第71話 第三節 陰謀の渦中 ー陰謀ー ー衰弱ー

文字数 2,413文字

ー陰謀ー
 中浜宗家の嫡男サンコの動きは迅速だった。
 シーナに白い大蛇がとぐろを巻き始めたのには心底驚愕した。
 これは現実のことなのかどうかさえ定かではなかった。
 ましてシーナと大蛇に飛びついた舞人が、武人の刃を受け青虎に変わるなど……
 王は矢で射られたあと青虎に襲われ絶命した。呪術師の予言の通りになったのだ。
 驚きと同時にサンコはここを逃す手はないと一人ほくそ笑んだ。
 サンコがにらんだ通り、武人たちに大混乱が起こっていた。
 武人の勢力は、そのときまでは『王の頭』である貴族を凌ぐものとなっていた。
 『王の頭』会議はもはや形ばかりになり主要なことは実質王と武人で決められていた。
 隣国に攻め入るという話も貴族達には全く諮(はか)られることもなく噂で聞く始末だった。
 王はこのように貴族を軽んじていたため、貴族に対し居丈高になる武人も少なくはなかった。
 サンコは苦々しく思い、このままでは貴族は何の力もなくなり、武人の下に組み込まれ意のままにされてしまうという危機感を持っていた。
 だがその王はもう死んだ。
 そしてその後、サンコの耳に入ってきた噂は驚くべき内容だった。
 王は、兄である真の王にすり替わった双子の弟である実の兄を暗殺して王位に就いたというものだった。
 そういえば、宮廷帰りの父がいつからか
「王は全く別人のように変わられた、以前は貴族を重用して『王の頭』の会議こそ政治の要としてくださっていたのに、いまでは武人の為の政治になっている」と嘆いていたのを思い出した。
やはりあの王は偽りであった。
 演舞会で偽りの王が殺されてからそのような機密が漏れることは、武人らの動揺がかなり大きく情報統制が取れていないことを示していた。
 この様子では先の見通しも立ってはいないだろう。だからこそ今が絶好の機会なのだ!
 サンコは行動した。
 もともと政治などというものには疎い輩である武人たちが右往左往する中、サンコは父と共にシーナを連れて宮廷入りした。
 武人にあえてシーナを見せるためだ。
 「この者は我が家中にあります。私どもの使用の者です。この者に何かあればまたあの忌まわしい白蛇や青虎が現れます。王が逝去され混乱のさなかとは存じますが、他の国に知られれば好機とばかりに攻め入られる恐れもあります。すぐに『王の頭』会議を開いてください」
 サンコは声高に進言した。
 王を守ることばかりを生業としてきた武人達は、王の庇護のもと好き勝手に貴族に要求するばかりで、国の緊急事態に対する方策を立てられる者などはいなかった。
 武人もまた王の操り人形に過ぎなかったのだ。
 だからあの王が王位に就く前まで実質政治を執り行っていた貴族達を招集するのに迷いはなかった。
 まして武人達は、白蛇と青虎そしてシーナを演舞会で実際見て戦っているのだ…
 サンコの進言により『王の頭』会議が復活し、シーナを手もとに置いておくことでサンコは会議で大きな発言権を得ていた。
 シーナは武人や他の貴族を黙らせる切り札となっていたのだ。
 サンコは、会議の中で王位の継承を、双子の実の弟に暗殺された真の王の子どもだけでなく弟である偽りの王の子どもにまで広げるべきだと主張した。
 双子であれば血筋に問題はなく子どもには何の責任もないからと説明した。
 それには理由があった。
 兄である真の王の血を引く女子は皆成人し、自分と釣り合う年齢の姫がおらず偽りの王の子女にはそれがいたのだ。
 もし縁組ができればサンコは王家に最も近い貴族となる。
 サンコの陰謀はかくして着々と形を成していった。

ー衰弱ー
 シーナは演舞会のときのことを思い出していた。
 何日も声が出なかったがあのときだけは自然に声が出て、目を閉じると歌い始めていた。
 きっとチマナに会えたからだ。
 あのときの嬉しさは言葉にならない。
 出なかった声が出たのもチマナの優しいまなざしに包まれたからだろう。
 あの日起きたことはそれ以外覚えていない。
 周りの人たちは、以前にも増して自分と距離をとるようになった。
 誰も話しかけてもくれなくなり、気味悪いものでも見るように固まってひそひそと話をしている。
 「白蛇」という言葉を頻繁に耳にするようになったけれど、誰も教えてくれないし、誰にも聞けない。
 ハンナ様にも会うことがなくなり、ルアン様のもとにも呼ばれなくなった。
 私は何のためにここにいるのだろう。
 それでいて自分には監視がついているようだ。
 常に誰かしらに見られている。何もすることもなく外に出ようものなら、何人にも取り囲まれすぐに連れ戻された。
 どうやら外側から鍵もかけられているようだ。
 サンコ様は、演舞会以降笛を一切なさらなくなり、自分の歌と合わせることもなくなった。
 シーナは、歌うこともなくなり誰と話すことも許されず行動も制限されて、日ごとに衰弱していった。
 やがてサンコが宮中に行く度に、両手首を縛られ綱に繋がれて罪人のように小突かれながら連れていかれた。
 そして必ずサンコの席の後ろに床に座らされた。
 シーナは、たくさんの人の目にさらされる宮廷には行きたくなかったが、断ることなど到底できなかった。
 もはやサンコには優しさは微塵もなく、有無をも言わせぬ凄みが増しサンコは、シーナにとって恐怖の存在でしかなくなっていた。
 会議では、生気のない青白い少女が終始呆けた表情で座っている姿が毎回の風景になっていた。

 みんなに会いたい。チマナ、テナン、アーサ、ハンガン、ヤシマ。
 シーナは心の中で呼び掛けた。
 『助けるよ、会いに行くみんなで、シーナ』
 最近になってしばしばシーナの心に不意に入ってくる懐かしい声があった。
 「私、気がおかしくなっている。テナンの声が聞こえるなんて…」
 シーナは、森での生活も心の深い底に閉じ込めようと努めた。
 何回となく聞こえてくるテナンの声を無視し、決して応えようとはしなかった。



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