第33話
文字数 1,504文字
真田は学内のクリスマスコンサートに、参加する依頼を受けていた事を思い出した。
返事は保留にしてある。
芹歌の手を取った瞬間に、彼女と共に参加しようと決めた。
自分は何の為に帰ってきたのだ。
それを忘れる所だった。
終了後、生徒達と挨拶を交わしている芹歌を横目で見ながら、渡良瀬に話すと当然ながら
大賛成してくれた。
渡良瀬が芹歌の将来を心配している事は知っている。
担当教授だったし、今でも可愛い教え子だ。当然の感情だろう。
だからこそ、真田の日本公演時のチケットを手配してくれていたのだ。
真田との縁を途切れさせないようにと。
「だけど、お母さんの方、大丈夫かしら。反対されなければいいんだけれど」
心配げに芹歌のそばにいる母親の方へと視線を飛ばした。
芹歌の母はと言えば、芹歌の横でにこやかに娘と共に挨拶している。
「あのお母さんのあんな姿、あの事故以来、私初めて見るわ。だから、多分大丈夫なんじゃないかとは思うけど……」
「そう言えば、あのお母さんの車椅子を押してた若い男子生徒がいましたね」
気になったので話を振ってみた。
「ああ、神永君ね。彼、いい演奏してたわね。リハの時より良くてビックリしたわ」
「そうだったんですか」
「なんか、とてもお母さんと親しそうですよね。仲良し感みたいなのを感じたな、僕」
片倉の指摘に、渡良瀬は頷いた。
「そうよね。私もそれは同感よ。なんでも、彼、ピアノのレッスンの後、芹歌ちゃんの家で夕飯を食べて帰ってるんだそうよ」
「ええ?」
真田と片倉は互いの顔を見合わせた。
「それって、他の生徒さんとも、そういう事があるとか?」
「純ちゃんはどう?」
「え?僕は無いですよ。生徒を夕飯に、なんて。大体、一人暮らしですから、そんな事をしたら大問題になっちゃう」
「そうよね。私の所では、たまにあるけど、でもそうねぇ。芹歌ちゃんくらいの年代の時には、無かったわね。ましてや、自分と幾つも違わない若い男性だもの」
「彼は、幾つなんですか?先生ご存じですか?」
渡良瀬は「えーとねぇ……」と考える風に首を傾げて、「確か、芹歌ちゃんより3つ下とか聞いた気が。だから……25くらいかしら?」
「おおっと~。もっと若いのかと思った~」
片倉が小さく口笛を吹く。
「じゃぁ、社会人ですね?」
真田は確認するように問うた。
「ええ。この春に転職して、定期的に休みが取れるようになったからって事で、芹歌ちゃんの教室へ通い出したんですって。何でも、彼女が伴奏を務める合唱団の団員さんで、それがご縁らしいわ」
真田は渡良瀬の言った“ご縁”と言う言葉が気に入らなかった。
微かに顔が歪む。
それを察したように片倉が話題を進めた。
「それで、どうして食事していくようになったんだろう?」
「そうねぇ。何でも、お母さんが誘ったんですってよ」
(なんだ、それは)
全く不可解な話だ。更に顔が歪んで来る。
見かねたように片倉が軽く肘を当てて来た。
こいつも全く敏感な男だ。すぐに真田の感情を悟る。
「芹歌ちゃんも、びっくりしてたわ。でも、そのお陰でお母さん、良い方向に変わりつつあるらしくて。芹歌ちゃんも大分仕事がしやすくなってきたって言ってたわよ」
「それは良かったじゃないですか。それなら、幸也の提案もスンナリ行くんじゃないの?」
大丈夫と言うように、片倉は笑顔で頷いている。
彼のように楽天的に生きられたらなと、改めて真田は思った。
そうしたら、もっと人生を楽しめる気がした。
一通りの挨拶が済んだ所を見計らって、三人は浅葱親子の元へ移動した。
自分達の方へやってくる三人の姿を見て、母親の方はにこやかなままだが芹歌の方は俄 かに顔を固くした。
返事は保留にしてある。
芹歌の手を取った瞬間に、彼女と共に参加しようと決めた。
自分は何の為に帰ってきたのだ。
それを忘れる所だった。
終了後、生徒達と挨拶を交わしている芹歌を横目で見ながら、渡良瀬に話すと当然ながら
大賛成してくれた。
渡良瀬が芹歌の将来を心配している事は知っている。
担当教授だったし、今でも可愛い教え子だ。当然の感情だろう。
だからこそ、真田の日本公演時のチケットを手配してくれていたのだ。
真田との縁を途切れさせないようにと。
「だけど、お母さんの方、大丈夫かしら。反対されなければいいんだけれど」
心配げに芹歌のそばにいる母親の方へと視線を飛ばした。
芹歌の母はと言えば、芹歌の横でにこやかに娘と共に挨拶している。
「あのお母さんのあんな姿、あの事故以来、私初めて見るわ。だから、多分大丈夫なんじゃないかとは思うけど……」
「そう言えば、あのお母さんの車椅子を押してた若い男子生徒がいましたね」
気になったので話を振ってみた。
「ああ、神永君ね。彼、いい演奏してたわね。リハの時より良くてビックリしたわ」
「そうだったんですか」
「なんか、とてもお母さんと親しそうですよね。仲良し感みたいなのを感じたな、僕」
片倉の指摘に、渡良瀬は頷いた。
「そうよね。私もそれは同感よ。なんでも、彼、ピアノのレッスンの後、芹歌ちゃんの家で夕飯を食べて帰ってるんだそうよ」
「ええ?」
真田と片倉は互いの顔を見合わせた。
「それって、他の生徒さんとも、そういう事があるとか?」
「純ちゃんはどう?」
「え?僕は無いですよ。生徒を夕飯に、なんて。大体、一人暮らしですから、そんな事をしたら大問題になっちゃう」
「そうよね。私の所では、たまにあるけど、でもそうねぇ。芹歌ちゃんくらいの年代の時には、無かったわね。ましてや、自分と幾つも違わない若い男性だもの」
「彼は、幾つなんですか?先生ご存じですか?」
渡良瀬は「えーとねぇ……」と考える風に首を傾げて、「確か、芹歌ちゃんより3つ下とか聞いた気が。だから……25くらいかしら?」
「おおっと~。もっと若いのかと思った~」
片倉が小さく口笛を吹く。
「じゃぁ、社会人ですね?」
真田は確認するように問うた。
「ええ。この春に転職して、定期的に休みが取れるようになったからって事で、芹歌ちゃんの教室へ通い出したんですって。何でも、彼女が伴奏を務める合唱団の団員さんで、それがご縁らしいわ」
真田は渡良瀬の言った“ご縁”と言う言葉が気に入らなかった。
微かに顔が歪む。
それを察したように片倉が話題を進めた。
「それで、どうして食事していくようになったんだろう?」
「そうねぇ。何でも、お母さんが誘ったんですってよ」
(なんだ、それは)
全く不可解な話だ。更に顔が歪んで来る。
見かねたように片倉が軽く肘を当てて来た。
こいつも全く敏感な男だ。すぐに真田の感情を悟る。
「芹歌ちゃんも、びっくりしてたわ。でも、そのお陰でお母さん、良い方向に変わりつつあるらしくて。芹歌ちゃんも大分仕事がしやすくなってきたって言ってたわよ」
「それは良かったじゃないですか。それなら、幸也の提案もスンナリ行くんじゃないの?」
大丈夫と言うように、片倉は笑顔で頷いている。
彼のように楽天的に生きられたらなと、改めて真田は思った。
そうしたら、もっと人生を楽しめる気がした。
一通りの挨拶が済んだ所を見計らって、三人は浅葱親子の元へ移動した。
自分達の方へやってくる三人の姿を見て、母親の方はにこやかなままだが芹歌の方は