第46話 第二節 経緯 ー失踪ー ー一手先ー
文字数 1,797文字
ー失踪ー
サナはあるとき、書物を手に入れるために森から出てそのまま戻らなかった。
サナに何があったのかバンナイは森から飛び出したかったが、サナとの約束で十五歳まで子どもたちを育てることに専念した。
バンナイはサナを片ときも忘れることはなかった。
子どもたちを世に放つ日が来たら必ずサナを探し出す。
バンナイは自分にそう言い聞かせて五年の日々を耐えたのだった。
ー一手先ー
赤子の差し出し以降十五年、皆自分を恐れて政は意のままになった。
いまや自分が恐れるものなどありはしないはずだった。
しかし生きているはずのない子ども、あの年に生まれた子どもが生きていた。
あろうことか貴族の家で…
王は首筋にひやりと冷たいものを浴びせられたようなぞくりとした感情が湧いた。
しかし、同時にその子どもに会ってみたいものだという欲求も湧いていた。
だから、城に連れて来られたその娘を見たときは、どこか残念な気持ちになった。
青虎を宿し自分を食らうなど笑止千万、恐れなど微塵も湧かなかった。
目の輝きは燃えるようだったが、だからといって青虎を宿しているかもしれないなどとはとても思えなかった。
娘を見て思わず王は笑った。
この娘に青虎が宿っているなら姿を見せてみろという気にさえなった。
だからさらし者にして処刑まで間を開けた。
どうせ逃げられやしないだろう。
逃げられた今でさえ、あの娘が青虎に変化しての所業とは思えなかった。
誰か逃亡に手を貸す者がいたのだろう。そうでなければあの娘を含む貴族数名があの処刑場から自力で逃げられるはずなどない。
王にとってはむしろその方が不気味だった。
これまで王命に逆らおうという強者などいなかったからだ。
王は、一軒一軒しらみつぶしに匿っていないかを調べるよう指示を出した。
探し出せないとなれば王の力は侮られる。決して追究の手を緩めてはならぬ。
しかしあれから七日。どこを探しても見つからなかった。
「探してないところはないのか」
「はい。『おそろしの森』を残して後は全て探しました」
「『おそろしの森』だと? そうか、あそこは道迷いの森であったな。だったら気を切り倒して武人たちを総動員して探すのだ」
「王様。恐れながら、あの森の木は切ろうとするものを呪い殺すと言われています。以前それを信用せず木を切った者達が次々亡くなっています」
「切った者が亡くなるなら奴婢を集めろ。奴婢に切らせれば済むことだ」
これであぶり出せる。王はほくそ笑んだ。
「それでも見つからない場合はこうしよう。もう一手打つ」
「もう一手と申しますと?」
「あえて人集めの催しをする」
それを聞いて側近の「王の目」の武人は慌てた。その様子を楽しみながら王は続けた。
「あの呪術師の予言が起こる年なのだ。 恐れて城内にいるのは私の性に合わん。人が大勢集まる場所なら警備を厳重にすればよい。全ての武人兵士を集める。 こちらから仕掛けるのだ。催しを開き私もそこに出席すれば、敵も絶好の機会と見るに違いない。『身の内に青虎飼う者』がもしいるとすれば、待つよりおびき寄せるが得策だろう」
まるで楽しんでさえいるかのような穏やかで静かな話しぶりは、内容の緊急性を一片も漂わせない。
自分自身の身を利用してまでも敵を討とうとしている。なんと豪胆なお方であろう。
現王の腹心の部下として働いてきたこの男は、玉座に君臨するこの怜悧な男の正体を知っていてなお尊敬の念を少しも失わないでいた。
「今日は満月か。では催しは二月を経た満月の日としよう。多くの者が見物できるようにするのだ。貴族、武人に限らず職人も商人も農夫も参加できるようにするのだ。身分を越えてそれぞれの興が集まればさぞ面白かろう。 そうだな、場所は処刑場にしよう」
「処刑場…ですか?」
王の思わぬ言葉に側近の者は聞き返した。
王は不気味な笑みを浮かべた。
「あれだけの広さがあれば十分だろう。中央に舞台もある。仕様を演舞場に変えればよい。よって準備のためにこのふた月の間は、さらしと処刑はなしとする。それまで森の探索と武器の調達に励め。青虎が出るとすれば迎え討つは矢だ。切っ先に毒をたっぷりと仕込むのだ」
「わかりました。必ずその者を仕留めます」
決意を込めて側近の者はそう言った。
これによりこの国始まって以来の壮大な催しが開かれることになった。
サナはあるとき、書物を手に入れるために森から出てそのまま戻らなかった。
サナに何があったのかバンナイは森から飛び出したかったが、サナとの約束で十五歳まで子どもたちを育てることに専念した。
バンナイはサナを片ときも忘れることはなかった。
子どもたちを世に放つ日が来たら必ずサナを探し出す。
バンナイは自分にそう言い聞かせて五年の日々を耐えたのだった。
ー一手先ー
赤子の差し出し以降十五年、皆自分を恐れて政は意のままになった。
いまや自分が恐れるものなどありはしないはずだった。
しかし生きているはずのない子ども、あの年に生まれた子どもが生きていた。
あろうことか貴族の家で…
王は首筋にひやりと冷たいものを浴びせられたようなぞくりとした感情が湧いた。
しかし、同時にその子どもに会ってみたいものだという欲求も湧いていた。
だから、城に連れて来られたその娘を見たときは、どこか残念な気持ちになった。
青虎を宿し自分を食らうなど笑止千万、恐れなど微塵も湧かなかった。
目の輝きは燃えるようだったが、だからといって青虎を宿しているかもしれないなどとはとても思えなかった。
娘を見て思わず王は笑った。
この娘に青虎が宿っているなら姿を見せてみろという気にさえなった。
だからさらし者にして処刑まで間を開けた。
どうせ逃げられやしないだろう。
逃げられた今でさえ、あの娘が青虎に変化しての所業とは思えなかった。
誰か逃亡に手を貸す者がいたのだろう。そうでなければあの娘を含む貴族数名があの処刑場から自力で逃げられるはずなどない。
王にとってはむしろその方が不気味だった。
これまで王命に逆らおうという強者などいなかったからだ。
王は、一軒一軒しらみつぶしに匿っていないかを調べるよう指示を出した。
探し出せないとなれば王の力は侮られる。決して追究の手を緩めてはならぬ。
しかしあれから七日。どこを探しても見つからなかった。
「探してないところはないのか」
「はい。『おそろしの森』を残して後は全て探しました」
「『おそろしの森』だと? そうか、あそこは道迷いの森であったな。だったら気を切り倒して武人たちを総動員して探すのだ」
「王様。恐れながら、あの森の木は切ろうとするものを呪い殺すと言われています。以前それを信用せず木を切った者達が次々亡くなっています」
「切った者が亡くなるなら奴婢を集めろ。奴婢に切らせれば済むことだ」
これであぶり出せる。王はほくそ笑んだ。
「それでも見つからない場合はこうしよう。もう一手打つ」
「もう一手と申しますと?」
「あえて人集めの催しをする」
それを聞いて側近の「王の目」の武人は慌てた。その様子を楽しみながら王は続けた。
「あの呪術師の予言が起こる年なのだ。 恐れて城内にいるのは私の性に合わん。人が大勢集まる場所なら警備を厳重にすればよい。全ての武人兵士を集める。 こちらから仕掛けるのだ。催しを開き私もそこに出席すれば、敵も絶好の機会と見るに違いない。『身の内に青虎飼う者』がもしいるとすれば、待つよりおびき寄せるが得策だろう」
まるで楽しんでさえいるかのような穏やかで静かな話しぶりは、内容の緊急性を一片も漂わせない。
自分自身の身を利用してまでも敵を討とうとしている。なんと豪胆なお方であろう。
現王の腹心の部下として働いてきたこの男は、玉座に君臨するこの怜悧な男の正体を知っていてなお尊敬の念を少しも失わないでいた。
「今日は満月か。では催しは二月を経た満月の日としよう。多くの者が見物できるようにするのだ。貴族、武人に限らず職人も商人も農夫も参加できるようにするのだ。身分を越えてそれぞれの興が集まればさぞ面白かろう。 そうだな、場所は処刑場にしよう」
「処刑場…ですか?」
王の思わぬ言葉に側近の者は聞き返した。
王は不気味な笑みを浮かべた。
「あれだけの広さがあれば十分だろう。中央に舞台もある。仕様を演舞場に変えればよい。よって準備のためにこのふた月の間は、さらしと処刑はなしとする。それまで森の探索と武器の調達に励め。青虎が出るとすれば迎え討つは矢だ。切っ先に毒をたっぷりと仕込むのだ」
「わかりました。必ずその者を仕留めます」
決意を込めて側近の者はそう言った。
これによりこの国始まって以来の壮大な催しが開かれることになった。