第35話 第二節 救出行 ー走れ!ー
文字数 2,750文字
森には様々な実がなる。
その中には一風変わった実があった。
食すとそのまま深く眠ってしまいニ、三日はそのまま絶命したように見えるが、その実の効果が切れると再び起きて動き出すというものであった。
ヤシマは小さい頃、その実の隣で横たわる動物を何度も見ていた。
しかし数日すると動物はいなくなっていた。
同じく興味を示したアーサと共に横たわった動物を観察すると、数日後にその場で起き上がり元気になって走り去っていった。
小さな赤い粒がいくつも重なり丸い真っ赤な実だった。
ヤシマは、王以外は王の配下であっても人の命を奪うことはしたくなかった。
不意を突いて二人を襲い気絶させると、その実を二人の守りの武人の口に入れた。
二人はすぐに眠りに落ちた。
一人の腰から鍵を見出すと、扉を開けてハンガンとバンナイを中に入れた。
囚われ人の腹が決まり準備ができると、逃げ道と反対方向へと妻女三人が向かった。
バンナイが持ってきた小さな明りは、三人に渡した。
赤子はバンナイが背負い、逃げ人となった六名は蔓を編んで作った縄をそれぞれ身体にまきつけバンナイの後について行った。
「皆さまにはこの暗闇では何も見えますまい。明るくなればこれは外して捨てます。 夜の間この蔓は命綱です。 絶対にほどかないでください」異論があるはずがなかった。
バンナイのすぐ後ろは赤子の母、次に年齢の低い順に一列になり赤子の父は最後尾となって歩き始めた。
森までの道は山道だった。山の道は崖路もあり危険があったが、人目に付きにくい。
その道に向かって歩き続けるうちに、雲の切れ間から差す星もかすかな明りとなった。
上空には鷹がいた。
ハンガンとヤシマは、それぞれ一人ずつ武人を背負い一行が逃げた道とは反対の方向に進んだ。
走り出したいところだが武人の身体はがっしりとしていた。
「ヤシマ、そっちだ」
ハンガンは二人のうち細みの武人をヤシマに示した。
ハンガンは重い方の武人を背負い歩き出した。
道はバンナイの鷹が教えてくれる手はずになっていた。
武人二人は、三日は眠ることになるだろう。その間は誰にも見つからずにいて起きたときの状況で、罰を逃れるために身を隠すもよし、名乗り出て事情を話すもよしそれぞれが決めればよいことだ。
見張りがいないことで何が起きたかは謎に包まれる。
混とんとして探索の方向も迷走するだろう。
二人が目覚める三日後には事は全て終わっているはずだ。
二人は黙々と歩いた。
荒い呼吸が二人の肩にかかる重さを語っていたが、二人から休もうという言葉は出なかった。
やっと二人を置けそうな森の茂みに出た。ここなら簡単には見つからないはずだ。
二人の身体を横たえると、初めて二人から同時にため息が漏れた。
これで手がかりになる情報はなくなる。
ここからならすぐに追いつけるだろう。
二人はすぐに走りだした。互いに前に出ることも後ろに下がることもなかった。
二人は、バンナイの鷹の羽音と雲間に時折り顔を出すわずかな星の光で道を探し出した。
ひたすら前を急いだ。
走っている最中ハンガンはりりがどんなに不安だろうかと思った。
ほどなく先を行く一行の背中が小さく見え、その姿がだんだん大きくなりついに追いついた。
案の定、貴族たちは早くも足もとがおぼつかずふらついていた。
ヤシマは一番小さい男の子を背負い、ハンガンはりりを背負った。
子ども達は間に入ったヤシマやハンガンの服の裾を掴んで、先へ先へと歩を進めた。
貴族の子女達は交代でヤシマとハンガンに背負われため、集団の歩く速さが増した。
そして夜が明けないうちにいよいよ山道に入っていった。
少しずつ なり視界が鮮明になってきたものの雨は次第に強くなり、泥でぬかるむ山道で足が滑り貴族たちはそれぞれ何度も転んだ。
足場の横が崖になっていることがわかると、恐怖ですすり泣く子女もいた。
川の流れは雨を呑み込んで轟音となった。
りりは特に何度も転び至るところから血を流していたが、決して弱音を吐かなかった。
川音を崖下に聞くようになった頃、バンナイが、休憩しようと言った。
木々が密集し枝葉が茂って雨除けができるところに着くと、 子女たちはそのまま崩れ落ちるように座り込んだ。
誰一人として言葉を発するものはいなかった。
足もとを見ると、美しい布で覆われていたはずの靴は血で赤く染まっていた。
出かけるときは馬車と決まっている貴族の靴は、下底は厚めの布を何重にも重ねているが、足全体を覆う布は薄く歩きながら枝や石の先に肌を切られていたのだろう。
ましてりりは部屋の中だけで生きていたのだ。
ハンガンがりりをみると、りりはハンガンに心配をかけまいと笑顔を見せた。
足の痛みや転んでできた傷口が痛むのだろう、ハンガンが見ていないところでは痛みに顔を歪ませていた。
ヤシマは子女たちの足を見て回り、薬草を擦りこんだ。
そのあとハンガンが、持ってきていた貴族の服を切り裂いてその足を何重に包み込み巻いた。
止まると体が冷える。子女たちは兄弟姉妹で身を寄せ合い互いをさすり合った。
立ち上がるときは、ハンガンもヤシマもバンナイも全員を助け起こさなければならないほど子女たちは疲弊していたが、捕らえられる恐怖がその身を奮い立たせ歩を進ませた。
またしばらく獣道を行くと「カンカンカンカン、カンカンカンカン」という金属音が連続して鳴り響いた。
雨音の中その音は周辺に鳴り響きこだました。
崖下を覗くと、木々の隙間からその金属音と共に火花が見え人々が何かを打ちつけている様子が見て取れた。
広い平地に大きな屋根がかかり、中央には火が激しく燃えている巨大な筒状の入れ物があった。
多くの者がそこに長い棒を差し込んでは大きな槌でそれぞれ打ちつけていたのだ。
「なんだ、あれは…」バンナイがつぶやいた。
「あ、これは…。剣を作っているのだと思います。父が言っていました。王が隣国を攻めて領土を拡大しようとしていると。そのための剣や武器をここで…やはり本当だったんだ」
貴族の長男が言った。
皆は立ち止まりその様子を見ていた。
だいぶ距離があるため、あちらから見えないとバンナイは確信していた。
しかし油断はできない。
バンナイは「さあ、『おそろしの森』に入るぞ」と声をかけ、貴族の長男に「今の話は森に入ってから聞きます」と静かに言った。
雨に打たれながら一行は黙々と歩き続けた。
半日遅れれば追手に追いつかれても不思議はない。
その思いが貴族たちの足を進めさせていた。
しかし歩みは遅く、昼を過ぎ日は傾き雨も上がってから『おそろしの森』へと続く最後の大通りが一行の目に飛び込んできた。
その中には一風変わった実があった。
食すとそのまま深く眠ってしまいニ、三日はそのまま絶命したように見えるが、その実の効果が切れると再び起きて動き出すというものであった。
ヤシマは小さい頃、その実の隣で横たわる動物を何度も見ていた。
しかし数日すると動物はいなくなっていた。
同じく興味を示したアーサと共に横たわった動物を観察すると、数日後にその場で起き上がり元気になって走り去っていった。
小さな赤い粒がいくつも重なり丸い真っ赤な実だった。
ヤシマは、王以外は王の配下であっても人の命を奪うことはしたくなかった。
不意を突いて二人を襲い気絶させると、その実を二人の守りの武人の口に入れた。
二人はすぐに眠りに落ちた。
一人の腰から鍵を見出すと、扉を開けてハンガンとバンナイを中に入れた。
囚われ人の腹が決まり準備ができると、逃げ道と反対方向へと妻女三人が向かった。
バンナイが持ってきた小さな明りは、三人に渡した。
赤子はバンナイが背負い、逃げ人となった六名は蔓を編んで作った縄をそれぞれ身体にまきつけバンナイの後について行った。
「皆さまにはこの暗闇では何も見えますまい。明るくなればこれは外して捨てます。 夜の間この蔓は命綱です。 絶対にほどかないでください」異論があるはずがなかった。
バンナイのすぐ後ろは赤子の母、次に年齢の低い順に一列になり赤子の父は最後尾となって歩き始めた。
森までの道は山道だった。山の道は崖路もあり危険があったが、人目に付きにくい。
その道に向かって歩き続けるうちに、雲の切れ間から差す星もかすかな明りとなった。
上空には鷹がいた。
ハンガンとヤシマは、それぞれ一人ずつ武人を背負い一行が逃げた道とは反対の方向に進んだ。
走り出したいところだが武人の身体はがっしりとしていた。
「ヤシマ、そっちだ」
ハンガンは二人のうち細みの武人をヤシマに示した。
ハンガンは重い方の武人を背負い歩き出した。
道はバンナイの鷹が教えてくれる手はずになっていた。
武人二人は、三日は眠ることになるだろう。その間は誰にも見つからずにいて起きたときの状況で、罰を逃れるために身を隠すもよし、名乗り出て事情を話すもよしそれぞれが決めればよいことだ。
見張りがいないことで何が起きたかは謎に包まれる。
混とんとして探索の方向も迷走するだろう。
二人が目覚める三日後には事は全て終わっているはずだ。
二人は黙々と歩いた。
荒い呼吸が二人の肩にかかる重さを語っていたが、二人から休もうという言葉は出なかった。
やっと二人を置けそうな森の茂みに出た。ここなら簡単には見つからないはずだ。
二人の身体を横たえると、初めて二人から同時にため息が漏れた。
これで手がかりになる情報はなくなる。
ここからならすぐに追いつけるだろう。
二人はすぐに走りだした。互いに前に出ることも後ろに下がることもなかった。
二人は、バンナイの鷹の羽音と雲間に時折り顔を出すわずかな星の光で道を探し出した。
ひたすら前を急いだ。
走っている最中ハンガンはりりがどんなに不安だろうかと思った。
ほどなく先を行く一行の背中が小さく見え、その姿がだんだん大きくなりついに追いついた。
案の定、貴族たちは早くも足もとがおぼつかずふらついていた。
ヤシマは一番小さい男の子を背負い、ハンガンはりりを背負った。
子ども達は間に入ったヤシマやハンガンの服の裾を掴んで、先へ先へと歩を進めた。
貴族の子女達は交代でヤシマとハンガンに背負われため、集団の歩く速さが増した。
そして夜が明けないうちにいよいよ山道に入っていった。
少しずつ なり視界が鮮明になってきたものの雨は次第に強くなり、泥でぬかるむ山道で足が滑り貴族たちはそれぞれ何度も転んだ。
足場の横が崖になっていることがわかると、恐怖ですすり泣く子女もいた。
川の流れは雨を呑み込んで轟音となった。
りりは特に何度も転び至るところから血を流していたが、決して弱音を吐かなかった。
川音を崖下に聞くようになった頃、バンナイが、休憩しようと言った。
木々が密集し枝葉が茂って雨除けができるところに着くと、 子女たちはそのまま崩れ落ちるように座り込んだ。
誰一人として言葉を発するものはいなかった。
足もとを見ると、美しい布で覆われていたはずの靴は血で赤く染まっていた。
出かけるときは馬車と決まっている貴族の靴は、下底は厚めの布を何重にも重ねているが、足全体を覆う布は薄く歩きながら枝や石の先に肌を切られていたのだろう。
ましてりりは部屋の中だけで生きていたのだ。
ハンガンがりりをみると、りりはハンガンに心配をかけまいと笑顔を見せた。
足の痛みや転んでできた傷口が痛むのだろう、ハンガンが見ていないところでは痛みに顔を歪ませていた。
ヤシマは子女たちの足を見て回り、薬草を擦りこんだ。
そのあとハンガンが、持ってきていた貴族の服を切り裂いてその足を何重に包み込み巻いた。
止まると体が冷える。子女たちは兄弟姉妹で身を寄せ合い互いをさすり合った。
立ち上がるときは、ハンガンもヤシマもバンナイも全員を助け起こさなければならないほど子女たちは疲弊していたが、捕らえられる恐怖がその身を奮い立たせ歩を進ませた。
またしばらく獣道を行くと「カンカンカンカン、カンカンカンカン」という金属音が連続して鳴り響いた。
雨音の中その音は周辺に鳴り響きこだました。
崖下を覗くと、木々の隙間からその金属音と共に火花が見え人々が何かを打ちつけている様子が見て取れた。
広い平地に大きな屋根がかかり、中央には火が激しく燃えている巨大な筒状の入れ物があった。
多くの者がそこに長い棒を差し込んでは大きな槌でそれぞれ打ちつけていたのだ。
「なんだ、あれは…」バンナイがつぶやいた。
「あ、これは…。剣を作っているのだと思います。父が言っていました。王が隣国を攻めて領土を拡大しようとしていると。そのための剣や武器をここで…やはり本当だったんだ」
貴族の長男が言った。
皆は立ち止まりその様子を見ていた。
だいぶ距離があるため、あちらから見えないとバンナイは確信していた。
しかし油断はできない。
バンナイは「さあ、『おそろしの森』に入るぞ」と声をかけ、貴族の長男に「今の話は森に入ってから聞きます」と静かに言った。
雨に打たれながら一行は黙々と歩き続けた。
半日遅れれば追手に追いつかれても不思議はない。
その思いが貴族たちの足を進めさせていた。
しかし歩みは遅く、昼を過ぎ日は傾き雨も上がってから『おそろしの森』へと続く最後の大通りが一行の目に飛び込んできた。