第18話

文字数 2,233文字

 上映開始から十分ほど経った頃だろうか。
 スクリーンでは主人公らしき男性が、ヒロインと思われる女性に頬をぶたれている。そこでも明日香の苦笑が聞こえてきたが、相変わらず理解できそうにない。
 そのタイミングで通路に明かりが差した。後ろにある入場口の扉が開かれたようだ。きっと遅れてきた参加者なのであろう。とは言っても、正午までにはまだ時間があるので、遅刻とまでは言えないかもしれないが。
 扉が閉じられたらしく、通路に走った光の筋が消えると、背後に人の気配がして、咳ばらいをしながら椅子に座るのが判る。咳の感じから男性に間違いない。相当具合が悪いのか、咳とともにうめき声も交じっている。ただでさえ判りにくい映画への集中力が妨げられるのは迷惑この上ない。

 それから更に五分くらい経った頃、ようやく男の咳が聞こえなくなってきた。と思った途端に、再び通路に光が差した。また誰かが入ってきたようである。
 さして興味のない映画であったが、こうして何度も水を差されるとイライラが募ってしょうがない。
 それでも映画に集中しようとスクリーンに目を向けたが、続けて二分後くらいにまた扉が開いた。これが三度目であり、東條たちから遅れて三人の人物が来場したことになる。合計十二人か。
 前方からもブーイングが聞こえてきた。中には関西弁が混じっているので、そちら方面からの参加者もいるようだった。
「いい加減にしてほしいよ、まったく。こっちは映画に集中したいのにさ」
 東條の苦言に明日香は肘で横腹を突いた。
「仕方ないでしょう? メールには映画の上映時間なんて載っていなかったんだから。約束の時間に間に合いさえすればいいと思てるんでしょうし」
「だったら俺たちも正午ギリギリに来れば良かったな」
「しっ! そろそろ時間よ」
 スクリーン横のデジタル時計は十一時五十八分を指している。東條は興奮のあまり、血圧が高くなっていく感覚を憶えた。今、病院で血圧を計ったら、その上昇具合に医者もさぞかし驚くことだろう。

 いよいよ、である。このさして面白味のない映画に、一体どんな謎が込められているのだろうかと気を揉まずにはいられない。

 時計が十二時に切り替わった。
 突然音がプツリと途切れて、 スクリーンがモノクロからカラーの映像へ切り替わる。そこには椅子に腰かけて、後ろを向いている男性らしき人影が映し出されていた。
 ホール内にどよめきが走った。
 東條と明日香は互いに顔を見合わせ、いよいよだなと頷く。
 男性の座る椅子がくるりと回転すると、目の周りを覆う白い仮面をかぶった人物が現れた。露出した口から下の皮膚に刻み込まれたシワから、年配の男性だということが推測されるが、仮面のせいで人相までは判らない。仮面の男は上半身だけが映し出されており、黒のタキシードに黒の蝶ネクタイをはめていた。
 仮面の男の背後にはぶ厚い洋書らしき本が壁一面に広がっていて、どこかの書斎のような雰囲気だった。本棚の横に映る窓には、はっきりと青空が広がっていて、少なくともこの映像はリアルタイムでは無く、あらかじめ録画されていたことを示していた。
 やがて仮面の男はしわがれた口をおもむろに開く。
 『ようこそ選ばれし者たちよ。私はギフトマンとでも名乗っておこうか。諸君らに幸福のチャンスを与える者である。さあ、これからイノセント・ゲームの始まりだ。ルールは簡単。今から四十八時間後、つまり明後日の正午までに生き残った者たちに対して、総額十二億円が渡される。つまり生存者の人数が少なければ少ないほど、一人あたりの賞金が増える計算だ。諸君らのアタッシュケースの中にはそれぞれのアイテムが入っているので、それを活用して欲しい。健闘を祈る』
 その後スクリーンは真っ白になり、音声すら聞こえなくなった。

 わずか一分足らずの映像だった。声はボイスチェンジャーのようなもので変えられていて、テレビでよく見る元犯罪者の告白を想起させた。スクリーンの下部には何故か外国語の字幕が流れていたが、東條は何語なのかさっぱり判らなかった。明日香によるとどやらロシア語らしいが、さすがの彼女も内容が理解できるほどロシア語に精通しているわけではないようだ。
 まり、ロシア国籍の人物が参加していることを意味している。きっと左前方の外国人男性がそうなのだろう。まさかロシア語の字幕が偶然だとは思えない。
 これでギフトマンから配信されたメールは、ランダムでは無かったことが証明された。
 しかし、それより肝心なのはメッセージの内容である。
 明後日の正午までに生き残った者に総額十二億円が渡される? それがもし本当ならば、最後に残るのが一人だとすれば、十二億円はひとり占めということだ。二人でも六億円という計算になる。
 まさか、ギフトマンの言う通り、このアタッシュケースの中に入っているというアイテムで、殺し合いをしろということなのだろうか。
 戸惑いの声が一斉に広がる。東條もギフトマンと名乗る男の真意がくみ取れないでいた。
 イノセント・ゲームとは直訳すると『無垢なお遊び』。
 これから殺し合いを促すようなことを言っておきながら、何の皮肉というのだろうか。
 ――きっと何かのジョークに決まっている。深作欣二の映画じゃあるまいし、殺し合いなんてナンセンスの極みだ。本気なわけがない。

 程なくしてパチパチとアタッシュケースを開く音が聞こえてきた。東條たちも足元のケースに手を伸ばした瞬間――!

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