第49話

文字数 1,844文字

「お前……」
「こんにちは。神永です」

 真田は驚いた顔のまま、辺りをキョロキョロと見まわした後、久美子と神永が腕を組んでいるのを見て、更に目を剥いた。

「なんだ、お前達、どういう関係だ。お前、何で久美子と一緒なんだ。芹歌はどうした!」

「え?あの……」

 あまりの形相に、神永は戸惑っている。

「真田さん、芹歌は今日は来てないです。用事があるとか言って」
 久美子が答えた。

「そうか。それならそれでいい。だが、お前達、一体どういう訳だ?お前、神永君だったか。芹歌と付き合ってるんじゃないのか。それなのに久美子と腕なんか組んで、何やってるんだよ。二股かっ!」

「真田さん、何言ってるの?」

 久美子は驚いた。何でそういう話しになるんだ。
 それに、この男の口から二股を責める言葉が出てくる事自体、可笑し過ぎる。
 神永の方は、目をパチクリさせていた。

「久美子、お前の悪い癖だな。興味を持つとすぐこれだ。どんな野郎を相手にしようがお前の自由だが、親友の男だけはやめろ」

「はぁ?なんですか?それ。親友の男?違いますよ」

 一体真田は何を根拠にそんな事を言うのか。
 それに、他人の事に口を挟んでくる事も理解できない。
 こんな人ではなかった筈だ。

「あの……、どういう事ですか?僕にはよく分からないんですけど」

 真田はムッとしたように、口を尖らせた。

「分からないのはこっちの方だ。神永君は芹歌と付き合ってるんだろう。それなのに、何故、久美子と……」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 神永が右手を上げて、真田の言葉を遮った。

「どうして、そんな誤解をされてるのか分かりませんが、僕と芹歌さんは付き合ってなどいませんよ」

「嘘をつくな!」

「嘘じゃありません。本当です」

 真田は不信げに神永を見つめた。

「君は……浅葱家に頻繁に出入りしてるじゃないか。彼女のお母さんにも気に入られてる。それに芹歌自身が君と付き合ってるって……」

「え?芹歌さんが言ったんですか?」

 神永は信じられないような顔をした。
 久美子も驚きだ。
 真田は二人の驚いている様子を見て、顎を摩りながら考え込んだ。

「真田さん。僕と芹歌さんが付き合っていないのは、本当の事ですよ?」

「あたし、芹歌がそんな事を言うなんて信じられないんだけど」

 真田の目が久美子に向いた。
 理解できないような顔をしている。

「一体、芹歌さんは何て言ったんですか?」

 神永の問いかけに、真田はゴクリと唾を飲み込んだ。

「俺が……、神永君と付き合っているのか?と訊いたら……『付き合ってたらどうだって言うんですか』と言ったんだ。だから俺は、てっきり付き合ってる事を肯定したと思ったんだが……。違ったって事なのか?」

 久美子は目を(つむ)った。
 全く呆れかえる。

 馬鹿じゃないの、と思ったら、「馬鹿ユキ……」と誰かが言った。
 声の主は純哉だった。

「何が馬鹿だ」

「馬鹿だから馬鹿って言ったの。君がこれほどの馬鹿だとは思わなかった」

 真田は憤慨しながら、怒りの矛先を神永へ向けた。

「大体、君が悪いんだ。彼氏でも無いのに女二人所帯の家へ頻繁に出入りしやがって。非常識にも程がある。こういう誤解は、何も俺だけに限った事じゃない。近所でも、そういう噂が立ちかねないんだぞ」

 神永の方は、ただ驚いていた。

「真田さん、そんな風にして芹歌も責めたんでしょ。だからよ。売り言葉に買い言葉。いつもの事じゃない。それをまともに受け取るなんて、どうかしてる」

 久美子に言われて真田は口を(つぐ)み、拳を握りしめた。
 歯ぎしりせんばかりに悔しそうだ。

「き、君は、一体、芹歌をどう思ってるんだ」

 まるで歯ぎしりしながら、その隙間から声を出すような言い方だ。

 そんな真田の様子に、神永は大きく一つ息をつくと、「僕は芹歌さんが好きです」と言った。

 その瞬間、その場の空気の動きが止まったように感じた。
 誰もが息を呑んでいる。
 久美子は知っている。彼の気持ちを。
 そして、浅葱家での出来事も。

「僕は芹歌さんが少しでも楽になれたらと思ってました。幸い、お母さんが僕を気に入ってくれたので、色々役に立てたと思ってます。だけど、あなたの話しを聞いて、芹歌さんが僕を遠ざけた理由がよく分かりました。僕自身が拒絶されたわけじゃなかった、って事も。あなたには感謝します」

 神永はペコリとお辞儀をすると、久美子の腕を抜いて走り去って行った。

「あー、あー、焚き付けちゃったようだよ?どーすんの、馬鹿ユキ」

(全くだ)

 男って、間抜けばっかりだ。
 久美子は溜息をついた。
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