第67話 第一節 『おそろしの森で』 ー旅立ちー

文字数 1,724文字

 こうして半月ほどが過ぎた。
 ハンガンは貴族とともにこの森で暮らすことになった。
 ヤシマは、雇い主の地主のもとに戻って用心棒として働きながら、いざというときには人を助けられるよう情報集めをすることにした。
 森にいる間に集めた薬草や、乾燥させた力の付く木の実を携帯することも忘れなかった。
 チマナは、残してきた奴婢の娘たちを想って『天女如心』にやがては戻ると決めていたが、青虎に姿を変えたチマナの顔を覚えている者たちもいることを考慮し、しばらくはバンナイとともにサナを探す旅をすることになった。
 
 「おやじ様、私も一緒に行く。母さんに私も会いたいもの。いやだなんて言わないでね」
 「断る理由はない。それに嫌だと言ってもついてくるだろう。『天女如心』の様子も街の噂でわかるだろう。どのように世の中が変わるかわからんし、俺もその方が安心だ」

 三人が旅立ってから十日ほどして、ハンガンのもとに鷹が来た。
 バンナイからの手紙だった。それは以下のような内容だった。

『ハンガン元気か。王宮より達しが出されたぞ。
一 王不在のためしばらく『王の頭』会議で政を執り行うこと
二 王は、真の王と皇太后を暗殺した罪人であったため、王の咎によって追われていた者全て刑を免れること
三 新王は、この半年の内に決定とすること
四 『おそろしの森』の伐採は、これを一切取りやめること
 
それで、俺たちは、御山宗家に出向いて一家を匿っていたことを話した。
御山宗家は、森に潜んでいるりり達一家を温かく迎える という約束をした。
貴族一家に伝えてくれ。どうするかはお前に任せる』

 ハンガンはこれを早速貴族たちに知らせた。
 一人を除き大喜びだった。
 「森はとてもいいところだ。本当に有り難い。皆のおかげで生き延びることができた。感謝に絶えない。しかし正直言えば、ここでの生活は貴族のそれとはかけ離れてもう限界が来ていた」
 長男が言うと、皆大声で笑った。
 「磔を待つ頃の時を思えば天国でしたよ…」
 妻は赤子を愛しげにあやしながら言った。
 「この子の命が消えなかったことが、私には何よりの幸せです」と重ねて、夫を見た。
 一方で、りり達家族の中には宗家の変わりようを怪しむ声も挙がった。
 しかし政治の流れを読む才に長けた宗家の意図と親類としての面子が働き、それほどひどい扱いは受けないだろうと見る意見も出た。
 宗家当主は、王存命中は王に意を唱える従弟を疎ましく思い王に取り入り、従弟とは絶縁しているそぶりを見せ従弟の動向の責任を問われないように画策していた切れ者だった。 
 それにより事件が明らかになり一家が処刑される事態になっても叱責で済んでいたのだった。
 それが、王が討たれ流れが変わると見るや、世間の同情を集め失踪の謎を秘めたこの従弟の子らを引き取ることにしたのだ。
 それはりり達も十分読んだ上で、変化の機運に乗り一家は伯父である宗家当主に世話になることを決断した。
 数日後ハンガンは貴族たちを御山宗家に送った。
 旅は皆にとって楽しいものになったが、りりとハンガンだけは沈んでいた。
 もうそろそろ宗家に着くという頃、りりとハンガンは二人になった。
 「私とあなたはどうなるのですか?」
 ハンガンは答えられなかった。
 「では、私が決めます。私はこのまま皆と一緒に家に帰ります。そして時期が来たら貴族のもとに嫁ぎます。 それもそう遠い話ではないと思います。あなたはそれでいいのですね」
 「りり様。俺も仲間と共に奴婢の人たちにできることをしたい。俺はいつ死ぬかわからない人間です。あなたには幸せになってほしい。もう誰からも隠れなくていいのです。自由に飛びまわってください。どうかお幸せにお暮らしください」
 ハンガンは静かにゆっくりと言った。
 りりは背を向けた。
 御山宗家の門は目前に迫っていた。
 ハンガンはそっとりりの手を取りしっかり握りしめると思い切るようにパッと放した。
 「あれ、ハンガンは?」
 子女たちが振り返るとそこにもうハンガンの姿はなく、茫然と佇むりりの姿だけがあった。
 皆りりのもとへ行き抱きしめ、それからともに歩いて御山宗家の門をくぐった。
 御山宗家はこの一家を迎える声で大騒ぎとなった。

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