第39話
文字数 2,174文字
送って行くと言う純哉を断って、芹歌は一人でタクシーに乗って帰って行った。
「さて。久美ちゃんはどうする?」
久美子は純哉を睨みつけた。
「決まってるじゃない。私だけ、のけ者にして。今夜は離さないから」
「仕方ないなぁ……」
純哉は困ったような顔をしたが、久美子を自分の部屋へ連れ帰った。
純哉は都内でマンションの1室を借りている。
勿論、防音完備だ。
レッスン専用の部屋があり、そこでフルート教室も開いている。
実家が群馬なので、大学へ入って以来ここでずっと一人で住んでいた。
「いつも綺麗にしてるわねー」
久美子は部屋を見まわした。
男の一人暮らしとは思えない程、きちんと片付いていて小奇麗だ。
「まぁ、基本的に綺麗好きだから、散らかさないからね」
「ねぇ。婚約者の人はどうなの?やっぱり綺麗好きなのかな」
久美子はソファに腰かけた。
純哉は対面キッチンでワインとツマミを用意している。
「う~ん、どうだろうねぇ?綺麗好きじゃない女の人って、いるの?」
「やだ、純哉くん。女だって、だらしのない人、いるわよ?」
「そっか。あ、……そうかも。僕の妹は、どちらかと言えばそっち系かも」
思い出したように言う様が、妙におどけてて面白い。
「妹さんって、バレエやってるんだっけ?」
「ああ、そうね。やってるけど、もう全然遊びな感じ。彼女、あとクラリネットを吹くんだよ。市民ブラバンに参加してる。多彩な妹だ」
話す様子がにこやかで楽しそうだ。
自慢の妹なのかもしれない。
「じゃぁ、婚約者さんは?どんな人?」
「そうだねぇ……。よく分からないかなぁ」
「何それ。自分の婚約者なのに?とぼけるつもり?」
久美子が少し怒り調子で言うと、「ごめん、ごめん」と焦って否定してきた。
「とぼけてないよ、ホントの事だからさ。僕、本当に自分の婚約者の事、よく知らないの」
(え?マジで?)
「どうして?じゃぁ、何で婚約したの?」
「うーん……、ま、平たく言えば、親の言いつけ?」
「はぁ?」
この人は何を言ってるんだと思う。
「えー、なんか、全然理解できないんだけど……。親の言いつけのまま婚約したって事なの?自分の意思じゃなくて?」
「そうだね。そういう事かな」
何なんだ。自分の事なのに、まるで他人事のような言いぶりだ。
しかも、婚約していながら、相手の事をよく知らないなんて。
「ねぇ。自分の結婚でしょう?一生を共にする人なのに、よく知らないで婚約しちゃって、いいわけ?後で失敗したって後悔しても遅いよ?」
「あははは。そうだねー。できれば、後悔したくはないかなー」
本当に何なんだ。
能天気もここまで来たら、お終いじゃなかろうか。
「昔の人はさぁ。親や周囲の勧めるままに、相手の顔も見た事無いのに結婚してたよね。それでもちゃんと家庭は成り立ってたじゃない。そこにはきっと、先人の知恵が生かされてたんだよ。その人に合ってるって、経験豊富な人達が選んだんだから、間違いは少ないんじゃないのかな。勿論、間違ってる場合もあるだろうけどね、人間だから」
この、時代の最先端を行っているような能天気野郎から、こんな話しを聞かされるとは思ってもいなかったから、久美子は不意打ちにでもあったように驚いた。
「それは……昔は今みたいな自由恋愛の時代じゃなかったし、出逢いだって殆ど無かったからじゃないの?」
「それも確かに一理あるとは思うけど、今みたいな自由恋愛の時代だからこそ、結婚相手選びは別なんじゃないのかなって思うんだよね。だって、恋愛と結婚は別でしょ。結婚は家庭を築いて守るものだよ。恋愛は、言ってみれば遊びに近い」
なるほど。それもそうなのかもしれないと、少しだけ納得した。
恋愛が遊びに近いと言うのは同感だと思う。
いつかは冷める感情だ。冷めたら最後、顔も見たくないような状況になる場合も少なくない。
そういう相手とウッカリ結婚してしまっていたら、後が辛いだろう。
「久美ちゃんも恋愛気質だから、僕の言う事、わかるでしょ?最初から恋愛感情抜きで、配偶者としての感情だけで接すればいい相手なら、冷めるって事も早々無いんじゃないのかな。だって、最初から熱く無いんだから。互いに、家庭内での役割を果たすだけ。男は稼ぎ、女は家庭を守る。あ、共働きを否定しているわけじゃないからね。その家庭家庭で、事情は様々だろうから、その家庭に応じてって事。僕の場合は、子どもを産んで家庭を守ってくれる人。それに相応しい女性を親が選んでくれたんで従ったんだよ」
なるほど。ある面、合理的な考えのように思えた。
だが人間は機械ではない。
そんなに純哉が思うように上手くいくものだろうか。
「じゃぁさ、純哉くん。純哉くんの恋愛遊戯は、結婚しても続くって事?」
「ははは。当たり前じゃない。結婚と恋愛は別。結婚したからって、趣味や遊びを止めなきゃならないなんてナンセンスでしょ」
「でも、奥さんが嫌がったら?浮気は止めてって」
「浮気じゃないよ。遊び。女遊びも芸のウチ。両親は理解してくれてる。だから、そういうのが平気な女性を選んでくれたんだよ。昔堅気の理解がある女性。ま、唯一の条件は、外に子どもを作らない事。万一出来てしまっても、お金は払っても認知はしない事。それだけだよ。あとは自由。音楽家は自由でないとね」
はぁ~っと、思わず大きな溜息がこぼれた。
「さて。久美ちゃんはどうする?」
久美子は純哉を睨みつけた。
「決まってるじゃない。私だけ、のけ者にして。今夜は離さないから」
「仕方ないなぁ……」
純哉は困ったような顔をしたが、久美子を自分の部屋へ連れ帰った。
純哉は都内でマンションの1室を借りている。
勿論、防音完備だ。
レッスン専用の部屋があり、そこでフルート教室も開いている。
実家が群馬なので、大学へ入って以来ここでずっと一人で住んでいた。
「いつも綺麗にしてるわねー」
久美子は部屋を見まわした。
男の一人暮らしとは思えない程、きちんと片付いていて小奇麗だ。
「まぁ、基本的に綺麗好きだから、散らかさないからね」
「ねぇ。婚約者の人はどうなの?やっぱり綺麗好きなのかな」
久美子はソファに腰かけた。
純哉は対面キッチンでワインとツマミを用意している。
「う~ん、どうだろうねぇ?綺麗好きじゃない女の人って、いるの?」
「やだ、純哉くん。女だって、だらしのない人、いるわよ?」
「そっか。あ、……そうかも。僕の妹は、どちらかと言えばそっち系かも」
思い出したように言う様が、妙におどけてて面白い。
「妹さんって、バレエやってるんだっけ?」
「ああ、そうね。やってるけど、もう全然遊びな感じ。彼女、あとクラリネットを吹くんだよ。市民ブラバンに参加してる。多彩な妹だ」
話す様子がにこやかで楽しそうだ。
自慢の妹なのかもしれない。
「じゃぁ、婚約者さんは?どんな人?」
「そうだねぇ……。よく分からないかなぁ」
「何それ。自分の婚約者なのに?とぼけるつもり?」
久美子が少し怒り調子で言うと、「ごめん、ごめん」と焦って否定してきた。
「とぼけてないよ、ホントの事だからさ。僕、本当に自分の婚約者の事、よく知らないの」
(え?マジで?)
「どうして?じゃぁ、何で婚約したの?」
「うーん……、ま、平たく言えば、親の言いつけ?」
「はぁ?」
この人は何を言ってるんだと思う。
「えー、なんか、全然理解できないんだけど……。親の言いつけのまま婚約したって事なの?自分の意思じゃなくて?」
「そうだね。そういう事かな」
何なんだ。自分の事なのに、まるで他人事のような言いぶりだ。
しかも、婚約していながら、相手の事をよく知らないなんて。
「ねぇ。自分の結婚でしょう?一生を共にする人なのに、よく知らないで婚約しちゃって、いいわけ?後で失敗したって後悔しても遅いよ?」
「あははは。そうだねー。できれば、後悔したくはないかなー」
本当に何なんだ。
能天気もここまで来たら、お終いじゃなかろうか。
「昔の人はさぁ。親や周囲の勧めるままに、相手の顔も見た事無いのに結婚してたよね。それでもちゃんと家庭は成り立ってたじゃない。そこにはきっと、先人の知恵が生かされてたんだよ。その人に合ってるって、経験豊富な人達が選んだんだから、間違いは少ないんじゃないのかな。勿論、間違ってる場合もあるだろうけどね、人間だから」
この、時代の最先端を行っているような能天気野郎から、こんな話しを聞かされるとは思ってもいなかったから、久美子は不意打ちにでもあったように驚いた。
「それは……昔は今みたいな自由恋愛の時代じゃなかったし、出逢いだって殆ど無かったからじゃないの?」
「それも確かに一理あるとは思うけど、今みたいな自由恋愛の時代だからこそ、結婚相手選びは別なんじゃないのかなって思うんだよね。だって、恋愛と結婚は別でしょ。結婚は家庭を築いて守るものだよ。恋愛は、言ってみれば遊びに近い」
なるほど。それもそうなのかもしれないと、少しだけ納得した。
恋愛が遊びに近いと言うのは同感だと思う。
いつかは冷める感情だ。冷めたら最後、顔も見たくないような状況になる場合も少なくない。
そういう相手とウッカリ結婚してしまっていたら、後が辛いだろう。
「久美ちゃんも恋愛気質だから、僕の言う事、わかるでしょ?最初から恋愛感情抜きで、配偶者としての感情だけで接すればいい相手なら、冷めるって事も早々無いんじゃないのかな。だって、最初から熱く無いんだから。互いに、家庭内での役割を果たすだけ。男は稼ぎ、女は家庭を守る。あ、共働きを否定しているわけじゃないからね。その家庭家庭で、事情は様々だろうから、その家庭に応じてって事。僕の場合は、子どもを産んで家庭を守ってくれる人。それに相応しい女性を親が選んでくれたんで従ったんだよ」
なるほど。ある面、合理的な考えのように思えた。
だが人間は機械ではない。
そんなに純哉が思うように上手くいくものだろうか。
「じゃぁさ、純哉くん。純哉くんの恋愛遊戯は、結婚しても続くって事?」
「ははは。当たり前じゃない。結婚と恋愛は別。結婚したからって、趣味や遊びを止めなきゃならないなんてナンセンスでしょ」
「でも、奥さんが嫌がったら?浮気は止めてって」
「浮気じゃないよ。遊び。女遊びも芸のウチ。両親は理解してくれてる。だから、そういうのが平気な女性を選んでくれたんだよ。昔堅気の理解がある女性。ま、唯一の条件は、外に子どもを作らない事。万一出来てしまっても、お金は払っても認知はしない事。それだけだよ。あとは自由。音楽家は自由でないとね」
はぁ~っと、思わず大きな溜息がこぼれた。