままあり、このままでは飢えて死んでしまうというところまできた。
常に空腹をかかえていた。
生きるために皆が寝静まった頃に植物の根や虫も食べたし、食糧庫から盗んだりあらゆる手段を使った。
身体は逞しくなっていった。比例して怒りと疑問が大きく膨らんでいった。
なぜ他の兄弟とこれほどまで区別されるんだ…
それがわかるときが来た。
当時の王が亡くなり十六歳という若さで王位についたその息子は、その若さゆえに命を狙われた。
有力貴族たちが、年若き王の王妃選びは『王の頭』会議で難航した。
それぞれが自分の娘を推したが、自分の娘を王妃にできなかった貴族によって若き王の暗殺が目論まれるなど、宮中は不穏なものになっていった。
王の母はそれを憂いて双子の弟を探し出すことになった。
十七歳の春に迎えが来た。
義理の父や兄姉は態度を一変させ平身低頭して許しを請うた。
武人たちは鄭重に自分を扱った。
「あなたは王に瓜二つです。弟君にまちがいありません」
そして「これからはあなた様のお望みのことは何でも致します」と言った。
ならばまず最初にしてもらうことは決まっていた。
「この者たちを討ってくれ」
大きな悲鳴を背中に自分は城の人となった。
本当の母と兄がいることが嬉しく、王家の者であることが誇らしく天にも昇る思いだった。
こここそが自分のいるべき場所でありこれから自分の本当の人生が始められる。
そう思っていた。それが打ち砕かれるのにそう時間はかからなかった。
兄は冷たかった。自分を身代わりとしか見ていなかったのだ。
自分の姿など見たこともなかったが、王を見て自分の容姿を知った。
「王とそっくりね。さすがに双子です。その強きまなざし、太い眉、大きな鼻、巻き毛、背丈も同じだけある。王より少し肩幅がありそうね。でも陽に焼けてだいぶ黒いし手も節くれだっている」
そう言って母は自分の手に触れた。
電流が走ったようにしびれる感覚が襲った。
嬉しさなのか寂しさなのか悲しさなのかわからなかった。
自分がどんな暮らしをしてきたのか、母なる人は問うこともしなかった。
兄に似ていることにしか関心がなく、王の身代わりとして役に立つかだけが大事なのだ。
そこには誰にも愛されない自分がいた。
そのとき心に決めた。兄と入れ替わり王になると。
それから五年、身代わりを務めながら必死に勉強し、文字を覚え政治の仕組みを知り、貴族の面々を覚え守りの武人と親しくしていった。
人に取り入るのは簡単だった。
生きるために人の考えを読み取りそれに応じた会話をした。
武人たちは、そっけない王よりも親しく話せ、努力家で野心のある身代わりの弟を慕うようになっていた。
そのうち違っていた肌の色も同じような白さとなり、その威厳も物腰も言葉遣いも王そのものになった。
「あなたは真の王ではない」
あいつの目は俺が偽物だということを見抜いていた。
同じ両親から生まれたのにも関わらず、双子の弟であったばかりに自分は密かに捨てられた。
この国の王族にとって双子は凶兆であり災いの元として忌避されてきたのだ。
そして生まれて数日して乳母とともに城から出され、はるか離れたさい果ての地でその後は農夫の子として育てられた。
十七歳を過ぎるまでそれを知ることはなかった。
自分が王の弟であることを。
乳母であった育ての母は自分を可愛がってくれ愛情も感じていた。
しかしその夫で地主の父や兄姉たちの自分を見る目はなぜか冷たいものだった。
兄達は育ての母の見ていない場所でしょっちゅう殴ってきた。
地主の父はそれを知っていたが、見て見ぬふりをするばかりか自ら手を出すことも多かった。
同じ家族でいながらなぜ自分だけがこんな扱いを受けるのかわからなかった。
十二歳の春に育ての母が亡くなった。
心の拠り所を失い悲しみに打ちひしがれ涙した。
それから父も兄姉たちも自分に対する態度がますます苛烈さを増した。
食事は人がかろうじて死なない程度の量しか与えられず、育ち盛りの歳だというのに骨と皮だけになった。
それにも関わらず仕事は他の兄弟よりはるかに多かった。
彼らは小作人の監督で命令するのが主だった仕事だったが、自分は奴婢の中に入れられ朝から晩まで休みなく農作業をさせられた。
疲れ果てて畑で倒れそのまま眠ることもしばしばあった。
その労も報われることはなかった。くたくたになるまで農作業をさせられた。
少ない量の食事さえ横から盗られることがままあり、このままでは飢えて死んでしまうというところまできた。
常に空腹をかかえていた。
生きるために皆が寝静まった頃に植物の根や虫も食べたし、食糧庫から盗んだりあらゆる手段を使った。
身体は逞しくなっていった。比例して怒りと疑問が大きく膨らんでいった。
なぜ他の兄弟とこれほどまで区別されるんだ…
それがわかるときが来た。
当時の王が亡くなり十六歳という若さで王位についたその息子は、その若さゆえに命を狙われた。
有力貴族たちが、年若き王の王妃選びは『王の頭』会議で難航した。
それぞれが自分の娘を推したが、自分の娘を王妃にできなかった貴族によって若き王の暗殺が目論まれるなど、宮中は不穏なものになっていった。
王の母はそれを憂いて双子の弟を探し出すことになった。
十七歳の春に迎えが来た。
義理の父や兄姉は態度を一変させ平身低頭して許しを請うた。
武人たちは鄭重に自分を扱った。
「あなたは王に瓜二つです。弟君にまちがいありません」
そして「これからはあなた様のお望みのことは何でも致します」と言った。
ならばまず最初にしてもらうことは決まっていた。
「この者たちを討ってくれ」
大きな悲鳴を背中に自分は城の人となった。
本当の母と兄がいることが嬉しく、王家の者であることが誇らしく天にも昇る思いだった。
こここそが自分のいるべき場所でありこれから自分の本当の人生が始められる。
そう思っていた。それが打ち砕かれるのにそう時間はかからなかった。
兄は冷たかった。自分を身代わりとしか見ていなかったのだ。
自分の姿など見たこともなかったが、王を見て自分の容姿を知った。
「王とそっくりね。さすがに双子です。その強きまなざし、太い眉、大きな鼻、巻き毛、背丈も同じだけある。王より少し肩幅がありそうね。でも陽に焼けてだいぶ黒いし手も節くれだっている」
そう言って母は自分の手に触れた。
電流が走ったようにしびれる感覚が襲った。
嬉しさなのか寂しさなのか悲しさなのかわからなかった。
自分がどんな暮らしをしてきたのか、母なる人は問うこともしなかった。
兄に似ていることにしか関心がなく、王の身代わりとして役に立つかだけが大事なのだ。
そこには誰にも愛されない自分がいた。
そのとき心に決めた。兄と入れ替わり王になると。
それから五年、身代わりを務めながら必死に勉強し、文字を覚え政治の仕組みを知り、貴族の面々を覚え守りの武人と親しくしていった。
人に取り入るのは簡単だった。
生きるために人の考えを読み取りそれに応じた会話をした。
武人たちは、そっけない王よりも親しく話せ、努力家で野心のある身代わりの弟を慕うようになっていた。
そのうち違っていた肌の色も同じような白さとなり、その威厳も物腰も言葉遣いも王そのものになった。