第12話

文字数 2,573文字

 久美子は純哉の指攻めに(もだ)えていた。
「久美ちゃん……」

 純哉は指で茂みの中を探索しながら、乳房をしゃぶっている。

 ヒンヤリした細い指先が、熱くヌルヌルした場所で弾んでいる。
 優しいタッチで軽やかだ。
 そうしていきなりぶしつけに突っ込んで来る。

 こうしてくれたらとか、ああしてくれたらとか、次の動きへの欲求とはまるで違う事をするのが純哉だった。

 思うようには進まない事に苛立ちを覚えることもあるが、そうして焦らしておいて最後にど真ん中ストレートでくる。

 天才の指は気まぐれだ。
 傲慢で自己中だ。
 自分の弾きたいように弾き、奏でたいように奏でる。
 楽器の事など考えない。自分に合った楽器を選ぶのだ。

「久美ちゃん、いくよっ」
 つい今しがたまで、ハァハァと息を荒げていた筈なのに、純哉の声は冷静そのものだった。顔が嬉しそうに笑っている。

「お願い……」

 何だか自分だけがのぼせ上っているようでちょっと(しゃく)だが、もう我慢できなかった。
 純哉が久美子の奥まで進む。ズンズンと。

「あぁ、……いいよ、久美ちゃん」

 久美子の上でのけ反る純哉の首元が、とてもセクシーに感じた。
 喉仏が突き出ている。

「久美ちゃんは……、ハァハァ……、奥が……、深いね……。気持ちいいよ、たまらなく」

 純哉が思いきりついてきて、久美子は声を上げた。

 刺激が強すぎておかしくなりそうだ。

 純哉を絶倫だと思う。いつまでも果てずに攻めてくる。
 終わった時には、久美子は精も根も尽き果てるのだった。

 純哉はベッドに突っ伏している久美子をよそに立ち上がると、ソファに置いてあるカバンからタバコを取り出して口に(くわ)えた。

「あれ……、タバコ、吸うの?」

 顔を横に向けたら意外な純哉の姿が目に飛び込んできて、久美子は驚いた。
 純哉は咥え煙草のまま、ベッドに入って来た。

「ふふん……。よく見てよ」

 そう言って顔を突き出す。

(あれ?……あれれ?)

「やだ、なにこれ?煙出て無いし、ってか、火点いて無いし。あー?もしかして、お菓子?」

「あたり~。小さい時に食べた事無いかな?駄菓子屋さんで売ってるやつ」

「そう言えば、見た事ある。買った事ないけど、友達から1本貰った事がある。でも、あんまり美味しく無かったから、私は買わなかったんだけど」

 なんでそんな物を?とついつい不審な目で見てしまう。
 この人のやることなす事、理解できない事ばかりだ。

「これ、確かに美味しいとは言えないよね。不味くもないけど」

「じゃぁ、なんで?」

「そうだね~。何て言うか、笛吹きのサガ、かな。何か口に咥えて無いとね。口寂しいんだよね。だからってタバコは吸えない。喉や肺を痛めたく無いからね」

「それなら、ホイッスルでも咥えてればいいのに」

「ふぁっふぁっふぁっ……」

 咥えたまま笑ったので、声が変にこもっていて可笑しかった。

「それだとさぁ。息する度に音が出ちゃうでしょ。うるさいよ。周囲にも迷惑かけちゃうしね」

「今、あれがあるじゃない。ほら、あれ……。えーと……、電子タバコだっけ?」

 純哉はお菓子のシガレットを口の横に咥えてニンマリと笑った。

「持ってるよ、あれも。たまに吸う。まぁ、TPOに応じて。今はさ。ほら。激しく運動した後だから。少し甘い系が欲しくなるって言うか」

 そう言って、人懐っこい笑みを浮かべる。
 久美子はその顔に胸がキュンとした。

 この人は能天気と評判だし、実際にそう思うが、天使と悪魔の両方の顔を持っているようにも思う。そして今の顔は天使だ。

「ねぇ、純哉君……。真田さんの事なんだけど」

 純哉の眉尻が僅かに上がった。だが笑顔のままだ。

「どうかした?」
「うん……。何て言うかその……、どこか悪いのかな?」
「どうして?」
「……」

 久美子は(うつむ)いた。どう話したら良いのだろう。
 逡巡している久美子に純哉は言った。

「この間、あいつと寝たんだろう?」

 驚いて顔を上げたら、相変わらず笑顔のままだ。

「それで、いつもと様子が違った。そういう事じゃないの?」
 
「えっ?やだ……、どうして……」
 ドキリとした。純哉の指摘に久美子はうろたえた。

「そんなに驚く事じゃないよ。君と幸也の関係はとっくの昔から知ってる。周知の事実じゃないか」

 白い歯を見せて笑っている姿が爽やかだ。全裸だと言うのに。

「大丈夫。僕はモラル感が薄いから。君が誰と寝ようが、何人もの男と同時に関係しようが、全然気にならない」

 そこまで言われると、さすがに気分を害す。

「この場に幸也がいて、三人でやっても構わないくらい。結構、楽しいかもね」

「純哉君、やめて。いくら私でも、そういうのはイヤ」

「そうか。それはちょっと残念……」

 本当に残念そうな顔をしている。

(まさか、本気で言ってたの?)

 矢張り、この人は普通とは違うと改めて思う。

「まぁ、ちょっと言い過ぎたね。話を本題に戻そうか」

 優しい笑みを浮かべている。
 そんな笑みを見ると、頬が熱くなってくる。誠実さの欠片(かけら)も無い男なのに。

「それで、久美ちゃんはどう感じたの?違うって言えば違っても当然じゃないの?8年も日本と外国を行ったり来たりして、(きょ)はドイツに構えてたわけだし。こっちにいた時のようにはいかないよね」

「それは確かにそうだけど……。何て言うか、その、心ここにあらず……って感じがしたのよね。何か思い悩む事とかが、あるのかな、って……」

「ふ~ん……、なるほど……」

 純哉は咥えていたシガレットをムシャムシャと食べ始めた。

「ねぇ、純哉君はどう思う?真田さんから、何か聞いてるんじゃないの?」

 純哉は久美子の問いかけに、すぐには答えなかった。
 暫くシガレットをむしゃむしゃと口の中で咀嚼(そしゃく)している。

 薄荷の成分が含まれているからか、ミントのような香りが漂ってきた。
 全てをゴクリと飲み込むと、おもむろに久美子の方を見た。
 なぜか視線が鋭い。思わずたじろく。

「特に何も……」
 顔が近づいて来て、唇が(ふさ)がった。
 ぽってりした唇から甘さと軽いツンとした香りがし、熱い吐息が唇を覆った。

「なんだか……、妬けて来たな……、僕……」
「えっ?」
「今一緒にいるのは、僕だよ?……幸也の事なんて忘れてよ」

 (ささや)くように息を吐きながら(しゃべ)られて、体を熱くする。
「純哉くん……」
 首筋に長い舌が這ってきて、久美子はそれだけで頭が白くなっていくのを感じるのだった。

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