第50話 第一節 なぜそこに ー演舞会当日ー
文字数 1,883文字
早朝から演舞場となった処刑場は賑やかだった。
遠いところから旅してきた者たちは身分によって割り振られた場所をみつけると、我先にと前列の席を取っていった。
至る所で取り合いをしている声が特別な一日であることを告げていた。
前日、奴婢達は全員村々に帰された。
「殺風景な処刑場がこんなに立派になった。お前たちのお陰だ。だが明日の晴れやかな出し物をお前たちが見ることは許されてねぇからここにいてもしょうがねぇ。帰って休め」
大工は優しかった。
「そこの二人よく働いたなあ。お前らどこの村だ。俺の弟子に欲しいがどうだ?」
大工は二人にそう聞いた。
「ありがとうございます。 でも俺たちも村に帰らなきゃならないんで」
ハンガンは笑顔で答えた。
「そうか、そりゃしかたねえなぁ」
大工は残念そうな顔をした。
続々と人が集まり会場はぎっしり埋まった。
貴族席は囲いが造られ一段高くなっており、他の席に比べるとゆったりとした作りだった。
その周りは武人の席で、いざというときは貴族の楯となる。
各地の貴族が馬車を引く大行列でやってきて昨日まで街道も賑わっていたが、席についてみれば他の身分の者に比べて少人数であることがわかる。
それでも席が埋まると色鮮やかな貴族服はきらびやかで、ひときわその存在感を放っていた。
『王の頭』会議では十一宗家が出席するが、宗家も分家も一堂に会すこの宴では、貴族同士の挨拶もひっきりなしだった。
この国初の一大行事で、どの席からも子どものような笑顔が花開いていた。
「王様も粋な事をなさるよなぁ。みんな楽しみにしているよ。こんなこと初めてだ。毎年こんな宴があるといいよなぁ」
「食べ物屋も大繁盛だよ。商人はここのところ忙しくてしょうがねぇってほくほくだったよ。農夫だってよ、こんな楽しみがあったら頑張れるってもんだろうよ」
皆口々に王をほめそやした。
「楽しみで仕方がねぇよ。出るんだろ。あの例の…」
「なんてったっけなあ、名前がついてるんだよ、一番人気だよあれが。なんてったっけなぁ。あ、思い出した。『天女如心』だった。かわいい舞人ばかりでそれはもう綺麗なんだよ。その表情が一度見たら忘れられねぇくらい、何てったらいいのか言葉にならねぇ。ここをぐいっと掴まれちまうんだよ」
男は自分の胸を押さえた。
「涙が出てくるって言ってた奴もいたぞ」
「もう一回見たいんだよ。俺はそれが楽しみでな。その他にも出し物は三十ほどあるようだが、俺はそれ一つで十分だ」
「実は俺もだ。それ見たらこの席代わってやってもいいんだ」
「楽しみだなあ」
「そうそう、楽しみで仕方がねぇ。しばし浮世を忘れられるなあ」
間もなく開始時刻という頃に王家の人々と武人が入ってきた。
王は、金の縁取りのある膝までゆったりと流れる真っ赤な上着に下は白い裾に広がりのある履物、靴はすっぽりと足を覆い全体が金色に輝いていた。
黒い巻き毛が肩まで届き大きなぎょろりとした目は、会場全体を掴むかのような強い光を放っている。
王の後方には、奥方と子どもと思しき人たちがずらりと並んでいた。
王家の親類がさらに後ろに控え、その周りをぐるりと囲んで『王の耳』が立ち並んでおり、後方には『王の矢』が弓矢を背にずらりと並び、さらに両脇には『王の矢』が剣を構えるようにして並んでいた。
王家の席だけが楽しい宴席とは裏腹の猛々しい雰囲気を放っていた。
演舞場を取り囲むように全体に武人が等間隔で配置されており、そのすぐ外側の鉄柵にはぐるりとぶら下がるように会場を見つめる人々の厚みができていた。
定刻が来て演舞会は始まった。
最初の出し物は漁師歌だった。
東、中、西浜宗家領の漁師たちがこぞって舞台に上がり、船出するときに歌う漁歌を声高らかに歌った。
その男声は朗々となり響き、命がけで漁に出掛ける男たちの家族を想う気持ちに一同が胸打たれた。
続いて、西田宗家領の農夫たちによる収穫歌が披露された。
御山宗家領の牛追い歌、樹木を切り倒す折に森に捧げる東山宗家領の山男たちの感謝舞いは、木を打ちならす拍子に合わせ男たちが乱舞した。
各領地から、それぞれ日頃は見ることもない独特の歌舞音曲が披露され、どの演目の終わりでも拍手喝采が起こった。
休憩時には、各々が持ち寄った弁当をその場で食べることも許された。
そこには、まるで身分の差などないかのように楽しむ人々の姿があった。
休憩後しばらくは芸人と呼ばれる者たちの出し物が披露された。
時はあっという間に過ぎ、いよいよ『天女如心』の歌舞が披露されるときがきた。
遠いところから旅してきた者たちは身分によって割り振られた場所をみつけると、我先にと前列の席を取っていった。
至る所で取り合いをしている声が特別な一日であることを告げていた。
前日、奴婢達は全員村々に帰された。
「殺風景な処刑場がこんなに立派になった。お前たちのお陰だ。だが明日の晴れやかな出し物をお前たちが見ることは許されてねぇからここにいてもしょうがねぇ。帰って休め」
大工は優しかった。
「そこの二人よく働いたなあ。お前らどこの村だ。俺の弟子に欲しいがどうだ?」
大工は二人にそう聞いた。
「ありがとうございます。 でも俺たちも村に帰らなきゃならないんで」
ハンガンは笑顔で答えた。
「そうか、そりゃしかたねえなぁ」
大工は残念そうな顔をした。
続々と人が集まり会場はぎっしり埋まった。
貴族席は囲いが造られ一段高くなっており、他の席に比べるとゆったりとした作りだった。
その周りは武人の席で、いざというときは貴族の楯となる。
各地の貴族が馬車を引く大行列でやってきて昨日まで街道も賑わっていたが、席についてみれば他の身分の者に比べて少人数であることがわかる。
それでも席が埋まると色鮮やかな貴族服はきらびやかで、ひときわその存在感を放っていた。
『王の頭』会議では十一宗家が出席するが、宗家も分家も一堂に会すこの宴では、貴族同士の挨拶もひっきりなしだった。
この国初の一大行事で、どの席からも子どものような笑顔が花開いていた。
「王様も粋な事をなさるよなぁ。みんな楽しみにしているよ。こんなこと初めてだ。毎年こんな宴があるといいよなぁ」
「食べ物屋も大繁盛だよ。商人はここのところ忙しくてしょうがねぇってほくほくだったよ。農夫だってよ、こんな楽しみがあったら頑張れるってもんだろうよ」
皆口々に王をほめそやした。
「楽しみで仕方がねぇよ。出るんだろ。あの例の…」
「なんてったっけなあ、名前がついてるんだよ、一番人気だよあれが。なんてったっけなぁ。あ、思い出した。『天女如心』だった。かわいい舞人ばかりでそれはもう綺麗なんだよ。その表情が一度見たら忘れられねぇくらい、何てったらいいのか言葉にならねぇ。ここをぐいっと掴まれちまうんだよ」
男は自分の胸を押さえた。
「涙が出てくるって言ってた奴もいたぞ」
「もう一回見たいんだよ。俺はそれが楽しみでな。その他にも出し物は三十ほどあるようだが、俺はそれ一つで十分だ」
「実は俺もだ。それ見たらこの席代わってやってもいいんだ」
「楽しみだなあ」
「そうそう、楽しみで仕方がねぇ。しばし浮世を忘れられるなあ」
間もなく開始時刻という頃に王家の人々と武人が入ってきた。
王は、金の縁取りのある膝までゆったりと流れる真っ赤な上着に下は白い裾に広がりのある履物、靴はすっぽりと足を覆い全体が金色に輝いていた。
黒い巻き毛が肩まで届き大きなぎょろりとした目は、会場全体を掴むかのような強い光を放っている。
王の後方には、奥方と子どもと思しき人たちがずらりと並んでいた。
王家の親類がさらに後ろに控え、その周りをぐるりと囲んで『王の耳』が立ち並んでおり、後方には『王の矢』が弓矢を背にずらりと並び、さらに両脇には『王の矢』が剣を構えるようにして並んでいた。
王家の席だけが楽しい宴席とは裏腹の猛々しい雰囲気を放っていた。
演舞場を取り囲むように全体に武人が等間隔で配置されており、そのすぐ外側の鉄柵にはぐるりとぶら下がるように会場を見つめる人々の厚みができていた。
定刻が来て演舞会は始まった。
最初の出し物は漁師歌だった。
東、中、西浜宗家領の漁師たちがこぞって舞台に上がり、船出するときに歌う漁歌を声高らかに歌った。
その男声は朗々となり響き、命がけで漁に出掛ける男たちの家族を想う気持ちに一同が胸打たれた。
続いて、西田宗家領の農夫たちによる収穫歌が披露された。
御山宗家領の牛追い歌、樹木を切り倒す折に森に捧げる東山宗家領の山男たちの感謝舞いは、木を打ちならす拍子に合わせ男たちが乱舞した。
各領地から、それぞれ日頃は見ることもない独特の歌舞音曲が披露され、どの演目の終わりでも拍手喝采が起こった。
休憩時には、各々が持ち寄った弁当をその場で食べることも許された。
そこには、まるで身分の差などないかのように楽しむ人々の姿があった。
休憩後しばらくは芸人と呼ばれる者たちの出し物が披露された。
時はあっという間に過ぎ、いよいよ『天女如心』の歌舞が披露されるときがきた。