第53話 第一節 なぜそこに ー思いー -胸中ー
文字数 2,181文字
ー思いー
サンコとともに控室に移動したシ―ナは、茫然と貴族の男たちが奏でる音曲を聴いていた。
貴族の出し物に入ってから全体が間延びしたようになっていた。
声は出てくれるだろうか。
もし歌えなければサンコ様に恥をかかせてしまう。私は生きてはいられない。
おやじ様は「ただ生きよ」と言われたけれど生きることは難しい。
サンコ様やハンナ様、ルアン様のお役に立ちたい。
でも…
もやもやとした不安はどこから来るのだろう。
中浜宗家の皆様を危険な目に合わせてしまうのではないか……
そんな不安がシ―ナから離れることはなかった。
二か月ほど前から思うように声が出なくなっていた。
歌えない。歌しかないのに…
サンコ様が作った歌詞は王や王家を讃える内容だった。
それを歌おうとすると声が出なくなった。かすれて歌にならなくなった。
声が出るのは「ル」で歌うときだけだ。なぜ他の音が出ないのだろう。話すときにはどの音も出るというのに。
サンコ様は歌うときと話すときの声の出し方が違うのだと説明してくれたが、なぜ私は歌えないのか皆目わからず演舞会の日が来てしまった。
ー胸中ー
サンコはこの盛大な宴で、自分の笛とシ―ナの歌を合わせて王に捧げるつもりだった。
王はここ数年来側近の武人を重用し『王の頭』である貴族会議を通さず決めごとをしている。
王は絶対君主となっていた。
『王の頭』は、異を唱えようものなら排斥され処罰される。
中浜宗家の当主であるサンコの父は、他の貴族に気を遣い口車にも乗りやすい。
貴族同士だけの話し合いには王への批判もあり、その場で調子を合わせた父が周囲に謀られ矢面に立たされることもあった。
貴族といえども決して安泰ではない。
ハンナや病弱なルアン、そして両親や家人たちを守るには王の懐深くに入らなければならない。この思いは日に日に大きくなっている。
王はサンコの笛を気に入っている。
以前から父が王宮に上がるときは、王からサンコを必ず連れてくるようにと達しがあり、サンコは『王の頭』会議の合間に王や王家の方々の前で笛を披露することもあった。
少し前に十九歳になったサンコは嫁取りを考えていた。
通例なら、西浜、東浜の縁筋からもらうがサンコは王家の姫を迎えたいと密かに目論んでいた。
これしか中浜宗家を守る道はない。
しかし、サンコの意に反していっこうにその話は王の口から出なかった。
それどころか、側近の武人に王女を嫁がせるという話が噂されている。
武人たちは歓喜し王への忠誠をこれまで以上に強くしているという。
それを知り落胆と不安が募る日々だった。
そんなときハンナが、どこの馬の骨ともわからぬ一人の気弱な少女を連れてきた。
しかしその少女の歌を聴き、人を惹きつけてやまないその不思議な力に驚いた。
ハンナは大変な拾い物をしたものだと思った。
シ―ナの素性はようとしてわからず、家人のなかで信頼のおける二人に命じて探索をさせたが、シ―ナらしき娘が行方不明なっている話は出てこない。
だがそんなことはさして重要ではなかった。
それよりも王の懐に入り込むのに手段を選んでいられない切迫感の方がサンコには大きかった。
浜宗家の集まりで初めてシ―ナの歌とサンコの笛を合わせた演奏を披露し、その噂は『王の耳』に届いた。
数日後には王宮より使いが来て、王家の人々に披露することになった。
シ―ナは貴族の出ではないことから、王家の人々の目に触れないように屏風で隔て姿を見せないことを申し出了承してもらった。
王家の姫たちに笛を聴いてもらえれば、姫たちの心をとらえることに自信はあった。
サンコは王への讃歌の詞を作ったが、シ―ナは歌うことができなった。
「ル」という音だけでしか歌えなかったのだ。
シ―ナは自分を責め泣いていた。
歌詞を記憶できないのでは? と疑った。
「ル」であっても充分多くの人々を魅了できると励まし練習を重ねた。
しかしそのとき、王その人は不在だった。
王子や王女達に請われてサンコを呼んだが、王本人に聴く気はなかったのだ。
挨拶を受けると、王は早々と直近の武人たちと自室に引き上げていった。
かくしてシ―ナは屏風の裏で美しい歌声で歌うことができた。
歌と笛は互いを生かしあい双方をより魅力的にした。
王家の姫たちはうっとりとした目でサンコを見つめていた。
その後盛大な演舞会が開かれること、そしてサンコも笛を披露するようにという達しがあった。
そこには王も列席される。自分の笛も聴いてもらえる。
サンコは即座に参加を申し出た。
シ―ナの声の出は日に日に悪くなっていた。原因はわからずシ―ナが演舞会の出場に極度に緊張しているからだと考えていた。
『天女如心』で最高の盛り上がりを見せた後、貴族の出し物は明らかに他の民達にとって退屈な時間になっていた。他の貴族らの表情にも同じ色合いが見えた。
次は自分達の出番だ。
もしシーナの声がこのまま出ずサンコの笛に重ならなくても、それはそれで立派な出し物にはなっている。
だからひとまず歌わせてみよう。
王家の姫の一人でも自分に心があれば縁はでき王家と繋がれる。
隣国への派兵を目論んでいる王は、必ず反対を表明する貴族の粛清を始めるだろう。
その前に何とか自分を姫の婿として売り込まねばならない。
サンコとともに控室に移動したシ―ナは、茫然と貴族の男たちが奏でる音曲を聴いていた。
貴族の出し物に入ってから全体が間延びしたようになっていた。
声は出てくれるだろうか。
もし歌えなければサンコ様に恥をかかせてしまう。私は生きてはいられない。
おやじ様は「ただ生きよ」と言われたけれど生きることは難しい。
サンコ様やハンナ様、ルアン様のお役に立ちたい。
でも…
もやもやとした不安はどこから来るのだろう。
中浜宗家の皆様を危険な目に合わせてしまうのではないか……
そんな不安がシ―ナから離れることはなかった。
二か月ほど前から思うように声が出なくなっていた。
歌えない。歌しかないのに…
サンコ様が作った歌詞は王や王家を讃える内容だった。
それを歌おうとすると声が出なくなった。かすれて歌にならなくなった。
声が出るのは「ル」で歌うときだけだ。なぜ他の音が出ないのだろう。話すときにはどの音も出るというのに。
サンコ様は歌うときと話すときの声の出し方が違うのだと説明してくれたが、なぜ私は歌えないのか皆目わからず演舞会の日が来てしまった。
ー胸中ー
サンコはこの盛大な宴で、自分の笛とシ―ナの歌を合わせて王に捧げるつもりだった。
王はここ数年来側近の武人を重用し『王の頭』である貴族会議を通さず決めごとをしている。
王は絶対君主となっていた。
『王の頭』は、異を唱えようものなら排斥され処罰される。
中浜宗家の当主であるサンコの父は、他の貴族に気を遣い口車にも乗りやすい。
貴族同士だけの話し合いには王への批判もあり、その場で調子を合わせた父が周囲に謀られ矢面に立たされることもあった。
貴族といえども決して安泰ではない。
ハンナや病弱なルアン、そして両親や家人たちを守るには王の懐深くに入らなければならない。この思いは日に日に大きくなっている。
王はサンコの笛を気に入っている。
以前から父が王宮に上がるときは、王からサンコを必ず連れてくるようにと達しがあり、サンコは『王の頭』会議の合間に王や王家の方々の前で笛を披露することもあった。
少し前に十九歳になったサンコは嫁取りを考えていた。
通例なら、西浜、東浜の縁筋からもらうがサンコは王家の姫を迎えたいと密かに目論んでいた。
これしか中浜宗家を守る道はない。
しかし、サンコの意に反していっこうにその話は王の口から出なかった。
それどころか、側近の武人に王女を嫁がせるという話が噂されている。
武人たちは歓喜し王への忠誠をこれまで以上に強くしているという。
それを知り落胆と不安が募る日々だった。
そんなときハンナが、どこの馬の骨ともわからぬ一人の気弱な少女を連れてきた。
しかしその少女の歌を聴き、人を惹きつけてやまないその不思議な力に驚いた。
ハンナは大変な拾い物をしたものだと思った。
シ―ナの素性はようとしてわからず、家人のなかで信頼のおける二人に命じて探索をさせたが、シ―ナらしき娘が行方不明なっている話は出てこない。
だがそんなことはさして重要ではなかった。
それよりも王の懐に入り込むのに手段を選んでいられない切迫感の方がサンコには大きかった。
浜宗家の集まりで初めてシ―ナの歌とサンコの笛を合わせた演奏を披露し、その噂は『王の耳』に届いた。
数日後には王宮より使いが来て、王家の人々に披露することになった。
シ―ナは貴族の出ではないことから、王家の人々の目に触れないように屏風で隔て姿を見せないことを申し出了承してもらった。
王家の姫たちに笛を聴いてもらえれば、姫たちの心をとらえることに自信はあった。
サンコは王への讃歌の詞を作ったが、シ―ナは歌うことができなった。
「ル」という音だけでしか歌えなかったのだ。
シ―ナは自分を責め泣いていた。
歌詞を記憶できないのでは? と疑った。
「ル」であっても充分多くの人々を魅了できると励まし練習を重ねた。
しかしそのとき、王その人は不在だった。
王子や王女達に請われてサンコを呼んだが、王本人に聴く気はなかったのだ。
挨拶を受けると、王は早々と直近の武人たちと自室に引き上げていった。
かくしてシ―ナは屏風の裏で美しい歌声で歌うことができた。
歌と笛は互いを生かしあい双方をより魅力的にした。
王家の姫たちはうっとりとした目でサンコを見つめていた。
その後盛大な演舞会が開かれること、そしてサンコも笛を披露するようにという達しがあった。
そこには王も列席される。自分の笛も聴いてもらえる。
サンコは即座に参加を申し出た。
シ―ナの声の出は日に日に悪くなっていた。原因はわからずシ―ナが演舞会の出場に極度に緊張しているからだと考えていた。
『天女如心』で最高の盛り上がりを見せた後、貴族の出し物は明らかに他の民達にとって退屈な時間になっていた。他の貴族らの表情にも同じ色合いが見えた。
次は自分達の出番だ。
もしシーナの声がこのまま出ずサンコの笛に重ならなくても、それはそれで立派な出し物にはなっている。
だからひとまず歌わせてみよう。
王家の姫の一人でも自分に心があれば縁はでき王家と繋がれる。
隣国への派兵を目論んでいる王は、必ず反対を表明する貴族の粛清を始めるだろう。
その前に何とか自分を姫の婿として売り込まねばならない。