第51話 第一節 なぜそこに ー『天女如心』の舞人 

文字数 923文字

 待ちに待った天女如心の歌舞の順番がくると、会場は一気に熱気に包まれた。
 十六名の舞手が現れると、水を打ったような静けさがやってきた。
 一瞬も見逃すまいとするかのような視線が舞台に集まる。
 娘たちは、白く透き通る裾までの衣装の下にそれぞれ赤や黄、緑に青に紫にと鮮やかな長い衣を着ていた。
 髪は背中まで流し幻想的な衣装と合わせ一人ひとりがまさしく天女そのものであった。
 十六名が背中合わせに円形を作り、顔を観客に向け目を閉じた。
 笛や箏、太鼓がなるや、それに合わせて閉じていた目をすっと開けると、腕を中央に高く掲げ舞子達は舞台上をくるくると回り、沈んだり弾んだり手足を中央に集めたりして跳ね飛び動き、さながら夢の世界の出来事であるような舞いが繰り広げられた。
 観客もまた少女たちと同じ夢の世界にいた。
 会場を取り囲む低木には次々男たちがよじ登り、そこでも誰もが舞いに見とれていた。
 一人が足を滑らせ落ちたようだが、誰も気が付かなかった。
 この時間になり一層分厚くなった人垣の後ろ、ひときわ高い木の中ほどの枝葉の中でヤシマはこの舞を見ていた。
 ハンガンもまたそこから数本離れた木に上り枝葉に隠れるように舞台を見つめていた。
 二人とも、おおよそ常人には登ることができない真っすぐと伸びる木に人目がないときを見計らって既に上っていた。
 二人は同時にあることに気がついた。
 舞台の中央に、薄化粧を施してはいるが目鼻の形に見覚えがある忘れもしない大切な仲間を見出した。
 「チマナ…なぜお前が…」
 二人は同時にそう思った。
 チマナの動きは他の娘より切れがあり美しかった。 
 いますぐ駆け寄りどうしてこの中に居るのか聞きたい。
 二人の思いをよそに舞は進んでいった。
 音曲の模様が一変し箏と鈴だけになり、物悲しげな舞に切り替わった。
 涙ぐむ人々もいて悲哀は観衆を包み込んだ。
 もう一人、チマナを凝視する人物がいた。
 それは、宴が始まって以降帽子を深くかぶり、目を伏せ顔を見せないように小さく貴族席の後ろにいるシ―ナだった。
 天女如心の舞いが始まっても顔を上げず舞も見ていなかったが、あまりにも悲しく美しい音曲に思わず目を上げたその正面に見えたのが、チマナだった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み